恩師たち。シギュン先生とドロシー先生
魔王復活まであと七十日。
俺は訓練場で木剣を振っていた。
木剣を振る俺をジッと見るのは、俺の剣の師匠であるシギュン先生だ。
俺は初めて習った通りに剣を振る。上段、下段、中段。下段、中段、上段。繰り返し繰り返し、マネキン人形相手に木剣を叩き込む。
「よし、やめ」
「はい!!」
木剣を下ろし、汗をぬぐう。
かれこれ一時間は振っていた。レベルも上がらないし、何かスキルを得るわけでもない。
でも、これは基礎中の基礎。準備運動代わりにシギュン先生はやらせている。
俺は、レベル80になっても、シギュン先生の教えを受けていた。
「よし、次は模擬戦だ。剣を構えろ」
「はい!!」
シギュン先生の総合レベルは43.レベル80の俺相手に戦うにはレベル差がありすぎる……が、レベルが全てでないことをシギュン先生は教えてくれた。
それは、実戦経験。
「はぁぁぁぁっ!!」
シギュン先生に斬りかかる俺。もちろん本気だ。
だが、シギュン先生は俺の振り下ろしを木剣で受け、受けた瞬間に木剣を斜めにして俺の剣の軌道を変える。そして、体勢が崩れた瞬間に木剣の切っ先を俺に向けた。
「ふぅ……いいか、確かにお前のレベルは私より高い。だが、それを覆すことが可能なのが……」
「け、経験、ですね?」
「そうだ。お前の剣は鋭く速い。だが、合わせることができれば今のようにいなすこともできる…………それでも、肝は冷えるがな」
「え?」
「いや、なんでもない」
レベルが上がり、体力や多くの武技も得た。魔法だって強力なものを詠唱破棄できる。
全力疾走で一時間以上走ることだってできるし、ドラゴン相手でもビビることはない。
それでも、俺に足りないものがある。
それは……実戦経験による技術だ。
「短期間でレベルを上げ過ぎたことで、多くの技や力を得た。だが、それに伴う技術が追いついていない。大型ドラゴン相手ばかりで、手数の多い人間を相手にするには実力不足。圧倒的レベル差のある私相手に後れを取るようでは、魔王軍幹部を相手にすることはできない」
「はい。その通りです……」
そう。今の俺に足りないのは、実戦による戦術だ。
シギュン先生の言うとおり、大型のドラゴンばかり相手にしていたので、対人戦闘をするとどうしても大ぶりな攻撃ばかりになってしまう。小型のドラゴンも相手にしたけど、噛み付いたり突進したりする奴らだったので対処が楽だった。
今度の相手は魔王。そして魔王軍幹部……レベルのことばかりで技術が追いついていない。このままではヒルデガルドに勝てない。
「だが、そんな技術をもひっくり返す才能を持った奴もいる……ロランのようにな」
「……はい。とんでもない奴ですよ」
だが、ロランには関係なかった。
シギュン先生と模擬戦を何度かしただけで、その技術をモノにした。今はドロシー先生のところで聖魔術に関する講義を受けているだろう。
俺を気遣ったのか、シギュン先生が言う。
「クレス。お前の成長速度も群を抜いている……たった一年弱でレベル80など、勇者史上初なのは間違いない。今期の勇者は間違いなく歴代最強だ」
「はい、ありがとうございます。俺も師匠として鼻が高いですよ」
はっきり、何度でも思う。
年下の女の子であるロランに嫉妬の感情は全くない。ロランが強くなれば魔王討伐の可能性が上がるし、功績を挙げればロランの今後も有利になる。もしかしたら貴族になったり、いいところのお嫁さんになって幸せになれるだろう。
あの子は、幸せになるべき人間だ。
「本当にお前という奴は……どれ、少し休憩するか」
「はい」
木剣を置き、訓練場に併設された休憩所へ行く。
シギュン先生はそこで鎧を脱ぐ……うわ、薄手のシャツが汗で張り付いて色っぽい。胸にはサラシでも巻いているのかな? 身体のラインも協調され、モデルのようなスタイルが丸わかりだった。
シギュン先生はシャツを脱ぎ、サラシを外し上半身裸で汗を拭う……俺の目を全く気にしていない。
俺はそっと目を逸らし、休憩所に設けられた給水ポットを掴み、水をゆっくり注ぐ。
「ふふ、見ても構わんぞ? 嫁の貰い手もいない、傷だらけで筋肉の付いた身体でよければだがな」
「い、いえ……」
この人、何を言ってるんだ?
筋肉は付いてるけどガチガチのムキムキではない。しなやかで柔軟性のあるチーターみたいな筋肉だ。腹筋も少しだけ割れ、傷一つない身体は彫刻のように美しい。自己評価が低いにもほどがあるぞ。
「し、シギュン先生は綺麗です。その……とても直視できません」
「ふ、そうか……世辞でも嬉しいぞ。ありがとう」
「お世辞じゃありません。その、本当に綺麗です。まるで彫刻みたいに整った……っと、その、早く着替えをしていただければ」
「ああ。わかった」
シギュン先生はサラシを巻き、新しいシャツを着た。
俺は水を一気飲みし、自分用にまた注いでテーブルへ。シギュン先生は微笑を浮かべていた。
「ふふ、私を女扱いしてくれたのはお前が久しぶりだよ。だが、世辞はいらない。私は女である前に騎士だ」
「世辞じゃありません!!」
思わず叫んでいた。
「シギュン先生は初めて会ったときから綺麗で、剣も美しくて……こんな綺麗な人が剣を振るなんて、まるでおとぎ話のようだって思いました。がむしゃらに剣を振るだけじゃない、技術の美しさを俺は感じてます」
「そ、そうか……全く、褒めすぎだ」
なんと、シギュン先生の顔が赤くなった。
俺から目を逸らし、頬を掻く仕草がなんとも可愛らしい。意外な一面を見れて俺は嬉しかった。
俺は、俺の知っている人たちには素直に正直でいようと決めている。付かなければならない噓もあるが、本心は正直に話すと決めていた。
だから、シギュン先生が美しい、美人だということは伝える。俺の意志を否定することはシギュン先生でもダメだ。
「シギュン先生。シギュン先生の剣の美しさは技術の結晶です。決戦まで時間が少ないですが、できるかぎり叩き込んでください!!」
「……本当に謙虚で真面目な奴だ。惚れてしまいそうだよ」
「え?」
「いや、なんでもない……ふふ」
シギュン先生は笑顔を浮かべ、水を一気に飲み干した。
◇◇◇◇◇◇
魔王復活まであと五十日。
俺はドロシー先生から赤魔法の特性について学んでいた。
いくら強力な魔法を習得しても、使いどころがわからなければ意味がない。現に、俺がよく使用している魔法は、メガファイアとエンチャントファイア……強い炎と剣に炎属性を付与する魔法だけだ。
ロープレなどでは、『魔法』コマンドを開くと様々な魔法が画面に表示され敵の動きも止まる。でもこれは現実だ。敵が待ってくれるはずもないし、状況に応じて素早く適した魔法を使わないといけない。
「範囲魔法は?」
「つ、使ってません」
「トラップ魔法は?」
「…………えっと」
「その様子じゃ、治療魔法も使ってないわね。まったく……レベルが上がって強力な魔法をいくつも覚えたようだけど、使わなければ意味がないわ。あんたのことだし、ファイア系の魔法と付与魔法しか使ってないんでしょう?」
「……はい」
ちなみに、赤魔法にも治癒系統の魔法はある。とはいっても、傷を治すのではなく火傷を治す魔法だ。
赤魔法のステータスを確認したらあった……うーん。最初こそ魔法に興奮したけど、レベル上げの途中で興味が薄れたんだよな。
ドロシー先生はため息を吐く。
「とりあえず、ステータスを確認しながら、どんな魔法を習得したか書きなさい。レベル80までの赤魔法なんて見たことないし、いいデータになるわ」
「はい、ドロシー先生」
俺は羊皮紙に、これまで習得した魔法を全て書く。
その数三十以上……おいおい、けっこうな量だ。
「ふむ……この『バーンストライク』っていうのは?」
「えーっと、炎の塊を何発も降らせる魔法です。範囲魔法の上級ですね」
「知らない魔法ね。……よし。このチェックを入れた魔法を確認するわ。郊外の平原に行くわよ」
「はい。わかりました」
ドロシー先生がチェックした羊皮紙を受け取る。おいおい、強そうな魔法ばっかりだ。
俺とドロシー先生はジーニアス王国の郊外へ。人も魔獣もいない、街道から離れた平原へ到着した。
さっそく魔法を使う。どれも上級レベルの魔法で、ドロシー先生が持参した魔力回復薬のエーテルを飲みながら魔法を使用。そのたびにドロシー先生はメモを取った。
そして、ようやく全ての魔法を使い、俺はエーテルを飲む。
「……地形、ちょっと変わりましたね」
「あとで騎士団にでも埋めさせるわ。それより、疲れたでしょ? 休憩してから町に戻るわよ」
「はい」
ちょうど座れそうな岩があったので、俺はハンカチを敷く。
「どうぞ」
「あら、気が利くじゃない。ありがと」
ドロシー先生が座り、俺は対面に座った。
俺はカバンから飲み物を取り出し、ドロシーに渡す。
「ほんとに気が利くわね……ふふ、いい男になったじゃない」
「ありがとうございます。ドロシー先生にそう言ってもらえると、自信が付きますよ」
「そう? ならもっと言ってあげる。あんたは強く、カッコよくなった……本当に」
ドロシー先生は俺を覗きこむように見た。同い年なのに、どこかお姉さんみたいな表情で。
シギュン先生とは違う意味で可愛らしい。きっと、モテるんだろうな。
「ドロシー先生って、魔法学園で教鞭を執っているんですよね?」
「そうよ。あたしの授業が気になるなら、魔法学園に入学しないとね。まぁあんたなら楽勝でしょうけど。というか、赤魔法の講師をお願いされたりして……ま、まぁ、あんたにその気があるなら、あたしから学園長に取り次いでも……」
「え?」
「な、なんでもない!!」
最後の方がボソボソ声で聞こえなかった。魔法学園の講師がなんとか。
「ふぅ……ま、あんたはもう大丈夫でしょ。赤魔法に関してならこの世界で誰よりも強いわ。使い方をしっかり見極めれば、誰にも負けない」
「ドロシー先生……」
「あたしにできることならなんでもする。いい? 魔王復活までもう少し……気を抜いちゃダメよ」
「はい!!」
ドロシー先生、そしてシギュン先生。
俺を育て、導いてくれる二人のために、俺は絶対に負けられない。
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