嘘と決意

 天仙娘々を倒した俺たちは拠点へ戻った。

 道中、特に質問はされなかった。なぜ俺が魔王軍幹部を知っていたのかを聞かれるのはきっと、拠点の戻り落ち着いてからだ……そんな気がした。

 慣れ親しんだ家となった岩場の拠点に戻ると、メリッサが出迎えてくれた。


「皆さん、お疲れ様です! 今お茶の支度をしますね!」

「いや、もう少し後でいいよ、メリッサちゃん」


 マッケンジーがそう言うと、洗濯物を抱えてにっこり笑う。

 今や、料理レベル5になったメリッサ。

 料理レベル5といえば、城の料理人レベルだ。マッケンジー曰く『俺たち勇者の近くでレベリングすると、多少の影響はある説』が濃厚になった。

 城の料理長ですら料理人レベル10だって言うし、まだ10代半ばのメリッサがレベル5なんてどう考えてもおかしい。俺たちのために毎日美味しい料理や献立を考えて作ることが経験値稼ぎになってるのかな?……鍛冶レベルも2になってるし、メリッサはどこまでいくのか。


 おっと、余計なことを考えすぎた。

 装備を外し……ヒヒイロカネの鎧、壊れちゃったな……リビングへ。


「あれ、シルキーたちは?」

「お風呂。けっこう汗もかいたみたいだしね。メリッサちゃんには入浴補助をお願いしたよ」

「……そうか」


 つまり、ここには俺とマッケンジーだけ。

 マッケンジーがソファに座ったので、俺は何も言わず向かい側に座った。


「何を言いたいかわかる?」

「ああ。天仙娘々……魔王軍幹部のことだろ」

「うん。きみ、なんで知ってるの? まさか、魔王軍と関係あるなんてこと」

「ない。俺があいつを知っていたのは、夢で見たからだ」

「……夢?」

「ああ。おそらく、過去の魔王と勇者の戦いだ……魔王軍幹部と勇者が命懸けで戦い、魔王を封印した夢。そこに天仙娘々とほかの幹部二名が出てきたんだ」

「……ふーん。どうしてそんな夢…………過去の魔王、勇者の戦い…………ああ、宝珠か」

「たぶん。俺たち勇者の力の源である宝珠に、何か秘密があるのかもしれない。この宝珠はずっと勇者に受け継がれてきたんだろ? 過去の映像くらい保存してあるんじゃないか?」

「ボクはそんな夢見たことないけどね。でも、実際にきみは見て、あの天仙娘々とかいう獣人はそれを認めていた。それにあの強さ……ティアマットドラゴンなんて比じゃない。魔王軍幹部というのもうなずける」

「ああ。でも倒した。俺たちは魔王軍幹部を倒したんだ……マッケンジー、お前の言う魔王討伐が見えてきたぞ」

「……そうだね」


 どうだ!! 嘘を交えつつ迫真の演技でマッケンジーを誤魔化したぜ!!

 これなら、転生前の情報を『夢』で誤魔化せる。さすが俺、ナイスなアイデアだ!!

 マッケンジーはソファに深く座り直し、天井を仰ぐ。


「正直、魔王軍幹部があれほどの強さだとは思わなかった。クレス、きみが気付かなければ初手で全滅していた可能性もあったよ……ありがとう」

「いいさ。俺はお前たちを守れたんだ。勇者冥利に尽きるよ」

「クレス……」


 おいマッケンジー、なぜキュンとしてる。

 俺は咳払いし、改めて言う。


「俺が見た夢では、残りの幹部は二人。黒騎士ヒルデガルド、吸血鬼ブラッドスキュラー……どっちも強敵だ。でも、今の俺たちなら倒せない相手じゃない」

「うん。過去の魔王討伐にも幹部はいたけど、魔王が封印されると同時に姿を消していたんだ。でも、今回は逃がさない……倒すよ、全員」

「もちろんだ。俺たちの代で平和を実現させよう」

「うん。そうだね。それと……」


 そこまで言い、マッケンジーはリビングのドアを見た。

 俺も釣られてみると、ちょうどドアが開き、シルキーたちが入ってきた。


「ロランちゃんのことも、話さないとね」

「?」


 そう、ロランの力……黄金の勇者の力だ。


 ◇◇◇◇◇◇


「ロランちゃん、きみ……勇者だったのかい?」

「…………」


 ホットミルクを飲みほしたロランは少し黙り、カップをテーブルに置く。


「たぶん、そうだと思います」

「じゃああんた、宝珠を飲み込んだの?」

「……わかりません。でも、あの時、お師匠さまが死んじゃうって思ったらすごい清らかな力があふれて……気が付いたら、あの虎を殴り飛ばしていました」


 あの時のロラン、めっちゃキレてたもんな。

 でも、ようやくロランが覚醒した。転生前のロランは力に覚醒したはいいが、すぐに殺されてしまった。でも、今回は下積みを終えて体力魔力気力共にみなぎっている。魔王といえど簡単には殺せない。

 ようやく、準備が整いつつある。

 後は魔王討伐するだけ……この戦いも終わりが近いな。

 

「ねぇ、ステータス確認したら? ステータスには『勇者』って表示されるはず」

「は、はい…………あれ?」

「どうした?」

「お師匠さま……あの、表示されません」

「「「え?」」」



〇ロラン レベル82

《スキル》

奴隷印 レベル16

剣技 レベル85

槍技 レベル79

双剣技 レベル86

短剣技 レベル80

弓技 レベル45

投擲技 レベル82

聖魔法 レベル78

光魔法 レベル75

馬術 レベル1

馬上技 レベル1

詠唱破棄 レベル78



 天仙娘々を倒したおかげでレベルアップしている。

 でも、勇者の表示はなくロランのままだった。いやでもかなり強いな。まだ13歳だってのに。

 転生前のクレスはロランのステータスを確認していない。そもそも、黄金の勇者っていうのも魔王が言ってただけだしな。

 

「……何か条件があるのかもね。というか、このステータスだけでも十分な脅威だ……ロランちゃん、あと数年もしないうちにレベルMAXまで上がるんじゃない?」

「そ、そんな……私は、お師匠さまに言われた通りに」

「謙遜するな。ロラン、お前は強い、自信を持て」

「お師匠さま……」


 ロランが甘えてきたので頭を撫でると、シルキーに睨まれた。


 ◇◇◇◇◇◇


「ふぅ~……っ」


 風呂はいい。

 異世界で風呂に入れないなんてザラだが、この世界には風呂がある。

 個人の家であるところは殆どないが、公衆浴場……俗にいう銭湯というものが町には必ずあり、小さな村にですらあった。 

 どうも国が入浴を義務付けているようで、入浴には病を遠ざけると信じられている。

 まぁ、大半の理由は『気持ちいいから』だけどな。


 この拠点にも風呂があり、シルキーが出したお湯が大きな浴槽にたっぷり満たされていた。

 石鹸やシャンプーみたいなのもあり、これはジーニアス王国近郊に住むエルフの町で買ったものらしい。正直なところ、黄金の勇者云々よりエルフの町に興味がある俺だった。


「…………」


 エルフの町、か。

 それだけじゃない。ドワーフの国や魚人、獣人といった種族の国や町もある。俺の知らない世界がまだまだたくさんある。


『魔王を討伐したら、あんたはどうするの?』


 ふと、シルキーの言葉が浮かんだ。

 魔王を倒したら、俺は。


「この世界で冒険する、なーんて……はは、異世界人らしくていいな」


 魔王を討伐したら。

 マッケンジーはジーニアス王国のために働くだろう。国王の息子だって言うし、次期国王になるのは間違いないだろうな。

 シルキーはブル王国に戻るのかな。魔法の実力もあるし、教師とか研究者とか向いてたりして。

 ロランは、勇者の功績を称えられるかな。結婚して子供も生まれて、幸せに暮らしてほしい。

 

「ぷはぁっ!!」


 湯を掬い、顔を洗う。

 曾山光一とクレスの意識が一つになって一年くらいか。いつの間にか16歳になった。

 転生前の記憶では17歳のころに魔王軍が侵攻してきた。

 でも、天仙娘々を倒した今、その通りに進むかわからない。ジーニアス王国に戻ったらいろいろ備えておく必要があるだろうな。


「……よし!!」


 俺は浴槽から勢いよく立ち上がり───。


「やぁ♪ 背中流しに…………へぇ♪」

「どこ見てんだお前は!?」


 俺の股間を見てほほ笑むマッケンジーを風呂場から追い出すのだった。

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