第6話

「ねぇ何があったっぽい?」

「貴族さんが怒ってるみたい……どうやら平民がSクラスだったのが気に食わないみたいですね」



 コソコソと物陰に隠れながら問題の顛末を伺う。

 見た感じ自称貴族の男子がSクラスに配属された平民っぽい男子と女子に突っ掛かってるようだ。ただ……



『はぁ? あんたが頭悪いのが悪いんでしょお馬鹿さん』

『おいその辺に……』

『貴様……俺を誰だと思ってやがる』



「……売り言葉に買い言葉ですね」

「だねー」



 見た感じは男子のほうは止めようとしているみたいだが女子の方がちょっと勇んでるようだ。

 しかし……言い争いを見ているとやはり貴族の男子はプライドが高い人が多いんだなと改めて実感する。

 『お前がこの家を継ぐ』と教育され上に立つべき者として幼少期から過ごして来ると、やはり精神の何処かがおかしくなるんだと思う。

 逆に女子は家を継ぐ訳でもないので親の言いなりになった結果拗れる人もいればシーラのように『特権階級だから逆説的に何してもいいよね?』と吹っ切れる人もいる。


 だから貴族の男子は……いや今はいい、それよりもこのままだと『やっぱりシルレート魔法学園は』とか言われそうだ。



 ……はぁ、お約束だけどやらなきゃいけないか。

 やりたくないが仕方ない、去年も同じような事があったが先輩がやってた事だし。


 おしゃれに着けていたネックレスを外す、こういう場所だとこれ1つで説得力がないとか言われたら面倒だ。

 軽く威圧出来るように魔導回路に魔力を流して……準備よし



「止めて来る、バッグ持ってて」

「頑張れー」

「……シーラが止めに入ったほうが丸く収まりそうなんですけどね」

「面倒くさいしー」



 これだからシーラはと呆れ顔をして持っていたバッグをシーラに投げ渡し私は人集りの中へ足を進めた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 軽く息を吸う


 ……ふぅ


 持っている魔力の一部を解放する。人集りは学園合格者、魔力の感知くらい出来るだろう。そして実際人集りを作る群衆の殆どは私の軽く流した魔力に怯えを見せた。

 放った魔力の量に関して言えば私は大した事はない、しかし『威圧に特化した魔力』というものも存在する。

 まぁ、言ってしまえば攻撃的で魔物的な魔力だ。

 周波数を合わせて放ったそれは人集りを割り私の道を作るのに十分だった。



『もしかして、あの人ってノア=アーカイブ?』

『あぁ、あの面倒臭いやつ』

『初めて直接見た……』



 この学園の中じゃまあ有名人の部類に入るであろう私の登場もあり辺りは鎮まりかえる、恐らくこの騒動を丸く収めてもらえる事を期待してるのか視線が私に集まった。この感覚今日だけで二度目とはついてない、

 ……って面倒臭いとは失礼な、まあ在校生で以前同じクラスになったことがあるなら当たり前の反応かもしれないが。


 私のせいで静かになったそこに靴音をかつかつと鳴らして威圧しながら向かう。



「何をしてるんですか」



 言い争っていた二人がこっちを向く、特段驚いた様子も恐れもなく。

 一応威圧代わりに魔力は放ったのに真っ直ぐこちらを向けるあたりかなりの胆力があると見受けられる、両者とも優秀なのは間違いないか。

 ……侮られているわけではないならいい、淡々と立場を表明するだけでいいのだから。



「ここは我らがアヴェリア王に認定された厳正なる学園、王立シルレート魔法学園です。与えられた結果に対し異を唱える事は王への叛逆とみなしますが」



 辺りから息を飲む音が聞こえる、厳格な態度を見せればそれだけで普通の人は怯むだろう。

 当然だ、誰も"王に仇なす"なんて言ってないのにいきなりそんなのを持ち出されてビビらない人がいないわけない。私ならビビる。

 ただこれ去年言ってた先輩の受け渡し何ですよね、シーラが冷ややかな目で見ているのが伝わってくる……



「俺の入学試験の成績、明らかにおかしい。少なくとも愚鈍な平民風情に負ける筈がないだろう!」

「愚鈍って、実際負けてますよね」

「筆記試験はほぼ満点のはずだ、解答は自己採点しているからある程度わかっている」

「……なら実技が悪かっただけではないですか? この学園の入学試験の仕組みをよく知らずに受験なされたのなら悪いですが、ここはそういうところです。としか」



 この学園の試験システムは厳正とは確かに言い難い、ほぼ全ての学科に実技試験がありその点数は教師含めた採点者に一任される。

 ただもし彼の筆記試験の成績が優秀だったとしても、そうならば実技試験での態度が論外だっただけだろう。そして入試に態度による評価点が含まれていることは周知済みのはずだ。


 大体の相手はこの発言で謝りを認めて諦めるのだが。

 しかし彼は硬く握りしめた拳を震わせながら私に突っかかって来た。



「この俺を誰だと思ってる……子爵の号を持つ宮中伯スリットマン家の嫡男、フランク=シルガッハ=スリットマンだぞッ!」

「……は?」

「もし俺がこの学園の不正を突き止めれば、お前らなんてどうにでも出来るんだ。それを分かった上でさっきの発言をしたのか?」

「……この学園の正当性は王により認められていますが」

「その王に進言出来るのが、スリットマン家だ!」



 はい?そんな話はしてませんが?


 そもそもスリットマン家を詳しく知らないので申し訳なく思える、もしかしたら知っている人なら名前を聞くと同時に頭を垂れるような有名な家柄なのかもしれないが。

 いや仮にそうだとしても彼はスリットマン家とやらの名を汚すような真似しかしてないのでは、と知らない立場からは思ってしまう。

 こういうタイプのアホはどうやって対処しようか……と少し考えていると



「結局親の威光を借りて威張ってるだけでしょ?」



 全くのノーマークの位置から唐突に繰り出された暴言に脳が一瞬静止する。

 誰だ……?

 ギギギと変な音が聞こえながら固まった首を横に動かすと、超絶人を馬鹿にするような顔でけらけらと笑いながら女の子は持った扇子を振っていた。



「全くあんたみたいなのが『この国を動かす大貴族さまだ〜!』ってのに将来なるんだから、この国の貴族が軒並みアホなのも納得ね」

「え、ちょっと」

「なんだと貴様……ッ!」



 おいバカやめろ、なんでそう多方面に喧嘩を売るような真似をする。

 そして私の存在を忘れたかのようにまた二人は口論をし始めた、いや口論というより子供の口喧嘩みたいなものだ。

 周りの反応を見た限りこの女子はさっきからこう多方面を煽るような言葉を続けているようだ、そりゃそうか単にスリットマン家の嫡男さまが言い掛かり付けただけじゃこんな事になってない。

 というか下手したら……



「そもそもッ! 最初にこの俺を愚弄してきたのはお前だろうッ!」

「事実でしょ? バカにされる成績なのが悪いのよアヴェリア国の恥晒しさん、こんなのに爵位を渡すなんて世も末ね」



 マズい、今日は入学式と言うこともあってこの国のお偉いさんも来ているのだ。

 こんなのを見られたらろくな事にならないに決まっている……!



「待って下さい、アヴェリアを馬鹿にするのは」

「俺のみならず、我らがアヴェリアを愚弄するか……! 売国奴め、今ここでスリットマンの名において斬り捨ててもいいんだぞ!」



 いや斬り捨てるな、今すぐそのよく回る舌を斬り捨ててやろうか。

 どこの誰だったかシルレート魔法学園の生徒を『野蛮人』だと馬鹿にしていたのを思い出す。

 成る程これは野蛮人だ、とても王国の今後を背負っていく人材がするような喧嘩じゃない。



「いや、学園内での争いはタブーでして」

「ほらすぐ脳に血が回って何も考えれなくなるんでしょ? だからダメなのよ、今の貴族は全員断頭台送りにしてまともな賢人に国を治めてもらった方がマシね」

「貴様……ッ!!」



 嘘でしょ……脳に何が詰まってるんだ、弾薬か?


 何となく状況が読めてきた、Aクラスに配属されて不満を持っていたフランクくんが多分軽く小言を言ったのだろう。

 それをこの女の子が過度に煽って……ご覧の有り様だ、貴族を煽るアホがいるかそもそも相手が貴族じゃなくても常識外れだ。

 そしてこの空気は眺めていた観客もとい野次馬にも伝染していく。



『貴族サマって何時も偉そうだしな』

『恥知らず、同じ華族として恥ずかしい……』



 こういった貴族への不満の声や



『平民のくせに偉そうに……』

『そもそも何時も文句言われるのはこっちなんだよ、少しは敬え』



「ぅぁあ」



 貴族を馬鹿にする平民への声、うぇぇ……どうしてこんなことに。

 遠くから見守っているはずのシーラから心の中のエールが届いてくる、いやなんなら今シーラが止めに入った方が多分丸く収まるんですが、いや無理か。もうどうしようもない。

 もはや状況的に私が何を言おうが届かない混乱を極めた状態である。

 『全員まとめて魔法で吹き飛ばすか』なんて物騒な考えが頭によぎる、そうなると退学なんてもんじゃ済まないが。

 首を突っ込むんじゃなかった、誰か助けて……








 ふと、吹く風が冷たい事に気が付いた。



『ねぇ……なんか寒くない?』

『息が白い……?』



 カンカンと足音が響く。

 その足音はまるで鉄、いや《氷》の上を歩くときに響くような、そんな音。



「騒がしいな」



 足元を見ると薄らと氷が張っていく、人によっては靴が地面に張り付けにされて動けなくなっている人もいる。

 この学園を志した人の中には彼に憧れて受験を決意した人も多いだろう絶対的な魔法の使い手。

 4年連続で魔導武闘会を制し健全な大会運営の為に"その武功を彰する"という建前の元で爵位と共に"Aランク"の評価を下された最強の男。


 全員が声の方を向く、その方向にはこの学園の”王”がいた。


 この学園には逆らってはいけないモノが存在する。

 この学園の実質的なスポンサーであり数多のコネクションを持つ《役員会》と、貴族科でかつ最高位の成績を治めた者。そしてこの学園を代表して外交を行える者だけが所属する《生徒会執行部》だ。


 彼を象徴するその生徒会の代表を意味する《生徒会長》の者だけが着用出来る真っ白なマントと生まれついて持ち合わせた氷を思わせるような長い蒼い頭髪がたなびく。


 貴族科5年、学年主席にして今世代最強の魔導士。

 眼鏡の奥に光るその知性を示す鋭い眼光が私達を捉えていた。



「私の学園で随分と楽しい事をしているじゃないか、誰の許可を得てやってるんだ?」

『『ッッ』』

「……なんで」



 私を含めその場にいる全員が震え上がるほどの冷たい声。

 つい反応してしまった私は口をすぐに紡ぐ、しかし彼は聞き逃さず私の方向に振り向いた。



「ノア?」

「……お久しぶりです、お兄様・・・」



 聞き逃してはくれなかったようだがどうやら丸く収まりそうでよかった。白い息を吐きながら私は彼に感謝の意を込めて頭を下げた。

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