それはあまりにも突然に
装備は、作製にしばらくかかるらしい。
完成まで休暇となり、休暇を終えるといよいよ魔王討伐……と行きたいのだが、実は魔王がいる場所がわからないそうだ。現在、アストルム王国・ジーニアス王国・ブルーノ王国が協力して魔王の所在を探しているらしい。
過去、魔王の出現地はバラバラだった。
どこからともなく現れては宣戦布告し、幹部と魔獣を引き連れ、この世界を征服しようと進軍してくる……なんともまぁ、無計画で無鉄砲な魔王だ。封印されているから思考なんてできないのだろうか?
でも、天仙娘々は普通にいた。ヒルデガルドとブラッドスキュラーも起きていると考えるべきだろう。
というか、天仙娘々を倒したが、何かが起こる気配はない。
てっきり、魔王が復活でもするのかと思ったが……もしかしたら、天仙娘々のことなんてどうでもいいのか。それとも復活していないから派手な動きができないのか。
まぁ、どっちでもいい。
どちらにしても、俺たち勇者の準備期間がたっぷりあるということだ。三王国も兵の準備を進めているらしいし、魔王が復活すればすぐに動ける。
今できるのは、魔王に備えて訓練するだけだ。
そして、ドラゴンの渓谷から帰還して一ヵ月……新しい装備が完成した。
◇◇◇◇◇◇
「おお……!!」
訓練場の一室に、俺たち勇者の新装備が運ばれた。
俺の鎧。俺の剣。俺の武器……!! デザインが少し変わった。色も赤ではなく真紅だ。
俺は刀を取り、鞘から抜く。
「おお……なんて美しい」
赤い刀身の刀だ。
ゲームで言う、赤の勇者クレスの最強装備。名付けるなら……ヒヒイロカネとタマハガネのハイブリッド合金のシンクノハガネで打った『
これを打ったドワーフ職人のロッコさんもドヤ顔だ。
「どうよ?」
「素晴らしいです!!」
どうよ?には全てが込められている気がした。
俺は刀を収め、双剣を手に取る。これもシンクノハガネで打たれた名剣だ。鎧も、分離して収納できる槍も、全てが新調された俺の装備だ。
「最終調整すっから、全部装備しな。脇がつっぱるとかキツイとかあったら素直に言え」
「はい。じゃあさっそく」
鎧を装備し、刀を腰に吊り下げ、双剣を背中に収納し、槍を分解して腰に収納。
赤の勇者クレス・最強装備を身にまとう。
すごい、つっぱるとかキツイなんてあり得ない。やや重量が増したけど全く苦にならないし、真紅の鎧を装備した戦国武将みたいだ。
無双系ゲームが好きな俺にとっては痺れるようなスタイル……ああ、異世界転生してよかった。
「どうだ?」
「全く問題ありません。むしろ一体感がありすぎて普段着みたいな感覚です」
「へ、一丁前なこと言いやがって」
ロッコさんが照れていた。
俺は頭を下げ、感謝の言葉を述べる。
「ロッコさん。本当にありがとうございました。この装備があればきっと、魔王を……やれると思います!! ロッコさんの武具に恥じない戦いを誓います!!」
「や、やめろやめろぃ!! 恥ずかしくてむず痒いっちゅうの!!」
叱られたが、それは照れを隠す怒りだったので俺は笑った。
他のメンバーを見ると、新装備を受け取り合わせていた。
シルキーは戦闘服のデザインも変わった。
格闘レベルと杖術で接近戦もこなすシルキーは、蒼いマントに硬質化の魔法式を込めている。魔力を込めると鉄の硬度を持つ特殊マント……ちょっと欲しいな。
杖はダマスカス鋼で作られた特殊な武器で、魔法増幅効果がある。それだけでなく、硬度にも優れているのでシルキーの杖術と合わせれば無敵の強さだ。
マントの下も、胸元を開けたシャツにミニスカ……魔法使いって言うか魔法少女みたいだな。
マッケンジーは殆ど……いや、全く変わっていない。
マントも武器も手入れをしただけだ。装備にこだわりのないマッケンジーは、外見より中身で勝負……くそ、外見も死ぬほどイケメンだよちくしょう。城のメイドたちがお前を見て頬を染めまくってるの知ってるんだからな。
そして、一番変わったのはロランだ。
俺の買った安っぽい皮の装備ではなく、動きやすさを重視し、急所を的確に守ることを前提とした軽鎧だ。素材はオリハルコン……軽く強度も高いファンタジー素材。ダマスカス鋼の数千倍、シンクノハガネの数百倍の硬度で紙のように軽いってなんだよ? チート素材なのか?
武器はオリハルコン製の剣、双剣がメイン。槍は短いのを三本装備した。ロランは槍を振り回すより投擲して使っていたからな。
全員が装備の不具合がないことを確認。職人たちは帰っていった。
俺はシルキーたちを眺め、頷く。
「うん。みんな似合ってるぞ。まさに最強装備って感じだ」
「ええ。しっかり休んで体力気力魔力も漲ってる! 魔王が今すぐ現れても戦えるわ」
「あはは。まだ所在も出現の兆候も掴めてないから、もうちょっと待っててくれよ。それまでは鈍らないように訓練をして待っててくれ」
「お師匠さま。ご指導をよろしくお願いいたします」
「ああ、新装備に慣れるため訓練するぞ。シルキー、マッケンジーはどうする?」
「ボクはパス。魔王の出現に備えないといけないしね。過去の情報を洗って出現後とその時の対応を検証して、作戦を練っておくよ」
「あたしは付き合ってもいいわ。魔法だけじゃなくて杖技も鍛えないとだしね」
「よし。じゃあマッケンジー、また後でな」
俺、シルキー、ロランの三人は、いつの間にか勇者専用となってしまった訓練場へ向かう。
杖技はあまり使う機会がないし、スキルが増えると総合レベルが上がりにくくなるという理由でシルキーとは模擬戦をしなかったが、どうしてもというのでやることにした。杖技、手合わせして特性を理解すると習得しちゃうんだよな……まぁいいか。
訓練場に到着すると……。
「遅い。装備を受け取ったらすぐに来なさいよ」
「え……ど、ドロシー先生!? な、なんでここに!?」
訓練場にいたのは、俺の魔法の教師、ドロシー先生だった。
長い黒髪にモノクルを装備し、黒いマントにとんがり帽子、杖を持っている。ここに使い魔のネコがいれば完全な魔女っ娘だ。
ドロシー先生は、俺を見て微笑む。
「背、伸びたんじゃない?」
「え、あ……そうかもしれません」
「それに、強くなった。あんたから感じる魔力が最初に会った頃とはまるで違う」
「はい……俺、強くなりました。剣も魔法も」
「うん。もう、あたしなんて必要ないわね」
ドロシー先生は、少し寂しそうにほほ笑んだ。
俺は咄嗟に否定する。
「そんなことありません!! ドロシー先生、あなたの教えがあったから俺はここまで強くなれた!! あなたの指導がなければ、赤の勇者クレスはここにいません!! あなたは俺にとって恩師で、まだまだ教わっていないことがたくさんあります!! ドロシー先生、これからもご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします!!」
「声大きいっつの!! ああもう……久しぶりに来てみたら、ちっとも変ってない。真面目で謙虚で……まっすぐで」
「ドロシー先生……?」
「ま、そこまで言うなら指導してあげる。魔法はレベルだけじゃないってこと、まだまだ教えていないからね」
「はい!!」
ドロシー先生は俺の胸をコツっと叩いた。
俺よりも小さい先生は、とても大人っぽく見えた。
「で、あんたも久しぶりね、シルキー」
「ええ。そっちもね」
「んー……あんたもすっごく強くなってる。ちょっと悔しいわね」
「勇者ですから。ま、あんたの言うとおり、魔法ってのはレベルだけじゃないわ。こいつに指導できるのはあんただけってことに関してはあたしの負け……」
「そうね。あたしの勝ち」
「でも、この数か月ずっと一緒だったあたしが負けると思う?」
「さぁ? それはどうかしら?」
「「…………っ!!」」
な、なんかシルキーとドロシー先生が顔を突き合わせて火花散らしてる。
止めに入ると火傷しそうな気がする……と、ドロシー先生がロランを見た。
「報告書読んだ。あんたがロランね?」
「は、はい!! お、お師匠さまの魔法の先生!!」
「ドロシーよ。あんた、聖魔法と白魔法使えるんですってね。しかもレベル70台、どんな魔法があるか教えて頂戴。聖属性か確認されて以来、レベル30以上の魔法が確認された例がないのよ。聖属性の魔法を知らべる絶好のチャンスだわ!!」
「ひえっ!? あ、あの」
ドロシー先生がロランの手をガシッと握り、キラキラした目でロランを見つめる。
俺に助けを求めるロラン。ドロシー先生の肩をポンポン叩く。
「あの、ドロシー先生」
「クレス!! お願い、この子を貸して。一日でいいからさ!!」
「え、えっと、ドロシー先生、あの」
「お願い!!」
「……わ、わかりました」
「お師匠さま!?」
「すまんロラン。今日はドロシー先生に付き合ってやってくれ」
「あ、あんたも来なさい。赤魔法のレベルと魔法の種類を確認したいから。あ、シルキーはいいわ。また今度ね」
「はぁ!? なんかムカつく!! あたしも行くからね!!」
「さぁ、研究室に行くわよ。ジーニアス王国の研究室借りたから、そこで話を聞かせて!!」
「ちょ、ドロシー先生!?」
「わわっ!?」
「あ、待ちなさいよ!!」
俺とロランはドロシー先生に引っ張られ、フル装備のまま研究室へ連れて行かれた。
ドロシー先生、すげぇ力だ……俺とロランですら抵抗できなかったぞ。
ま、模擬戦はまた明日かな……今日はドロシー先生に付き合おう。
◇◇◇◇◇◇
ドロシー先生がジーニアス王国に来た理由は、ロランの聖魔法と白魔法のデータを取るためらしい。
こう見えて、ドロシー先生は天才魔法使い。論文もいっぱい出してるし、アストルム王国の魔法学園で講師もやっている。マッケンジーがアストルム王国に送った勇者の近況の手紙を読んで、研究のためにとジーニアス王国に来たらしい。
ロランはドロシー先生の質問攻めにあいダウン……話が終わると疲れて寝てしまった。
ドロシー先生は研究データをまとめ、シルキーもぐったりして部屋に戻る。
今日は訓練ができない……そう考えた俺は、たまには一人で酒を飲もうと城下町に出ることにした。
「いつもみんなと一緒だし、たまにはいいかな」
私服に着替え、カバンに財布を入れて城下町へ。
転生前は一人飲みとかけっこう好きだった。酒を飲み、つまみを食べ、スマホを弄りながらビールを飲んで……おっさん臭いな。
でも、息抜きも大事だ。
俺は一人、城下町で見つけた小さなバーへ入り、エールを注文した。
「じゃ、いただきます……っぷぁ」
冷えたエールが喉を伝わり、なんともいえない爽快感。
このバー、実は前から目を付けていたんだ。こじんまりした店内。カウンターは数席で、窓際に小さな円卓と椅子がいくつか並んでいる。
ゆったりとした音楽が流れ、薄暗い雰囲気がまたいい味を出している。
俺は窓際でエールを飲みながら、つまみのチーズを齧る。
「うまい……はぁ、幸せ」
戦いの前の休息ってやつだ。
ジーニアス王国でこんないいバーを見つけてしまうとは。
アストルム王国に帰ったら似たようなバーを探すか。俺だけの癒しの空間だ。
「座っても?」
「え、ああ。どう───」
女性の声だった。
顔を上げると、綺麗なドレスを着た女性が。
「失礼、一人では寂しいと思って」
目の前にいたのは、魔王軍幹部の一人……黒騎士ヒルデガルドだった。
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