リブロ王国の奴隷商館

 リブロ王国。

 確か、以前は『黄の勇者』を排出していた王国だ。防御特化の勇者でタンク役だったかな。

 何世代か前の魔王討伐で、勇者の力の源である『黄の宝珠』が破壊されて勇者を生み出せなくなった……だっけ? 

 宝珠は、俺たち勇者の力の源だ。魔王を封印し終えると力を一時的に失い、体内から排出される。もちろん排出されると言っても下から出てくるわけじゃないぞ!! ここ重要。

 おっと、そんなことより……リブロ王国だ。


「ロラン……」


 馬を走らせながら、リブロ王国へ続く街道を走る。

 マッケンジーからもらった地図を見ながら進む。

 早馬はケツも痛いし身体に負担がかかる。でも、早くリブロ王国に行かなければ。

 もしかしたら、ロランが売れてしまうかもしれない……それだけは何としても避けなければ。

 もし、ロランが死んだら……考えただけでも恐ろしい。魔王に勝つ手段がなくなってしまう。


「どうどう、どうどーう……ふぅ」


 俺は馬を止め、近くの木陰に移動する。

 水筒の水を一気飲みし、荷物からニンジンを出して馬に食べさせる。体力のある若い馬を借りたとはいえ、この馬が潰れたら終わりだ。

 地図を確認すると、リブロ王国まであと半分ほどの距離まできた。


「よし。あと一日もあれば到着するぞ。えーっと……お、近くに小屋があるみたいだ。そこまで行くか」


 地図上には、空き小屋がいくつかある。

 冒険者支援のために設置された小屋で、使用は自由だ。ただし使ったらきちんと掃除をするという暗黙のルールもある。

 俺はそこまで移動し、馬小屋で馬を休ませて小屋の中へ。

 暖炉、椅子テーブル、毛布が収まっている棚くらいしかない。俺は椅子に座り、カバンからサンドイッチを出して食べた。


「…………」


 かなり不安があった。

 ロランがいないかもしれない。何気に初の一人野営。もしロランがいても売られた後だったら……ネガティブなことばかり頭に浮かぶ。

 俺は頭を振り、暖炉に薪をいっぱい入れる。


「ファイア」


 威力を調節した小規模のファイアを放ち、暖炉を点ける。

 部屋が暖かくなると、すぐに眠くなった。


「…………」


 ドアに鍵かけたよな……ちくしょう。疲れには抗えないぞ。


 ◇◇◇◇◇◇

 

「───はっ」


 目覚めると、空がやけに明るかった。

 外に出ると……この爽やかな冷たい空気、鳥の鳴き声、朝霧……もう朝かよ。

 馬を見ると、喉が渇いたのか唸るように鳴く。


「悪い悪い……くぁぁ~」


 暖炉の前で寝ていたせいで身体が痛い。

 毛布でも敷けばよかったんだが、いつの間にか落ちていたようだ。

 俺は軽く身体を動かし、保存食を食べて水で流し込む。

 馬にブラッシングをしてやると、不機嫌さは吹っ飛んだようだ。


「今日中にリブロ王国に行くぞ。走りっぱなしになると思うけど……よろしく頼む」

『ブルルルッ……』


 馬は、任せろとばかりに鳴いた。

 俺は荷物を馬に付け、小屋の掃除をして馬にまたがる。


「よし、行くぞ」


 ほんの一泊だったけど……やっぱり寂しいな。

 一人旅、俺には向いていないかも。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。急いだおかげでお昼前にリブロ王国に到着した。

 あと五日でロランを見つけなくてはならない。休んでいる暇などないので、すぐに入国する。

 門の前で、通行料金を支払い入国した。

 まず、馬を休ませるために厩舎付きの宿屋を確保。料金を支払い、さっそく町へ出る。


「まずは奴隷商館だ。場所は……ああもう、聞くしかないな」


 全財産を持ってきたし、マッケンジーから旅費も少し借りた。

 今なら、多少の出費は大丈夫だ。前に買った値段と同じなら、ロランを買える。

 俺は町の屋台に向かい、串焼きを買いながら店主に聞いた。


「あの、奴隷商館ってどこにあるかわかります?」

「なんだい兄ちゃん。奴隷を買うのかい?」

「ええ。一人旅なので、世話係と盾役も兼ねて」

「なーるほどな。リブロ王国の奴隷商館はデカいぞ~? 老若男女問わず粒ぞろいって話だ。若い女は高いっつーのは変わんねぇけどな」

「なるほど」


 店主のおじさんに奴隷商館の場所を聞き、チップ代わりに串焼きをもう一本買った。

 急がなきゃいけないのはわかっているけど、この串焼き美味い。

 ジューシーな牛肉を塩コショウだけで味付けした物だが、シンプル故に最高だ。


「うんまっ……ロランにも食べさせてやりたいな」


 肉のみという昼食もたまにはいい。

 腹ごしらえを終えたので、奴隷商館へ向かう。

 奴隷商館は大きかった。神殿のような造りで、大きさはデカい街の市役所くらい。格式の高そうな感じ……なんか入りにくいな。


「…………」


 ここに、ロランがいるかもしれない。

 いなかったら? ……考えたくもない。完全な無駄足。手がかりがなくなる。

 ここに来たのは可能性の話だ。未来が変わったおかげで、ロランを乗せた馬車がジーニアス王国へ来なかった……ああもう、考えてる場合じゃない。

 奴隷商館の前には、屈強な護衛が二人いた。ごくりと唾を飲み込み近づくと……あっさりドアを開けてくれた。

 中に入ると、執事っぽい初老男性が出迎えてくれる。


「いらっしゃいませ」

「ど、どうも」


 完璧すぎるお辞儀だった。

 俺もお辞儀で返すと、初老男性はにこやかにほほ笑む。


「本日はどのような奴隷をお探しですか? 戦闘奴隷、夜奴隷、家事奴隷。多彩かつ高品質の奴隷を取り扱っております」

「は、はい。恐縮です」


 思わず頭を下げてしまう……おっと、そんな場合じゃない。

 館内を見渡すと、けっこう人がいた。

 体育館みたいに広い。接客用のソファがいっぱいあり、商談でもしているのか店員が対応している。同じようなドアがいっぱいあり、ドアの前には護衛が二人ずつ配置されていた。

 このどこかにロランが。


「13歳、金髪。つい最近、ロランという少年は入らなかっただろうか?」

「……少々お待ちを」


 情けない。

 俺がロランに関して知っているのはこれだけだ。

 どこまで転生前のクレスは興味がなかったんだ……ちくしょう。

 執事風奴隷商人は裏手に引っ込み、それから間もなくして戻ってきた。

 心臓が高鳴る。ロラン、いるのか。


「お客様。ロランという少年は取り扱っておりません」

「───」


 スゥーっと、背中が冷たくなった。

 いない。ロランがいない。

 あてが外れた。未来が変わった。つまり、ロランは?

 奴隷じゃない? そんなバカな。デモンオーク。倒したから未来が変わったんじゃないのか?

 待て。俺が転生したから未来が変わった? 馬鹿な。

 いない? そんな。


「お客様……お客様」

「…………ぁ」

「顔色が優れませんな。医者をお呼びしましょうか?」

「……い、いえ。大丈夫……です。あの、この辺りで他の奴隷商館は」

「いえ。ございません。リブロ王国の奴隷商館は当館のみとなっております」

「……そう、ですか」


 すでに売れた? まさか。そんな。

 ああ、どうしよう。黄金の勇者。いない。魔王。幹部。倒せない。俺が倒すしか。できるのか。死ぬ。

 ぐるぐると思考が巡る。どうすれば。


「お客様」

「あ、すみません……では」

「お待ちください。まだお話は終わっておりません」

「……え?」

「どうぞこちらへ」

「……?」


 執事奴隷商人が歩きだした。どうやら付いて来いということだ。

 何も考えられず、俺は歩きだす。こんなことをしている時間はないのに、奴隷商人執事を追っていた。

 執事は一つのドアの前に立ち、門兵に開けさせる。


「どうぞ、こちらへ」

「…………」

「こちらは奴隷商人が同行しないと入れない部屋です。高級な奴隷を扱う特別室とでも言いますか」

「…………はぁ」


 意味が分からない。

 真ん中が通路で、左右がガラス製の窓で室内が見える部屋になっており、中には奴隷たちがいた。

 年齢層が若い。それに……なんだかおかしい。

 なぜ、こんなところに……と、奴隷執事の足が止まる。


「お客様。こちらの奴隷ですが」

「……え?」


 ガラス製の窓の向こうに、誰かがいた。


「───は?」


 馬鹿な。馬鹿な……そんなバカな。


「ロランという『少年』は取り扱っておりません。ですが……」


 それは、金色の髪。

 真紅の瞳をした───。


「ですが、ロランと名乗る『少女』は取り扱っております。先日、入荷したばかりの奴隷です」

「うそだ、ろ……マジかよ」


 見間違えるはずがなかった。

 部屋にいたのは、ロランだった。

 俺が、転生前のクレスが買い、身の回りの世話とサンドバッグ代わりに使っていた奴隷。

 自分が逃げるために囮として使い殺された───。


「ろ、ロラン……」


 とても可愛らしい『少女』が、そこにいた。

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