魔王軍幹部『黒騎士』ヒルデガルド

 全力、全霊、本気。

 全ての力を振り搾り、俺は心を落ち着かせた。

 

「座っても?」

「───どうぞ」


 落ち着け。落ち着け。落ち着け。

 金髪のロングウェーブヘア、胸元が大きく開いた漆黒のドレス、見た目は……とんでもない美人だ。でも、まだ若い。もしかしたらクレスと同年代かもしれない。

 でも、間違いない。こいつは……魔王軍幹部の一人、黒騎士ヒルデガルドだ。

 俺は空っぽのエールのグラスを、音を立てないように置く。

 ヒルデガルドは席に座り、俺をジッと見つめていた。


「天仙娘々を殺したのはお前か?」


 バレてる。やばい。どうする。武器。ない。魔法。

 落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。

 心の波を立たせるな。冷静に、鼓動を落ち着かせろ。



〇赤の勇者クレス レベル68

《スキル》

赤魔法 レベル46

剣技 レベル78

詠唱破棄 レベル45

格闘技 レベル58

短剣技 レベル57

弓技 レベル10

槍技 レベル62

斧技 レベル62

投擲技 レベル64

大剣技 レベル38

双剣技 レベル65

抜刀技 レベル68

馬術 レベル3

奴隷紋 レベル17

馬上技 レベル1

気配探知 レベル69

不動心 レベル1



 なんと、不動心のスキルを得た。

 荒ぶる心を静める、それがスキル習得の条件だったのか。

 いや、そんなことは後だ……はは、後があるかどうかだけどな。


「三色の勇者。赤、青、緑。そして……妙な奴がいたな? まずはお前からだ、赤の勇者」

「……だからどうした? というかお前は誰だ? 夜の誘いなら間に合っている」

「ふ、私を抱きたいと? 私は強者の物。何が言いたいかわかるか?」

「さぁな。悪いが帰ってくれないか? わけのわからん御託に付き合う気はない」

「ほぉ……」


 ヒルデガルドは俺の対面からぐいっと身体を突き出す。おいおい、大きなおっぱいがテーブルの上に乗っかったぞ。敵だろうとおっぱいはおっぱい、素晴らしいですね。

 って、馬鹿か俺は。こいつは魔王軍幹部の一人だぞ。


「天仙娘々が死んだ。やったのはお前……いや、お前たちだな?」

「どれがどうした。黒騎士ヒルデガルド」

「…………」


 ここで初めてヒルデガルドの表情が変わった。

 驚いたような、意表を突かれたような。まるで年相応の少女のようだった。


「私の名を知っているか。ふふ、天仙娘々が漏らしたのだろうな……最後まで厄介な奴だ」


 いや、転生前に聞いた。

 そんなことを指摘してもしょうがないけどな。

 ヒルデガルドは、ここでようやく酒を頼む。

 何を飲むのかと思ったら、シェリー酒だった。俺も同じのを頼む……別に他意はない。


「安心しろ。今日は戦うつもりはない。魔王様の復活も近く、我々幹部も準備が間もなく終わる。今日は純粋に休暇を楽しみに来ただけだ。まぁ、天仙娘々が死亡したと聞いて多少は驚いたが……我々のすべきことは変わらん。お、来たか……ふふ、乾杯しようか?」


 シェリー酒が運ばれ、ヒルデガルドはグラスを掲げる。

 俺もグラスを掲げ、ヒルデガルドと軽く合わせた。

 不思議と落ち着いている。もしやと思ってステータスを確認すると、不動心のレベルが一気に23に上がっていた。どうやら強者と相対し揺れない心を保つのが経験値となるらしい。ヒルデガルドがそれだけ強く、おいしい経験値ってことだ。

 今なら、こいつと話せる。


「なぁ、酒の席の冗談として付き合ってくれないか?」

「……ほぅ、面白い。いいだろう」

「お前たちは、一体何なんだ?」

「…………っくは、はははははっ!!」


 ヒルデガルドはいきなり笑い出した。

 

「何なんだ? 何なんだと質問されたのは初めてだ。簡単だ、私は魔王様の僕ヒルデガルド。あの方の忠実な騎士さ」

「魔王は、復活するのか?」

「ああ、近いうちにな。忌々しい勇者の封印を解除し、再びこの世界に混沌を巻き起こす。私や天仙娘々、ブラッドスキュラーはそのための手駒。あのお方に認められた僕だ」

「…………」


 俺はシェリー酒を一口飲む。

 アルコール度数が高く、かなり甘めだ。ジュースのような感覚で飲むとあっという間に酔い潰れてしまうだろう。

 ヒルデガルドはシェリー酒を一口飲み、妖艶に微笑む。

 

「それと、いい情報がある……教えてやろうか?」

「なんだ?」

「魔王様に封印はもう通用しない。長きに渡り何度も封印を繰り返された結果、お前たち勇者の封印魔法術式を解明した。もう封印はできない……今度こそ、この世界は終わりだ」

「…………」


 ヒルデガルドはシェリー酒を一気に飲み欲し……悲しげに笑った。


「本当に、終わる……」

「……お前」


 どうして、悲しげに見えたのか。

 まるで深い絶望。何かあったのか?


「魔王様は封印を破り、この世界に君臨する。復活の日まであと百日……手始めに、このジーニアス王国を落とす。勇者よ、備えるがいい。真正面からお前たちを、この世界の希望を打ち砕く。それが私の……この世界への復讐だ」

「……復讐だと? お前、魔王のために戦っているんじゃないのか?」

「…………飲みすぎたな。少し喋りすぎたようだ」


 ヒルデガルドは立ち上がり、金色の髪をなびかせる。

 アルコールの匂い、そして香水の匂い。敵同士なのに思わずドキッとしてしまう。

 俺は最後に聞いた。


「なんで俺のところに来たんだ?」

「……休暇と言っただろう。それに、勇者なら誰でもよかった」

「そうか。じゃあ俺も教えておく。魔王に伝えておいてくれ」

「…………」


 俺はシェリー酒の残りを飲み干し、立ち上がる。

 ヒルデガルド、俺と同じくらいの身長だ。互いに紅潮した頬のまま、ほろ酔いで言う。


「魔王は封印しない。俺たちの代で討伐する、ってな」

「……いいだろう。お前、名は?」

「赤の勇者クレス……」

「クレスか。覚えておこう。そして、来るべき日、私は貴様に戦いを挑む。ふふ、まだお前しか勇者を知らないが確信したぞ。貴様と私は戦う運命にある、とな」

「ああ。覚悟しとけ……俺は強いぞ」


 ヒルデガルドは笑みを浮かべ、バーから去った。

 俺は席に座り、水を頼んで一気に飲み干す。

 かなり強気に出れたことに驚いてステータスを確認すると、不動心がレベル40になってて驚いた。


「はぁ~……」


 とりあえず、帰ってマッケンジーに報告しないとな。


 ◇◇◇◇◇◇


「百日後、ね……」

「ああ。恐らく、真実だと思う」

「ん~……」


 バーから急ぎ戻った俺は、山のような書類と格闘しているマッケンジーの執務室に向かい、メガネをかけて書類を書いていたマッケンジーに、ヒルデガルドとした話をすべてした。

 というか、メガネ似合うなこいつ……くそ、イケメンめ。


「魔王復活が百日後か。恐らく、残りの幹部は軍勢の準備をしているところかな? 天仙娘々を先に倒せたことはラッキーだった……それに、もう封印が効かないってのもね」

「ああ。歴代の戦いで封印され続けたのも、封印のプロテクトを解析するためだったんだ。それほど、魔王にとって封印の魔法は危険な力らしい……もう通用しないと考えて作戦を立てるべきだ」

「あいにく、封印なんてハナから考えてないよ。ボクの予定では討伐……そのために、危険地帯であるドラゴンの渓谷でレベル上げしたんだから」

「そうだったな……」


 なんとなくだけど、俺は確信していた。

 魔王はきっと強い。軍勢もいるし、ブラッドスキュラーもいる。

 でも、きっと……。


「黒騎士ヒルデガルド……」


 こいつは、俺が戦うことになる。そんな気がした。

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