第3話

 晴れ渡る空、澄み渡る空気。

 シルレート魔法学園はさまざまな魔法技術の研究機関を兼ねておりその土地の大きさは一つの町と言われても疑いは持たないくらい広大だ。

 そして学園へ向かうための道は太く、そして真っ直ぐにこの学園都市と言われる《カールス地区》を通っている。


 ガランガランと馬車が舗装された道の真ん中を走り、その端を新学期に心を躍らせる学生が和気藹々と進む。

 風が一吹。


 そこらかしに植えられた木からピンクの花弁が散りそれを追いかける様に女学生が駆け回る。

 舞う花弁は遠くの土地……、異世界からの渡航者によってもたらされた""サクラ""という名の花らしい。

 まるで春の陽気さを凝縮したような優しいピンク色の雨は不安な人々の心を不思議な暖かさで包んでくれる。


 これからの学生生活に不安を隠せない新入生に残された学生生活と将来に絶望する在校生にも。

 シルレート魔法学園の門戸は確かに開かれている。


 と言ったポエムはさておき、私は一人でふらふらと学園に向かっている。

 うぅ……、目に染みる。

 別に一人が好きとかそういうわけではないがこういったきゃっきゃうふふという雰囲気には圧倒されがちな私だった。



「……あれは」



 一緒に学校に行くとかそういう友達がいない訳ではないが今日に限って何か打ち合わせとかをしたわけじゃない。むしろ私はそう言った友達同士の付き合いとかは少し苦手な方だ。

 でも友達と話したりするのは苦ではないし仲がいい人と話すと楽しいと感じれるくらいには人間味を持ってると自負している。


 長々と言い訳したが、その遠くに立つ友人の姿を見た時に自然と笑顔が溢れてしまった。

 ふわふわの茶髪を腰あたりの長さまでまで伸ばして胸にたっぷり──それはもうたっぷりと贅肉を蓄えた美少女は私と目が合うとのんびりと手を振って、そして大声を出しながらこちらに走って来た。バカなのだろうか。

 瞬時に人目が集まる、彼女に公共の場所という概念はないらしい。



「やっほーノーアー! ひーさーしーぶーりー! 」

「うわ……」



 周りの目がわたしにも集まる。「どうやらあのアホの友人らしい」という哀れみなのか嘲りなのか、よくわからない視線がドスドスと突き刺さって来た。

 ただただうるさい彼女に仕方がないのでお手製迎撃魔法でも喰らわせてあげる事にした。とりあえず私が知っている限りで一番有効度の高い魔法でいいか。


 私は軽く魔力を込め魔法の発動準備を整えてから手を前にかざす

 身体中に刻まれた|魔導回路(サーキット)に熱が篭る、起動と共に赤白くその痕は輝き出す。


 グォン……と私の前の空間が魔力に揺らぎそこに魔法陣が浮かび上がった。

 その魔法陣の複雑さと質はあらゆるものを飲み込む魔力の奔流を容易に想像させるもので、周りの人達から歓声と悲鳴が上がる。

 パッと見でこの魔法が放たれれば辺りは消し飛ぶだろうと容易に想像が付くようなそんな禍々しい魔法陣。

 ある程度の魔法の心得がある彼女はビビったのか両手を上げて降参の姿勢を取った。



「ちょ、ちょっとノア!?  他の人に当たるでしょ!? 」



 へ、他人に当たる?まさか。

 ここから彼女を消し飛ばすことなど頭の上に乗っけたリンゴを矢で射抜く事より容易い事だ。

 ただこのままだと周りの人も驚かせてしまうだろうので魔法陣に魔力を通すのをやめて解除した。

 


「まったく。私がその程度の技術だと思ってるんですか」

「この前のテストでレンに張り合って訓練場の壁に穴を開けて生徒指導に呼び出されてたのは何処の誰でしたっけ? 」

「うっ……ま、まぁレンは天井ぶち抜いてたので可愛いもんですよ」

「まっさかー、レンに何時も技術点負けてるノアが言っても説得力ないよ〜」

「あんなのと比べられたら溜まったもんじゃないですよ……」



 全く、何でも私の対抗馬にレンを出せばいいと思いやがって……


 レン=ビクティア──剣を持たせれば一流の剣士、杖を持たせれば一流の魔道士。なんなら杖無しで高度な魔法をぽんぽん使えるこの学園始まって以来の天才。

 (私は認めないが)やけに女に好かれる見た目をしているらしく身長は男子の平均に比べてちっちゃいのに身体能力は化け物じみている。

 私は何度も勝負しているが今のところ全戦全敗、この(自称)天才美少女魔導士の私がそろそろ諦めようかと思ってたりするレベルだ。


 ……この私が(重要)


 事実私は魔法の技術に関してはレンに2段も3段も劣る、それは認めてもいいだろう。

 まあその分……私の方が頭がいいですしどっこいどっこいでは?……負けてるとは微塵も思ってませんよ?


 ……なんて精一杯強がっても「認めないノアはやっぱり可愛いなあ」とか言われて流されるのが目に見えているのでそれは心の中にしまっておくことにする。

 はぁ、これだからこいつは苦手なんだ。



「まったく、なんの魔法も発動しない単なる複雑な魔方陣にビビるなんてまだまだですね」

「やっぱりただの脅しだったのかこいつー!」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 ひと騒ぎあったものの、落ち着きを取り戻した私達は普通に横に並び一緒に学校へと向かっている。

 ふと横を見るとたわわな胸がぽよんぽよんと跳ねるのが目に入った。隣に歩かれるとやっぱり胸のサイズ差が強調されるような……まだ成長期だからいいんです。


 多くの上流家庭出身は中等教育課程を修めそしてシルレート魔法学園等の高等教育機関に入学する。

 ただ学園に入学するような年齢の貴族の淑女が婚約者もいないなんて事は珍しく、いるならそちらに係りっきりで学園に入学する暇などないというのが多くである。

 その為シルレート魔法学園は女子:男子の生徒数割合が3:7ほど偏っていたりする。



「あらためて……シーラおはよう、もしかして待ってた?」

「ノアおはよ〜! 一緒にいこうと思ってね」



 ふへへと笑うどこか抜けてそうで全く隙の感じさせない彼女。


 シーラ=ノーヴィス、ラジスカチフ辺境伯家の長女だ。


 シルレート魔法学園は確かに有名だし優秀な魔法学園だ、シルレート近辺に住う多くの貴族がここに子供を通わせてるし官僚やらエリートの家系もここにコネクションを作りに来させたりする。

 しかし辺境伯なんてのは地図に載るレベルの一つの領土を統治する小さな王様みたいなものだ。つまるところシーラは小さな王国の王女さまなのである。

 王でさえ権限こそあれ実質的に命令を下すのは不可能と言えるようなそんな存在、何故こんな学園のこんな学科に来てるのか不思議に思う様な大大大貴族さまなのだ。

 それを打ち明けられた……、というより教えられたのは二年の時で、どおりで彼女が周りと雰囲気が違うのかと納得がいった。


 ……ぱっと見はふにゃほにゃしてるだけなんだけど。



「あ、ノア今失礼な事考えてた〜?」

「ぎくっ……い、いや何も?」

「自分で『ぎくっ』って言うの可愛いと思ってるでしょ?」

「は? 調子に乗るなよ巨乳風情が……んぐ」



 シーラは私が何かを言うのを防ぐように頭に右手を置いてくしゃくしゃと撫でてくる。彼女は私の髪を触るのが好きなようで普段からこういった事をしてくるのだ、もしかしてそっちの人か?

 髪型が崩れるからやめ……そういえば別に作ってなかったなと思い出す。


 ……ん


 シーラの手が頭頂からだんだんと下にズレて、気が付けば耳の辺りまで回ってきていた。



「うひっ」



 咄嗟に逃れようとするが左手で私の顎を持たれ動けない、スルスルと首筋から耳のラインを撫でられて何だか……



「ぁ……んひ、や、やめてくださ」

「ふへへ、耳ほんと弱いね~」

「人がッ! 見てますッッ!」



 撫でまわす手を叩き落として距離を取る。


 飛び退いたせいで後ろで見ていた女子に背中が当たってしまいました、失礼……いや何故そこで見ていた?

 まぁいいやとされるがままにしていたらシーラが私の耳に手をまわすなど……気を抜いてたら好き放題されるところだ、油断も隙もない。

 辺りを見渡すと軽く人集りのようなものが出来てた、私もシーラもシルレート魔法学園じゃそこそこの有名人だという事をお忘れで?


 きゃーきゃー言う女子生徒やらいいものが見れたとにやつく男子生徒、無論新入生も多くいそうなものなのでこの学園が何か勘違いされないか心配になる。

 私は諦めて「次やったら怒る」とシーラに注意をしていると、



「はっ、これだから野蛮人は」



 騒がしかったそこにその声はやけに響いた。

 振り向くと取り巻きと思わしき数人の女性を引き連れた、よく見慣れた男が呆れ顔で突っ立っていた姿があった。

 ふとシーラの顔を見るとさっきまでの顔はどこへやら、買おうと思っていたスイーツが売り切れていた時でさえしなかった超絶真顔で彼を睨んでいた。

 ……これは、荒れそうだ



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