第9話

 シルレート魔法学園には蔵書専用の建物、いわゆる図書館が存在する。

 図書館はシルレートに住んでいる人なら誰でも利用でき住民票をコードとして本も借りて家で読むことが出来る。

 蔵書数もかなりのもので一説には100万冊とも……いやこれは学園全体の話か?

 それにしてもこの蔵書数は世界でもトップクラスではないだろうか、恐らく外国の資料を多く取り扱っているというのもあるかもしれない。

 基本的に本というのは高価なものだ、安いものでも3000ゴールドくらいはするし専門書など高いものなら普通に2〜3万くらいはする。

 3000ゴールドもあれば美味しいご飯を3〜4食は食べられるのだから普通に生活している人がおいそれと手を出せるものじゃ無い事は容易に想像がつくだろう。

 私も魔法理論を勉強している身とは言えそんなお金を掛けるくらいならまあ服とか買いに行きたいかなと思ってしまう、前に外国の論文を取り寄せて読もうともなると100万するとか聞いて驚いた。



「……あんなの買えるわけないじゃないですか」



 しかしそんな高いとは言え本が読めないのは不幸な事だ、普通に生きているのと情報量が違うしなかなか得られないものもその一冊で得る事が出来る。

 何より魔法に触れる事のあまりない一般市民が存在を理解し多少なりとも使えるようになるだけで世の中の無駄は減るだろう、シルレートでは火を焚くのにわざわざマッチを使う人はいない。


 私が向かうのはその図書館……ではなく、各棟にある図書室。

 研究室が多くあることもあり、参考資料をわざわざ図書館に借りに行く手間を省くためにというのもあるかもしれないが基本的には生徒の自習スペースとなっている。

 因みに西館の図書室は割と広くソファやマットなど普通にくつろげるスペースがあるだけでなく紅茶を淹れたり茶菓子を食べれたりするのでお気に入りのところでもある。


 ガラガラと引戸を開けると漂ってきた図書室特有の落ち着いた香りを堪能する、中に入るといつも通りカウンターで眠そうに本を読んでいる司書さんと目があった。



「おはようございます、返却ですか?」



 相変わらずいつみてもやる気のかけらも見えない、本が好き以外の理由で採用されたとは到底思えない司書さんは淡々と定型句を述べる。



「あー、遊びに来ただけです」

「わかりました、使い終わったカップは洗ってあちらのほうに」

「はい、大丈夫です」



 新学期初日の朝なので人の気配が全く無い、普通の人なら自分の教室で友達と話したりするだろうし納得だが。

 一応カップの数を確認する、一つ減ってるので多分レンはここに来ているだろう。

 居なかったら少し恥ずかしいが司書さんに「金髪の男子来てましたか?」と聞くほうが余計恥ずかしい気もするので流石に言わないでおこう。









 紅茶を手に持ちふらふらと図書室の飲食スペースに向かう。

 古ぼけた本の匂いが手元のカップの匂いと混じり私の眠気を誘った。


 ……とソファに深く腰をかけて本を読む金髪男子の姿が目に入る。

 端正な顔立ちに適当に遊ばせてる少し長めの髪、身長が低く私より少し高いくらいなのがネックだがほぼほぼ完璧な男子だ。

 聞けば他の学科にはレンのファンクラブがあるとかないとか、まあ整った顔だからそのくらいあるのだろうか? 私はイケメンだとは思わないけど、いや少しはイケメンかもしれない。


 私は遠慮なくレンの横に座った、自分から話しかけなければ彼は私に気付いても絶対に何も言わないだろう。



「レン、おはようございます」

「おはよう、春休みぶり」



 彼は目を読んでいる本から離さず、こっちを向かずに挨拶を返した。大体いつもこんな感じだ。


 春休み……バイトに明け暮れていた私に何故か唐突に会いにこられた事を思い出した、しかも来たのはバイト先。

 レンがいる間はまだ何も無く普通に雑談して帰っていったんですが、帰った後が本当に酷かった……

 「彼氏!?付き合ってるの!?」とか冷やかすに冷やかされるわレンがプレゼント用意置いて行ったせいで「今開けてみよう」と訳の分からない祭りに巻き込まれるわで……ぁぁぁ嫌な事を思い出してしまった。



「なんでバイト先に来たんですか……?レンが帰った後大変だったんですが」

「たまたま寄っただけだけど……」

「プレゼントくれたのに? 最初から来る予定じゃなきゃプレゼント用意しなくないですか?」

「……たまたま持ってただけだよ」



 嘘つけ梱包されたプレゼントを持ち歩く奴がどこにいるんだ、しかもそこそこ高い魔道具。

 レンが帰った後の開封会で偶然魔道具に詳しい人がいた為にそれを調べて貰う事が出来た、小さな怪我とかから身を守るもので恋人とかに渡す物らしい。余計面倒な事になったのは言うまでもない。

 私はムッとした顔でレンの頭を小突き、鼻を鳴らしてソファを揺らした。

 そんな私を彼は横目で見ながらやはり変わらない顔で首を傾げた。



「そんなにちゃんとしたプレゼントが欲しかった?」

「心の篭ってないもの渡されたんですか?折角大事にしようと思ったのに」

「……たまたま持ってたのをあげただけだって」



 たまたまという言葉の便利さに呆れそうになる、まあちゃんと選んで決めたとか言われた日には弄りまくるつもりではいるがビビり過ぎだろ。



「まぁそりゃたまたま持ってた物ですからね? ピアスとか学校で付けれないじゃないですか、そんな何も考えてないもの渡すわけ無いですよね?」

「なんで貰った立場なのにそんなに偉そうなの? ……それなら今度は指輪にしとくよ、そしたら何時でも着けれるでしょ」

「あら、大胆なプロポーズですね」

「───ゲホッ」



 彼は飲んでいた紅茶が気管に入った様で咳き込みながらドンドンと胸を叩き始めた。普段から私は結構こう言う冗談を言うのだけれど、今になって動揺するとは珍しい。



「あれ、もしかして動揺しました? しましたね?」

「そろそろウザいよノア……」



 少し耳を赤くした様子で私の方を睨んでくるレンに、もしかしたら真面目に私と付き合うとかそういう事を考えてるのかなと思ったり、本気で迷惑がっているのかもと不安に思ったり。

 まあ本気で迷惑って事は無いでしょう、満更でも無さそうな顔してますし。



(……もう3年生か)



 ふと、この言葉が浮かんだ。


 このご時世二十歳には殆どの女性は結婚するのが普通だ、というかしなければ余程の立場じゃない限りこの社会での生き場所なんてなく消炭にされる。

 私も卒業して就職してしまえばもう出逢いなんてものは限られるし、ましてやそれはまともな恋愛とはかけ離れたものだろう。

 同級の女子の多くは今頃ギラギラした目で有望な男を漁っている事だろう、シーラとミアみたいなのに囲まれてるからあんまり実感がないだけで私もそろそろ婚期とか考えなければいけない。

 そんな不毛な考えはレンのジトっとした眼差しに全てを持っていかれた。



「魔道具ね、なんでそっちに繋げるのさ」

「あれ、私と結婚したいと思わないんですか? こんなに彼女として尽くしているのに……ううっ」

「いつ僕が君の彼氏になったのか聞きたいかな」

「もう付き合って2年じゃないですか」

「付き合いは2年だけど付き合ったつもりはないよ……」



 私達はなんだかんだ1年の時からずっと連んでる仲だ、そしてシーラは割と別の授業を取ってたり、レンとは成績を競ってたりするという事もありやっぱり友人として一番仲がいいのは多分レンになる。

 "男女の友情は成立しない"などという古い諺もあるくらいだ、つまり……付き合いが長い男女が互いに恋心を持つのは必然では?


 これでも自分はかなりの美少女だという自覚はある、バイト先でもお客さんに可愛いと言われない事はないくらいで私に会うために熱心に通い続ける人もいるらしい。因みにそういった人は怖いので店長に注意してくださいと言ってある。



「こんなに可愛い女の子がアピールしてるのに、どうしてそんな反応してれるんですか」

「……自分で言うって相当だよ、恥ずかしくないの」

「そういう事言うからレンはダメなんですよ、全く……」



 しかしこの通り、レンはいつ見ても私への対応が塩っぽい、しょっぱいのだ。


 たまに揶揄っても対して反応しないし……(さっきみたいに動揺する事なんて滅多にない)聞くところによるとアプローチを掛けてくる他クラスの女子にも同じような対応をしているらしい。男色か?

 そもそも本当にレンは私に興味がないのだろうか、確かめようにも本人に聞くのは憚られるしシーラに聞いてもあいつは頭の中がお花畑だから「押し倒せば?」とか意味不明な事しか言わないから当てにならない。押し倒せるかふざけるな。

 プレゼントくれたりするくらいには私の事が好きなはず、でも私を異性として好きなのかは全く分からない。

 ……そんな事言うと私もレンを異性と認識した上で好いてるわけでは無いのかもしれない、いやしてない。確かに一緒にいて落ち着くし話は合うが異性の男というふうに認識は出来ない、何だろ父親みたいな?あれ父親って何だろう

 何にせよ今のままだと膠着戦だ、本気で好きなのか遊び友達の仲なのか白黒はっきりさせない意味がない、無いのだけれども。

 なんて色々考えるが結局私達はこのくらいの関係でいるのが楽だから進まないのかもしれない、折角普通に仲良くなったのにこの関係を崩したくない。



「……こんな毎日がずっと続けばいいのに」

「泣いても笑ってもあと1年だよ、そろそろ始業だし出よっか」

「けっ、何をそんなに達観してるんですか」

「女の子がそんな事しない、前はもっと恥じらいがあって可愛かったのに……」

「シーラのせいですね」

「違いないね」



 紅茶に映る自分の顔を見る、投げやりとはいえ可愛いと言われ満足そうに上がった口角は私の脚を縛るだろう。私は多分ここから進めないに違いない、楔に打ち付けられたように、一歩も。


 そんな絶望的な恋愛観をカップに残った紅茶と共に喉に流し込んだ。




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魔法少女は新婚さんの夢を見る 凍傷 @flost_bite

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