ロランの過去

 ロランは、少しずつ話してくれた。

 家族が増えすぎてお金に困ったため、真ん中の子供であるロランが売りに出されたこと。売られた後に奴隷商館を抜け出して家族に会いに行ったら思いきり拒絶されたこと。連れ戻された後に酷い仕打ちを受けたこと。そして俺に買われたこと……なるほど。


 この世界では奴隷制度がある。

 犯罪を犯し奴隷になった者や、生活苦で子供を売る親、獣人や虫人という亜人を捕まえて売る輩もいれば、自らを奴隷に売り出す者など……ロランの場合、生活苦で売られたに該当する。

 少しだけ、気になることがあった。


「なぁ、ロランって名前は本名なのか?」

「いえ、愛称です。本名はローランサローネと言います。おじいちゃんが付けてくれたらしいんですけど……家族からはロランと」

「なるほど。ローランサローネ……いい名前だな」

「ありがとうございます」

「……その、家族に会いたいか?」

「いえ、もう私の居場所はありませんので……それに、優しいクレス様に買っていただけたので、最後までお仕えしたいと思います」

「最後って……ん~」


 一応、魔王を倒したら解放するつもりだ。

 というか、規則じゃなきゃこんな主従関係は必要ない。奴隷商人曰く、奴隷との契約を破棄するには最低一年以上の主従契約をしなくてはならない。

 贔屓目に見ても、ロランは美少女だ。

 魔王討伐すれば富や名声も得るだろうし、結婚して幸せな生活を送ることもできる。

 俺は、その時までロランを支えればいい。それが俺の罪滅ぼしだ。


「ま、まぁいい。それより、俺のことも話しておかないとな」

「クレス様のこと……?」

「ああ。お前を買った理由と、これからの頼みだ」

「……はい」


 ロランは真剣な表情になり、俺の目を真っ直ぐ見た。

 大きくてクリっとした瞳だ。小顔で短めの金髪はサラサラしている。

 そのまなざしは、過去の……転生前のクレスの悪行を思い出させる。


『おいロラン、こっち来いよ……おらっ!!』

『げうっ!?』

『あーあーきったねぇ、吐きやがったよこいつ。罰として飯抜きな~♪』

『は、はい……げっほ、げほっ』


 俺は、俺じゃないクレスの記憶が辛かった。曽山光一としての意志が、善良な心が酷く痛かった。

 こんなクズが……ちくしょう。


「クレス様?」

「あ、ああ……悪い」

「はい」


 俺は、ロランから目を逸らしつつ自分のことを話した。


 ◇◇◇◇◇◇


「赤の勇者様……魔王」

「ああ。俺は赤の勇者クレス。魔王討伐をするために修行中だ。ロラン、お前には俺の従騎士となって一緒に戦って欲しい」

「わ、私ですか? あの、私は剣を握ったことも……」

「大丈夫。俺が指導する」

「で、でも……な、なんで私、なのでしょうか?」


 もっともだ。

 赤の勇者は国に任命された戦士だ。共に戦う従者の騎士なら有能なのがたくさんいるだろう。なぜリブロ王国に売られていた奴隷なのか、その説明は難しい。

 でも、俺は知っている。ロランが伝承に存在しない『黄金の勇者』だと。

 今、黄金の勇者の話をしても意味がない。とりあえずそれっぽく言うか。


「お前には才能がある。一目見てわかった……俺の従騎士はお前しかいない」

「え……」

「女の子のお前に剣を握れという俺は最低だ。それでもお願いする……俺と一緒に戦ってくれ」

「…………」


 まだ飲み込めないのか、ロランは目をパチパチしてる。

 俺はまっすぐロランを見た。そして───。


「わかりました。私でお役に立てるかわかりませんが、精一杯やらせていただきます」

「……ありがとう」


 俺はロランに頭を下げる。すると、ロランは慌てた。


「ど、奴隷の私に頭を下げる必要などありません!! 私は」

「いいんだ。ロラン、これは俺がやりたいからしてるんだ」

「クレス様……」


 これで、ようやく全て整った。

 後は、ロランを鍛えて黄金の勇者として覚醒させる。そして、来るべき日に備えるんだ。

 さて、話はまとまった。


「じゃ、今日は風呂入って寝るか。話疲れたろ?」

「い、いえ。私は」

「あと、俺に気を遣わなくていいから。明日はロランの装備を整えに行くぞ。ステータスのことは知っているか?」

「はい。自身の能力値を数値化してみることですよね」

「ああ。もしかして……見れる?」

「はい。幼い頃から無意識にできるみたいで……父と母と祖父を驚かせたようです」

「そ、そうなんだ」

 

 ドロシー先生曰く、慣れないとできないんじゃなかったっけ。

 

「それ、見せてくれるか?」

「……見せる?」

「ああ。ステータス画面を浮かべて、俺の目を見てくれ」

「わかりました」


 ロランは、俺の目をまっすぐ見た。


〇ロラン レベル1

《スキル》

奴隷印 レベル1


「……なるほど。奴隷印か」


 俺のは奴隷紋だし、印と紋の違いかな。

 というか、やっぱりレベルが低い。初期レベルのままだ。

 これは鍛えがいがあるな……。


「あ、あの……これ、低い……ですよね?」

「ま、最初はこんなもんだ。俺もレベル低いしな……」


 まだ総合レベル14だ。ドラゴンの渓谷でどれだけ上がるかな……。


「よし、ステータスはもういい。風呂入って寝ようぜ。確か、近くに公衆浴場があるはず。行ってみよう」

「は、はい」


 この日、異世界の銭湯で汗を流し、そのまま朝までぐっすり寝た。

 当然、ロランに手を出すようなことはない。

 明日は装備を整えるか……大丈夫、お金はまだある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る