魔王軍幹部『虎猫』天仙娘々

 天仙娘々テンセンニャンニャン

 転生前の記憶では、シルキーを殺した女だ。

 外見は同年代くらいの少女なのに、蘭々と金色に輝く瞳は凶悪に見え、銀色の髪に頭頂部にはトラ耳がぴょこっと生えており、縞模様の尻尾がゆらりと揺れていた。

 

 俺は、自分の過ちに気付いた。


「ま、魔王軍幹部? あんた、何言ってんの?」

「───っ」


 シルキーが「何言ってんのこいつ?」みたいな表情で俺を見た。

 シルキーだけじゃない。ロランもマッケンジーもだ。

 当然だ。魔王軍幹部の存在は、魔王と戦うまで誰にも知られていない。過去の魔王討伐でも幹部はいたらしいが、少なくとも毎回違う敵だったそうだ。

 でも、俺は知っている。この女は、天仙娘々は……シルキーを殺した張本人だ。


「…………きみ、今なんて言ったにゃん?」

「───っ!!」


 俺にだけ向けられた殺気だ。

 俺は瞬間的に背負っていた斧を取り───。


「来るぞぉぉぉぉぉぉぉぉーーーッ!!」


 この声に反応したのはロランだけだった。

 同時に、俺の視界がぶれる。

 衝撃が全身に伝わり、斧が木端微塵に砕けた。

 近くの木に激突し、喉の奥から熱い何かがこみ上げ……吐くと、それは真っ赤な血だった。

 

「がっはぁぁぁっ!? うっげぇ、えぇぇ……!?」

「あれっ? ああ、斧を盾にしたにゃん? うちの蹴り、見たことあるのかにゃー?」

 

 目の前に天仙娘々がいる。

 立つこともできない俺を見下ろし、可愛らしく首を傾げている。

 衝撃で目がチカチカしたが、俺は笑って言った。


「あぁ……みた、こと……あるぜ」

「んー? うち、魔王軍の幹部だって誰にも言ってないにゃん。魔王様の復活はもう間もなくだし、その時におもいっきり暴れられるからって我慢してたのににゃー」

「は、はは……おまえ、だけじゃ、ない……ヒルデガルドも、ブラッドスキュラーも、知ってるぜ」

「……お前、何?」


 天仙娘々の雰囲気が変わった。

 かわいらしさは消え、得体の知れない異物を見るような眼。

 それでいい。前はやられたけど……今は違う!!


「む」

「お師匠さま!! お前ぇぇぇーーーッ!!」


 天仙娘々の爪がニュッと伸び、ロランの双剣を受け止めた。

 ロランの高速の双剣技が、天仙娘々の爪とぶつかり合って火花が散る……そして、天仙娘々は驚いたように顔を変えた。


「にゃ!? うそ、このっ……こんな使い手が」

「はぁぁぁぁぁぁーーーッ!! 双剣技、疾風迅雷!!」

「うにゃっ!?」


 天仙娘々の爪が、ロランの高速の連斬りに耐え切れず砕け散った。

 やはり、ロランは強い。魔王軍幹部とも渡り合える。

 そして、ようやくシルキーとマッケンジーも動いた。


「ブラックチェイン!!」

「にゃうっ!? この」

「ゲイルアウト!!」

「───っっか!?」


 黒い鎖が天仙娘々を拘束し、マッケンジーの緑魔法が天仙娘々の顔周りだけの酸素をなくし真空状態を作り出す。

 この隙に、俺はロランの白魔法で回復……さすがレベル70の回復魔法だ。痛みがすぐに消えた。


「お師匠さま、お師匠さま!! ああ、よかったぁ……」

「助かった、ロラン……ありがとな」

「いえ……よかった、本当に……」

「泣くな。敵はまだいる。シルキーたちの元へ」

「はい!!」


 俺とロランはシルキーたちの元へ。

 漆黒の鎖でがんじがらめになっている天仙娘々がそこにいた。というか黒い鎖の塊にしか見えない。

 シルキーとマッケンジーは大汗を流し、魔力を放出し続けている。


「や、ぁ……クレス、後で説明してもらう、からね……っ!!」

「魔王軍幹部……なんで、こんなところにっ!!」

「ああ。ロラン、本腰入れろよ。もう逃げられない……こうなったら、ここで天仙娘々を倒すぞ!!」

「はいっ!!」


 刀を抜き、ロランもミスリルソードを抜く。

 現在、俺のレベルは64。先ほどの天仙娘々の蹴りで、体力の六割を一気に持っていかれた。斧のガードがなかったら死んでいただろう。

 推定レベル80のティアマットドラゴンを倒し捕食していた……つまり、天仙娘々の推定レベルは90を超えるかもしれない。ロランですらレベル78だ。正直、かなり不利と言わざるを得ない。


「ごめ……もう、ダメ」

「っく……はは、こんなバケモノが、いるなん、てね……っ!!」


 鎖が砕け、中から現れたのは……無傷の天仙娘々だった。

 砕け散った爪が再び生え、舌をペロリと出す。


「にゃぁ~……ああ、魔王様から聞いたことあるにゃん。人間の中にそこそこ戦える奴らがいるって。あんたら、勇者にゃん?」

「ま、そういうことさ。ところできみ、魔王軍幹部なんだって?」

「まーにゃ。うちの存在は知られてないはずにゃんだけど……そこのお前、なんで知ってるにゃん?」

「…………」


 この場の全員の視線が俺に集中する。

 俺は全て無視。マッケンジーに言う。


「強化と補助を。エンチャントバーンフレア!」


 刀に炎と熱を纏わせる。

 マッケンジーは俺とロランの身体に補助魔法をかけ、俺は天仙娘々に向かって走り出す。

 情けないが、俺では天仙娘々とまともに打ち合えないだろう。なのでロランを前に、補助に回る。


「ロラン! エンチャントバーンフレア!」

「ありがとうございます!!」

「にゃー……まぁいっか。ここで邪魔な勇者を殺せば、魔王様も喜んでくれるにゃん♪」


 天仙娘々の顔が凶悪に歪み、爪がさらに伸びロランに向かって飛び掛かる。

 ロランはミスリルソードを構え、天仙娘々の爪ラッシュと連蹴りを躱し、捌く。俺は天仙娘々の背後に回り、気配探知をフルに使って隙を伺った。


「にゃにゃにゃにゃにゃぁーーーッ!!」

「っく……!!」


 さすがのロランも捌ききれない。

 そもそも、レベル差がある。レベルが10以上も違う相手に付いていけるロランが異常なのだ。

 俺だったら、十秒も持たず爪痕だらけになるだろう。


「───っ!!」

「にゃっ!? この、邪魔にゃっ!!」

「っぐぁ!?」


 背後から無言で小さなファイアを背中に当てる。天仙娘々の爪が俺の籠手を引き裂いた。

 これでいい。近すぎると俺とロランまで巻き込んでしまう。

 それに、今必要なのは威力じゃない。ロランのサポートだ。


「はぁっ!!」

「ぎっ!? このっ」

「シッ!!」


 ロランは剣を捨て、一瞬で十本ものダガーナイフを投擲。天仙娘々は顔を守るように腕を交差、ナイフは全て腕に突き刺さる。

 そして、ロランは背中の双剣を抜き、両手で顔を押さえ隙だらけとなった天仙娘々にトドメを刺そうと武技を繰り出そうと───。


「待てロラン!!」

「っ」

「えっ」


 俺の声に反応したロランが急停止、同時に繰り出されたハイキックがロランの前髪を掠めた。

 俺は見ていた。ダガーナイフを喰らったのはわざと。顔を隠したのは表情を読ませないため。わざと隙を見せ、ハイキックでロランの首をへし折ろうとしていたのだ。


 俺は奴隷紋の効果の一つ『命令』で、ロランを急停止させる。

 これは、主が命じたことを奴隷が忠実に行う効果がある。奴隷紋、いつの間にか勝手にレベルが上がっていたが、主が奴隷に命令することで経験値が溜まる仕様だったようだ。


「お、まえっ!!」


 ハイキックが外れ、天仙娘々の体勢が揺らぐ。

 背後の俺と目が合い、怨嗟のまなざしを俺は受けた。


「シルキーの借りを返す!! 剣技、六十連斬り!!」

「ぎにゃぁぁぁぁぁーーーッ!?」


 高速の連斬りが天仙娘々の身体を刻んでいく。

 血まみれになり吹っ飛んだ天仙娘々。俺はロランに命じた。


「決めろロラン!!」

「はい!! 双剣技、超絶怒涛!!」


 疾風迅雷をも超える連続斬りが天仙娘々を襲う。

 

「ご、にぎゃぁぁぁぁーーーーっ!?」


 天仙娘々は近くの岩石に激突し、そのまま動かなくなった。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 ピクリとも動かない天仙娘々。どうやら死んだようだ。

 俺とロランは剣を収め、シルキーたちの元へ。


「終わった……魔王軍幹部を倒したぞ」

「はぁ~……疲れたわ。あんたらの魔法補助効果が切れないようにずっと魔力送ってたけど、こんなに疲れたの初めてよ」

「まさか、魔王軍幹部がティアマットドラゴンを倒し捕食していたとはね……ところでクレス、どうしてきみは魔王軍幹部の存在を知っていたのかな?」

「あ、ああ……その」


 ついに、言うべき時がきたのかもしれない。

 俺はそっと寄り添うロランの頭を撫で───。



「───っ!! 離れろロラン!!」

「え?」



 そのまま、思い切り突き飛ばした。

 衝撃がきた。何かに押し倒された。こいつは……なんだ!?


『グォルルルルルッ!! ユルサン、クイコロシテヤルッ!!』

「ぐ、あ、っがぁ……」


 俺の肩に喰らい付いていたのは、銀色の毛並み、まだら模様の虎だった。

 そうか、これが天仙娘々の正体。

 力が抜けていく。

 どうやら血がいっぱい流れているようだ。

 天仙娘々の口を押さえようと手を伸ばすが、指先が急激に冷たくなっていった。

 やばい。死ぬ……くそ、まずい。


『ガァルルルルルッ!! ウマイ、ウマイゾ!! オマエノチ、ウマイ!!』

「……ぁ、っぐ」

『コノママ、ナイゾウヲクッテヤル!! ウチヲキズツケタムクイ、ウケロ!!』

「っか……」


 メキメキと、肩の骨に亀裂が入る。

 たぶん、このまま肉と骨を食いちぎられて死ぬ……あぁ、またか。今度も転生……いや、ロランがいる。きっと魔王を倒してくれる。

 もう、俺がいなくても大丈夫……あとは頼ん



「おぉぉまぁえぇぇぇぇーーーーーーっ!! お師匠さまから離れろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」



 そんな、聞いたことのないような怒号が聞こえてきた。

 そして、霞む視界が捕らえたのは……拳を握るロランだった。

 来た。ついに来た。

 

『ナッ……ナンダ、オマエ!?』

「離れろって言ってるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

『ゴファァァッ!?』


 ロランは素手で天仙娘々を殴り飛ばした。

 俺はきっと、微笑んでいたと思う。

 なぜなら……ロランの身体が、黄金に輝いていたからだ。


「ろ、ロランちゃん? な、なんか光ってるけど……」

「綺麗……あ!! クレス!! 待ってて、今行くから!!」


 シルキーに抱き起された俺は、ロランを見ていた。

 黄金の光を纏う、黄金の勇者。

 ああ、ついに覚醒した。もう天仙娘々なんて目じゃない。


「…………ああ、そうか。わかりました。私……勇者だったんですね」

『ナ……バ、バカナ、ユウシャハサンニンジャ』

「お喋りしている暇はありません。お師匠さまの怪我を治さないと」


 ロランがミスリルソードを拾い構えた瞬間。ロランの身体が消えた。


『…………アレ?』

「さようなら」


 天仙娘々が縦に三分割された。

 痛みもなく、綺麗すっぱり割れた天仙娘々はそのままグチャっと地面に落下。


『マ、オウ……サ、マ』


 そして、魔王軍幹部の一人、天仙娘々は消滅した。


 ◇◇◇◇◇◇


「お師匠さま、お師匠さま!! 怪我は治りましたよ、お師匠さま!!」

「ぅ……あ、ああ。ありがとな、ロラン」

「お師匠さま……う、うぇ……うぇあぁぁぁ~~~んっ!!」


 ロランが俺に抱き着き豪快に泣き出した。

 俺はそっとロランを抱きしめ、頭を撫でてやる。


「ああもう、わけわかんないけど……ねぇマッケンジー、修行は終わり?」

「…………うん。腑に落ちないところはあるけどね。魔王軍幹部にロランちゃんの光……とりあえず、目先の脅威は去ったとみていいだろうね。ボクたちのレベルも上がったし、ティアマットドラゴンも死んじゃってるし、今は拠点に戻ろう」

「そうね……つーか、ロラン泣きすぎ、くっつきすぎ!!」

「うえぇぇ~~ん!!」


 ここで天仙娘々と戦うことは、正規ルートだったのかも。

 ゲームで言えばイベントバトル。ロラン覚醒イベントってところか。

 俺も生きてるし、なんとか危機を乗り越えた。


「さて、拠点に戻ろう。魔王軍幹部を討伐したことの報告もあるし、一度ジーニアス王国へ戻ろう。もしかしたら、幹部を倒したことで魔王軍に動きがあるかもしれない」

「そうだな……よし、帰ろうか」


 こうして、ドラゴンの渓谷での修行を終えた。

 レベルも上がり、ロランも覚醒。魔王と渡り合えるだけの強さは手に入れたはず。

 もうすぐ、最終決戦が始まる……今度こそ、世界を救うんだ。

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