魔王軍幹部『吸血鬼』ブラッドスキュラー

 魔王軍幹部ブラッドスキュラー。

 第一印象は、長い黒髪の妖艶な美女。だがそれは見かけだけだ。

 対峙した瞬間、ロランは悟る。この黒髪の美女はとんでもない強敵である、と。

 ブラッドスキュラーはロランを見つめ、くすくすと笑う。


「可愛い可愛いお嬢さん、あなた……とっても美味しそうねぇ」

「…………」


 ロランは無言で手をかざし、光魔法シャインニードルを数百発放つ。

 圧倒的な光景だった。

 ブラッドスキュラーの頭上から、成人男性ほどの長さの『針』が、雨のように降り注いだのだから。手をかざすしたのは完全なブラフ。まさか頭上から攻撃が来るとは思うまい。

 だが、ロランは走り出す。


「おお、痛い痛い……痛すぎてぇ……血ぃが欲ぉしくなぁるぅぅぅーーーーーーッ!!」


 ボロボロになったブラッドスキュラーの黒魔法が飛んできた。

 真っ黒な球体ということだけわかる。ロランはオリハルコン製の剣を抜き、無詠唱でシャインニードルを何十発も展開。放たずに自分の周りに浮かべ、ブラッドスキュラーの黒い球体に向かって放ち相殺する。


「なっ!? 早っ」

「遅いですね」


 ロランは、マッケンジーの補助魔法で強化されている。

 ただでさえ王国内で誰も触れることができない速度なのだ。強化された速度は風をも超える。

 オリハルコンソードを横薙ぎに振るうと、ブラッドスキュラーの腹がぱっかり割れた。

 ブラッドスキュラーはロランから離れ、ロランも深追いすることはなかった。


「ぐ、ぉぉぉ……っ!?」

「胴を両断するつもりでしたが……なかなか避けるのが上手いですね」


 腹を押さえ、内臓が零れ落ちないようにするブラッドスキュラー。

 ロランは敵意を向けたままオリハルコンソードを向ける。

 ブラッドスキュラーの目が蛇のように変化し、金色に染まる。

 殺意がロランに突き刺さるが、ロランの表情は全く変わらなかった。


「き、貴様……このわた「興味ありません。では」


 ブラッドスキュラーを無視し、一瞬で間合いに入るロラン。

 そのまま剣を薙ぐ。狙いは首……どんな生物も首を斬れば死は免れない。

 そして、オリハルコンソードがブラッドスキュラーの首に食い込み───。


「───っ!?」

「くひははははっ!!」


 ガキン、と……ロランの剣が止まった。

 そして、ロランは剣を放し素早く飛びのく。


「……髪」

「ああ残念。このまま絡めとってやろうと思ったのに……」


 ブラッドスキュラーの髪の一本一本が、ヘビのように蠢いていた。

 首を切断する瞬間、ブラッドスキュラーの髪がロランのオリハルコンソードに絡みついたのだ。ロランはすぐに剣を手放し、安全圏まで距離を取った。

 ブラッドスキュラーは嗤う。


「ふふ、剣をすぐに手放すとは大した決断力……さぁどうする? お嬢ちゃん、私の髪が切れるかしら? ふふ……ふふふ」

「……やっぱり、お師匠さまはすごい・・・・・・・・・

「…………はぁ?」


 ロランは笑った。

 ブラッドスキュラーは首を傾げ、髪の毛でロランの剣を弄ぶ。

 ロランは背中から双剣を抜き、クルクルと回して構えを取る。


「お師匠さまは言ってました。あなたの武器は髪、獲物に髪を突き刺して吸血をする。魔法の名手でもあり、黒魔法を得意とする。多人数戦でこそ真価を発揮する吸血鬼……」

「な、なんですって……?」

「お師匠さまは言いました。あなたに勝てるのは私しかいないと。あなた相手に有効な戦術を取れるのは私しかいないと」

「お、お前……何者だ!?」


 ロランは双剣を弄びながら走る。

 動揺したブラッドスキュラーは髪をロランに向けて放つ。

 だが、ロランは殺到する髪を徹底的に切り刻む。

 これがロランにしかできない戦闘。髪がメイン武器なら……全て斬ってしまえばいい。


「ぐっ……こ、この」

「もう見切りました。あなたは……私より弱い」

「あ───」


 全ての髪を切断し、ショートヘアとなったブラッドスキュラー。

 気が付いた瞬間には、首が綺麗に切断され……地面に落下。自分の身体が見え、首の断面から血が噴水のように噴き出す瞬間が見えた。


「あ、ぁ───きれ、い」


 ブラッドスキュラーは、最後にとても美しい光景を見て……消滅した。

 ロランは落ちていたオリハルコンソードを拾って鞘に収め、振り返ることなく歩きだす。

 向かうのは、戦場の先。

 この先に、魔王がいる。


 ◇◇◇◇◇◇


 ロランがブラッドスキュラーと戦っている。

 そして俺も、黒騎士ヒルデガルドと対峙……剣を構えたまま動けなかった。


「…………」

「…………」


 互いに剣を突き付けたまま、ゆっくりと回転する。

 気配探知をフルに使用。ヒルデガルドの動きを見ろ。呼吸音を聞け。全ての挙動から目を逸らすな。

 自分に言い聞かせ、ヒルデガルドの剣を見る。


「……嬉しいぞ、クレス」

「…………」

「貴様の強さは私と同格……闘えば、どちらかは死ぬだろう」

「…………」

「さぁ、戦おう。私を……殺す気で来い!!」


 ヒルデガルドが来た。

 漆黒の剣から繰り出される斬撃を真紅の刀で受ける。

 剣同士がぶつかり火花が散る。

 速い──そして重い。ヒルデガルドの言うとおり、剣技レベルは拮抗している。気配探知がなければ俺が惜し負けているかもしれない。


「っく……」

「さぁどうした!!」


 うっさいな。喋る余裕なんかねーっての。

 俺はヒルデガルドの剣を必死に受け流し、反撃の隙を伺う。

 言っておくが、これは命のやり取り。試合ではないしどんな手もありだ。


「ファイアバレット!!」

「ぬっ……!?」


 剣同士で戦いながら、俺は小さな火球を何発か作りヒルデガルドに向けて放つ。

 最初は驚いたようだが、小さな火球は黒い鎧の前には無力。少し驚かせる程度の効果しかない。

 だが、それでいい。俺の狙いは別にある。


「ファイアファイアファイアファイアファイアファイア!!」

「ぬ、っく……おのれ!!」

 

 何十発のファイアをヒルデガルドの鎧にぶつける。

 黒い鎧にダメージはない。ダメージはない……だが、それ以外はどうだ?

 何十発とファイアを受けていたヒルデガルドが、ファイアを避けるようになっていた。炎を無視して剣で押していたのに、炎を避けているのである。


「っぐ……貴様!!」

「やっぱりな……へへ、このまま行くぞ!!」


 俺だって剣には自信がある。

 ヒルデガルドと剣を交えながらファイアを連射すると、ヒルデガルドの動きが鈍くなっていった。

 

「ファイアファイア!! おらぁぁぁっ!!」

「ぐぁっ!? っく……」


 答え。

 ヒルデガルドの鎧が、炎で炙られたことで超高熱になっているのだ。中のヒルデガルドは蒸し焼き一歩手前ってところだろう。きっと、鎧下はとんでもないことになっているはず。

 俺は動きが鈍くなったヒルデガルドを畳みかける。


「だぁぁぁぁーーーっ!! 剣技、十連斬り!!」

「ぬぅぅぅっ!?」


 ヒルデガルドの鎧に亀裂が入る。

 いける、もう少し、こいつを倒せば残りは魔王だけ。

 俺は畳みかける。もう少しで勝てる。剣技の技を───。


「剣技、五十連返し!!」

「しまっ……」


 やっちまった。

 ヒルデガルドにトドメを刺そうとして放った五十連斬りが、カウンターで返された。

 全身に痛みが走った───と思ったら、仰向けに倒れていた。


「ぐ、ご……ぁ」


 腕が動かない。鎧が砕けた。血が出てる。

 やばい。死ぬ。やっちまった。油断した。

 俺の悪い癖……曽山光一の悪い癖が出てしまった。

 ゲームで、敵のHPが残りわずかな時、もう少しで勝てるとわかったら被弾覚悟で突っ込むことってあるよな? さっさと戦闘を終わらせてイベントを見たい。そんな考えになっていた。

 これはゲームじゃない。現実なんだ。


「っぐ、ぁぁ……はぁ、はぁ、ふふ……わ、私の勝利だ……油断したな、クレス」


 全くその通りだった。

 ヒルデガルドの鎧が砕けた。どうやら完全にはカウンターで返せず、半分ほど喰らったようだ。

 身体を覆う鎧の半分が砕け、兜も割れて顔が見えた。血も出ているようで息も絶え絶えだが、ゆっくりと俺に近づいてくる。


「楽しかったぞ……久しぶりに、生きている実感がした」

「……ま、だ、だ」


 俺は全身に力を込める。

 まだ、まだ死ねない。まだ魔王がいるんだ。こんなところで死ねない。

 血が流れる。痛みが神経を刺激する。舌を噛んで気付けし、俺は立ち上がる。


「ま、だだ……ヒルデガルド、まだだ」

「ふ、いいだろう……ケリを付けよう」


 俺の鎧は砕けた。

 だが、手足はちゃんと付いている。剣もヒビが入っているが使える。全身痛い。どこから血が出てるのかよくわからない。でも……動ける。

 俺は構える。ヒルデガルドも構える。

 互いに限界が近い。きっと、これが最後になるだろう。


「いくぞ……ヒルデガルド」

「来い……クレス!!」


 互いに満身創痍……決着の時だ。


 ◇◇◇◇◇◇


 俺とヒルデガルドは同時に飛び出した。

 互いに血が流れている。走る度に地面が血で濡れた。

 これが、最後の一撃。


「武技───『色即是空』!!」


 剣技レベル90の武技、色即是空。

 剣気と呼ばれるオーラを飛ばす武技だ。俺も習得しているが、ヒルデガルドの色即是空に勝てる気がしなかった。

 だから、俺は突っ込む。

 この剣気を、俺の剣で打ち破る。

 レベルとか、武技とか、そんなもん関係ない。

 これまで積み上げてきた全てを……俺の剣に乗せる!!

 

「おぉぉぉぉーーーーーーッ!!」


 俺はヒルデガルドの色即是空を真正面から受け止めた。

 刀に亀裂が入る。斬ることに特化した刀でも斬ることができないのか。

 いや、そんなことは関係ない。


「ガァァァァァァーーーーーーッ!!」

「終わりだクレスぅぅぅぅーーーーーーッ!!」

「終わらねぇぇーーーーーーッ!!」



〇赤の勇者クレス レベル92

《赤の勇者》

・経験値アップ

・スキル習得率アップ

・攻撃力アップ

・【炎の聖剣フランベルジュ】



 刀が燃え上がり、手には一本の剣が生まれた。

 透き通るような真っ赤な刀身の剣。柄も鍔も赤く、まるで炎が形を持ったような剣。


「な、にぃぃぃっ!?」

「だらぁぁぁーーーーーーッ!!」


 ヒルデガルドの色即是空が炎に敗れた。

 そして、フランベルジュを持った俺がヒルデガルドの間合いへ。

 色即是空で全ての力を使ったヒルデガルドは、負けを悟ったように微笑みう浮かべた。


「俺の、勝ちだぁぁぁぁーーーっ!!」


 フランベルジュが、ヒルデガルドの鎧を木端微塵に砕いた。

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