クレスとロラン、師匠と弟子

 魔王復活まで残り二十日。

 勇者を輩出した三国の連合軍は、魔王復活とその配下である幹部、そして魔王が使役する魔獣たちの襲来に備えていた。

 王国内に全軍は入りきらないので、ジーニアス王国を囲うように野営テントを設営。どんな異常もすぐに発見できるように交代制で見張りをした。

 人類最高の頭脳である『緑の勇者』が言いだした『魔王はあと百日後に復活する』に誰一人として異論を出さなかったこともあるだろう。実際の情報はヒルデガルドから聞いただけだが……予感と言うより確信がある。ヒルデガルドは噓を付いていない。

 

 ある日。俺とロランは、決戦前最後の休日を過ごしていた。

 そして、ロランが出かけたいと言うので城下町にやってきた。

 ちょうどいい、俺もロランに話したいことがあったんだ。

 城下町は今日も賑わいを見せている。


「もうすぐ魔王が復活するのに、城下町は活気があっていいな」

「はい。きっと、皆さんは勇者を、国の外で住人の皆さんを守っている兵士さんを信じているんだと思います」

「そうだな。頑張らないとな」

「はい、お師匠さま」

「それはそうと……」

「はい?」


 今日のロランは、綺麗でシンプルなワンピースに帽子を被っていた。

 髪もずいぶん伸び、体付きも女の子らしくなってきた。こんな華奢な少女がレベル80越えしているなんて、ステータスを確認しないとわからないな。

 俺は、ロランを見ながら言う。


「その服、よく似合ってる。可愛いぞ」

「っ……あ、ありがとうございます」

「髪型も似合ってる。けっこう伸びたよな」

「は、はい。服はメリッサに選んでもらいまして、髪はシルキー様に……」

「へぇ、あの二人が」


 ロランの金髪は櫛が通され、シャンプーのコマーシャルに出れそうなくらいサラサラしていた。

 こうして見ると、どこぞの貴族令嬢に見える。

 うんうん、黄金の勇者を引退しても安心だ。これなら嫁の貰い手がいっぱい……でも、変な男に引っ掛から……まぁ、シルキーやマッケンジーもいるし大丈夫か。


「お、お師匠さま……お師匠さまは、どんな髪や服が好きですか?」

「俺? そうだな……」


 テンプレなら黒髪ポニテとか。ツインテールも捨てがたい。

 異世界に来て一年以上経つし気にしてる余裕はなかったけど、この世界には蒼髪とか緑髪とか普通にいる。かく言うクレスも赤髪だしな。

 服も日本とはだいぶ違う。メイド服もあるし、水着みたいなビキニに短パンで出歩いてる人も普通にいる。冒険者みたいに皮鎧に剣を差してる人もいるし……上半身裸に肩パッドなんて世紀末な奴もいたな。俺の感覚もだいぶ麻痺してきた。

 なので、結論はこうだ。


「普通の服が一番かな」

「…………そうですか」


 あれ、なんか真顔で返された。

 ロランは苦笑して言う。


「お師匠さま、喉が渇きませんか?」

「そうだな。よし、カフェにでも入るか」

「カフェ……は、はい!(なんかデートみたいです……)」

「前にシルキーと買い物したときに入ったカフェが近くにあるんだ」

「…………はぃ」


 あれ、なんかガックリしてる……俺、なんかやっちゃいました?


 ◇◇◇◇◇◇


 カフェで甘い物を食べ、シルキーと回った区画ではない商業区で買い物を楽しんだ。

 ロランはずっと笑顔だった。

 俺が勧めた服やアクセサリーを喜び、ランチでステーキを三枚も食べ、公園の屋台でクレープを食べ、腹ごなしに公園を散歩し……気が付くと、夕方になっていた。

 そろそろ、ジーニアス王城へ帰らなくては。でも、その前に。

 公園の出口に向かって歩くと、ロランが言う。


「お師匠さま。お話があります」

「ああ。俺もある」

「え?」

「場所を変えるか。ここから近くにいい場所があるんだ」

「は、はい」


 俺とロランが向かったのは、マッケンジーが勧めてくれた隠し公園。いや、隠してるわけじゃなくて地元の人も知らないスポットだ。

 公園に到着すると、ロランは城下町を一望できる柵の近くまで走った。


「わぁ~……すごいです、城下町が一望できます!」

「ああ。シルキーから教えてもらったんだ。シルキーはマッケンジーから教えてもらったんだって」

「……そうですか。シルキー様と来たんですか」

「え、ああ、うん」

「むぅ……」


 ろ、ロランがむくれてる?

 なんだ? 俺、また変なことを言ってしまったのか? 

 すると、ロランはクスリと笑い、柵に寄り掛かる。


「お師匠さまは優しいですね。ふふ、私にこんな素敵な光景を見せてくれました……ありがとうございます」

「お、おお」


 女の子はわからん。急に機嫌がよくなった。

 まぁいい。ここに来たのは、大事な話があるからだ。

 

「ロラン、大事な話がある」

「……はい」

「手を出してくれ」

「は、はい?」


 俺は、ロランの手をそっと取る。

 そして、魔力を込めて心の中で念じた。すると、俺とロランの手に刻まれた紋章が静かに消えた。


「あ……」

「奴隷契約を解消した。ステータスを確認してくれ」

「は、はい……」



〇ロラン レベル92

《スキル》

剣技 レベル92

槍技 レベル88

双剣技 レベル91

短剣技 レベル90

弓技 レベル58

投擲技 レベル89

聖魔法 レベル90

光魔法 レベル89

馬術 レベル85

馬上技 レベル82

詠唱破棄 レベル90



 奴隷印のスキルが消えた。

 俺の方も、奴隷紋のスキルが消えている。奴隷のスキルは攻撃力アップなどの恩恵があったが、今のロランには必要ないだろう。

 それに、もう俺に縛られる必要はない。これからは奴隷ではない、勇者ロランとして戦って欲しい。つーかレベル高いなおい。よく馬に乗ってたからもしかしてと思ったが……いつの間にこんなにレベル上がってたんだよ。


「ロラン。お前はもう奴隷じゃない。勇者ロランとして、俺の仲間として戦って欲しい」

「お師匠さま……」

「お前は、奴隷だからとどこか一歩引いた位置で俺たちに付いてきた。でも、これからはもう必要ない。シルキーやマッケンジーもお前のことは認めている。というか、マッケンジーが言ってただろ? お前は俺たち勇者パーティーの筆頭だって」

「で、でも私、あれ以来全く力を出せないし、勇者様だなんて……この国や人々が求めているのは勇者の存在であって、私なんかじゃ」

「違う。人々が求めているのは平和な世界だ。俺たち勇者にできるのは魔王を倒して安心を与えることだよ。お前を求めているのは、俺たちなんだ」

「お師匠さま……私」

「魔王復活まであと二十日……ロラン、最後までよろしく頼む」

「……はい!!」


 俺はロランと握手した。

 奴隷と主人から、師匠と弟子から……共に戦う戦友に。

 性別や歳なんて関係ないんだ。


「あとさ、もう『お師匠さま』っての止めないか?」

「それは無理です。だって私、お師匠さまから学ぶことまだまだありますし!」

「はは……あ、そうだ。ロランの話は?」

「……やっぱりやめておきます。まだ、その時じゃないってわかりましたから」

「え? ああ、そうなんだ」

「はい。あ、日が暮れちゃいましたね」

「ほんとだ……もう夜になるな」


 日が暮れ、間もなく夜がやってくる。

 ほんの少しだけの日の光が、夜の闇に飲まれようとしていた。でも、その瞬間がとても美しい。

 夕暮れを眺めていたおかげで、油断した。

 俺の頬に、柔らかな感触……それが、ロランの唇だと気付いた。

 

「ろ、ロラン?」

「いつか、女の子として見てもらえるまで……私、がんばりますね」

「……ん? 今なんて?」

「なんでもないです! さ、帰りましょうか」


 もう暗かったので良く見えなかったが……ロランの耳が真っ赤だった、ような気がした。

 魔王復活まであと二十日。

 俺の物語も、もうすぐ終わる。

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