第7話

「……ノア?」

「お久しぶりです」



 なんでここにという動揺と彼の登場で丸く収まりそうな事による安堵。

 ただ……私はあんまり会いたくは無かったなと素直に思った。


 スノウ=アーカイブ


 シルレート魔法学園の創始者の家系にして彼自身が《銀嶺魔導士スノウウィザード》の爵位を持つ者。

 そして私が孤児として生きていた時にアーカイブ家に養子として認められた経緯から彼は私の義兄に当たる存在でもある。



『スノウ様と妹さんが並ぶとやっぱり映えるわね』

『2人とも綺麗な蒼髮だしなぁ』



 私とスノウお兄様の血が繋がってない事は公表していない。

 無論貴族として古くからアーカイブ家と関わりのある家柄なら知っていてもおかしくないが蒼髪という珍しさから親類の類いと思われる事も多い。

 養子として迎え入れられた最初は貴族としての振る舞いとかはある程度教えられたが程々で私にかなり自由にさせてくれた。


 今は寮に住んでるのだが理由はちょっと喧嘩したからでまぁ追い出されたみたいな物だ。

 養子縁組を切られても何もおかしく無いのに切られないのはスノウ義兄様が何故か私を気に入ってるからかも知れない。



「ノア、一緒に住まないか?可愛い妹がいなくてお兄ちゃん心配なんだ」

「迷惑を掛けますし離れておいた方がいいと思うんですが……」

「あー……、あのじじいの言葉真に受けてるのか? 気にしなくてもいいし春休みの間一度も顔を出してくれなかったじゃないか」

「……人の目がありますし、ここでそう言った発言は」

「そうだな、積もる話もあるし人目のない所でゆっくり話そう。今日の放課後生徒会室に来てくれないか?」

「……わかりました」



 この人は、私への距離感が異常に近い。


 何故だ、所詮 "義理の兄弟" だろう?


 私はまだ彼を"赤の他人"としてしか見れないのだが彼は私を本気で家族と思っているみたいで、それが少し苦手でもある。

 何より素行の悪い私のせいで彼の評判を貶めてはいけないという思いもあるし。

 彼は私との会話に満足したのか先程まで言い争っていた二人の方に向き直る、気が付けば足元に張っていた氷が溶けていた。



「まずシルガッハ卿、いやフランク=スリットマン。まずはその尊大な態度を改める事を勧める」

「しかしッ!」

「この学園は多種多様な人物を受け入れる場所だ、有能ならばな。そこに貴族だからというものは存在しない、だからその態度を続けようものなら笑い者になるぞ」

「……」

「本当に理不尽な、いやもしかしたら何らかの陰謀が渦巻いているのかもしれない。仮にそうならば何時でも生徒会室を訪れたまえ、学校運営とは独立した組織である生徒会ならば信用出来るだろう?」

「……」



 スノウ義兄様がそう言うとフランク様は俯いて黙ってしまった。

 なんだ、意外とすんなり解決するのか。

 安心して息を吐こうとしたその次の瞬間の事だった。



「……だ」

「なんだ?」

「納得がいくわけないだろ、"決闘"を申し込ませてもらう!」

「はぁ?」

『『!?』』



 け、決闘? この御時世に?


 一応決闘というのは王国法で規定されており決着のつかない争いを法的処置を超越した方法で決着を付けるために規定されている。

 ただ──無論そんなものが普通に使われる事はない。

 貴族様でさえ『そんな野蛮な方法で決着を付けるなんて愚かだ』とか言っているようなものだ、一説には女を取り合っている二人の男が行う為だけに存在している法律とか巷で言われたりしているくらいである。



「落ち着けフランク=スリットマン。そんなもので何が測れる?」

「……俺の試験結果は実技の得点が大きく減点されているはずだ、筆記試験に関してはほぼ満点の自信がある。そちら学園側が要求するラインの生徒との決闘で俺の力を示せばいいだけだ」

「……君がその成績を勘違いしている可能性は?」

「それも含めての"決闘"だ、俺の要求するものは本来公開されるはずのない入学試験結果とそれを踏まえた上での再試験」

「成る程、仮に負けたらどうする?」

「その場合は……俺の退学処分でいいだろう」



 辺りがさらにざわつく。

 そもそもこのフランク様は一応Aクラスには所属している、つまり十分優秀だということを保証されているのだ。

 それを蹴ってまで決闘を申し込むとは、無謀か、馬鹿か。それか相応の自信があるかのどれかだろう。

 スノウお兄様は退学処分という言葉を聞いて少し考えるそぶりを見せた後私の方を向きちょいちょいと手招きする素振りを見せた。なんか嫌な予感が……



「わかった、決闘を受け入れよう。ただしお前の相手は……私の妹、ノアだ」

「まじですか」



 まじですか。



「あの《銀嶺魔導士スノウウィザード》の妹か、相手にとって不足は無いと思うが……いいのか?本人が出て来なくて」

「何、ノアも強い。こんなんだが今この学園で5本指に入る強さである事は保証しよう。つまりノアに勝てればそれだけでSクラス相応という事になる」

「あ、あの」

「分かった、チャンスを貰ったと思って有り難く受け入れよう」

「決闘日時は……さっさと決めた方がいいな、今日の15時からでどうだ? 場所は第一訓練場、ルールは先に降参した方が負けでいいだろう。審判は私が務める」

「……不正はするなよ」

「当たり前だ」



 あ、あの。私に拒否権は……?

 不満顔でスノウお兄様を見ると優しい顔で私に微笑みかけてくれた。



「ノア、大丈夫だ。適度にしめてやれ、個人情報を公開するのは流石に不味いからな」

「えぇ……」



 違う、そうじゃない。

 そもそもそんな重要な事を私にさらっと任せられても困る。もし私が負けたらどうするつもりなんだ?

 しかも地味にフランク様の運命も握らされた事になるのか……、そんな風にもやもやしてる私を置いてフランク様は納得行ったのか「逃げるなよ」とだけ捨て台詞を吐き何処かへ行ってしまわれた。逃げていいなら逃げてるさ。



 そして、と女子の方を向くスノウお兄様。

 びくりと跳ねるその少女、先程まであんなに威勢よく煽ってたのにそんなしおらしい姿を見せれるなら普段からしておけばいいものを。

 スノウお兄様とぺたりと地面に座り込んでいる女子が暫く目線を合わせていると言い争いの最中は引っ込んでいた男子がその女子の横に立ち、そして手で無理やり頭を下げさせた。



「本当に申し訳ない、このアホもこの通り謝ると言っています」

「ちょっとクリス! やめなさいよ!」



 さっきまでしおらしくしていた少女はクリス君?に頭を地面に叩き付けられじたばたと暴れ始めた。

 いやそれは酷いだろ。女の子だぞ女の子。



「失礼しました。謝る事を知らない彼女、レミリアの代わりに私が謝ります」

「代わりって言って私にも頭を下げさせてるじゃない!」



 ……クリス君はまともそうだ。女子に無理矢理頭を下げさせている事に目を瞑れば。


 少なくとも真面目に謝罪はしているし言葉遣いも少し変だが敬意を示そうという意図は伝わる、無理矢理頭を下げさせたりしているこの2人の関係性が気になる所だけど。

 いがみ合っている2人にスノウお兄様は呆れ顔でため息をついた。



「レミリア嬢、かな。貴方は少し言葉を慎んだ方がいい。感情的な発言は建設的な議論を生まない」

「本当にその通りだと思います、レミリアには言い聞かせますので」

「ふざけんなクリス! 私は──むがっ」

「はいはいその辺にしておきましょう、お騒がせして申し訳ありませんでした。では」

「あ、あぁ……」



 スノウお兄様が何かを言う隙さえ与えず目にも留まらぬ早技でクリス少年はレミリア少女の口を押さえつけそのまま連れ去っていった。

 最初からそうやって連れて行ってくれればよかったと思うのだが……まあいいか、狐に包まれたかのように啞然とする私たちはスノウお兄様の解散の合図でバラバラとばらけていった。

 スノウお兄様決闘について念を押された私は解放された。本当ついてない一日だ。


 ……疲れた、遠くで見守っているシーラの方に向かうとニヤニヤとした顔で私の頭を撫でてきた。



「お疲れー、災難だったね」

「少しくらい助けてくれたってよかったですよね……?」

「まっさか、私が出たって何も変わらなかったよ」

「まぁ……確かに……」



 ストレスで凝った肩を回しながら、私達はこれからの1年を過ごすクラスへと足を進めた。


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