緑の勇者マッケンジー
俺たちは別室に案内された。
なかなか広い部屋だ。大きな本棚、簡素だが大きいテーブルとソファ、そして執務机。
知ってる。ここ、マッケンジーの執務室だ。
「ここはボクの執務室。楽にしていいよ」
マッケンジーはソファにどっかり座ると、俺とシルキーを促す。
俺はシルキーをエスコートして座らせた。
「あ、ありがと」
「うん。じゃあ俺も失礼して」
シルキー、まだ少し緊張しているみたいだ。
俺は久しぶりに見たマッケンジーを眺める。
相変わらず線の細いイケメンだ。頭脳労働派とか言ってたくせに、弓の扱いや緑魔法に長けてるんだっけ。自分はあくまで裏方の姿勢を崩さなかったな。
転生前のクレスが使い物にならないとなるとあっさり切り捨て、周辺国の冒険者を大量に雇って戦力としていた。おかげで、この国の年間予算の大半が依頼料で減ったらしい。
「何を飲む? 紅茶でもコーヒーでも酒でもいいよ」
「じゃあ紅茶を。シルキー、紅茶好きだったよな?」
「え? う、うん。知ってたの?」
「まぁね。仲間だし」
「あ……うん。ありがと」
「へぇ……キミたち、恋人同士なのかい?」
「はぁぁ!? ちち、違うし!! ここ、恋人とか……」
「はい。恋人ではありません。俺はシルキーを守る赤の勇者です」
「あはは。そうだったね」
シルキーは赤くなり俯いてしまった……恋人って言われるのが嫌みたいだ。
メイドさんが淹れた紅茶を飲み、マッケンジーが言う。
「赤、青、緑の勇者が揃ったね。あとはボクたちが経験を積んでレベルを上げ、魔王軍との戦いに備えるだけだ。ところで、レベルはいくつだい? ああ、ボクはキミたちの頭脳として聞いてるんだ。ちゃんと答えてくれないと困る」
「俺はレベル17、シルキーはレベル18です」
「ふむ……ステータス画面を見せてくれるかな?」
俺はステータス画面を思い浮かべ、マッケンジーと目を合わせた。
すると、マッケンジーは目を見開く。
「なんとまぁ……大したスキルの数だ。赤の勇者は多芸だね」
「ありがとうございます」
「でも、まだ低い」
バッサリと切り捨てられた。
「魔王や魔王軍幹部とやり合うには、最低でもレベル70は必要だ」
「れ、レベル70!? そんなの、伝説の存在じゃ……人類最高レベルがレベル60なのよ!?」
「そう。人類最高レベルは60。それでようやく魔王を封印できるレベルだ。だけどボクらは違う……ボクらの代で、魔王を消滅させる」
「じょ……冗談、でしょ」
マッケンジーは本気だ。
そう、魔王は赤青緑の勇者によって封印される。その封印が破られる前に次の勇者を育て、再び封印、そしてまた次世代の勇者が封印……という流れで歴史は続いていた。
封印こそが勇者の使命だが、マッケンジーは魔王を消滅させる気だ。
「幸い、勇者のスキルに経験値アップがある。鍛えれば鍛えるほどレベルが上がりやすいはずだ。目標レベルは7……いや、余裕をもって80にしよう」
「できるわけがないっ!! は、80って……どんな物語の世界よ!?」
「あてはあるよ」
「え」
そのあて、俺も心当たりがあった。
「……ドラゴン退治、だな」
「へぇ……きみ、すごいじゃないか」
「短期でレベルを上げるとなると、それに見合った強敵と戦わないといけない。魔獣が強ければ強いほど、得られる経験値は高くなる」
って、シギュン先生が言ってた。
それに、ドラゴン退治は転生前にも行った。マッケンジーが雇った冒険者たちの大将気取りで一緒に付いて行ったんだよな。結局、大勢の冒険者が死んじまったけど。
「ジーニアス王国の南に、ドラゴンの渓谷と呼ばれる危険地帯がある。情報では、そこでドラゴンパンデミックが起きてるらしい……全て退治すれば、レベルも相当上がるはずだ」
「し、死ぬに決まってるわ!! 一体でも危険なドラゴンを相手にたった3人で」
「でも、魔王を消滅させるには戦うしかない。いつ封印が破られるかわからないからね。それに……ぼくたちは勇者だ。きっと負けないさ」
マッケンジーは自信満々に言った。
ドラゴンか……確か、転生前にドラゴンの渓谷で戦ったドラゴンは、レベル30くらいだったな。一匹でも倒せばレベルが1くらいは上がる。最初は死ぬかもしれないけど、倒せば倒すほど楽になるはずだ。
それに、これはチャンスだ。
「行こう、シルキー」
「え……」
「マッケンジーの言うとおりだ。俺たちの代で魔王という脅威を取り除こう。そして、真の平和をこの手で摑もう。俺たちの子孫が安心して暮らせる世の中を作るんだ」
「し、子孫って……ば、馬鹿!!」
「へ?」
「あーもう、わかったわよ!! まったく……今回の赤と緑の勇者はアホだったって後世に伝えてやるんだから!!」
「あはは。それはいいね。じゃ、決まりだ。準備もあるだろうし、出発は5日後くらいでいいかな?」
「それでいい。武器の手入れや補給も必要だしな」
「うん。じゃあ、城下町のいい店を紹介するよ。王宮の専属鍛冶師も腕は悪くないんだけど、城下町で店を出しているドワーフには及ばないからね」
「わかった。じゃあさっそく行くよ」
「え? 明日でいいんじゃない? 今日は疲れただろうし、部屋を用意するけど」
「いや、早いに越したことはない。悪いけど頼む」
「真面目だねぇ……ま、いいけど」
マッケンジーに地図をもらった。
シルキーは与えられた部屋に向かい、メリッサを呼んでお茶にするらしい。出発は5日後だし、買い出しとかお土産を買うために店を見繕うそうだ。ずいぶんと仲良くなったことだ。
俺は武器屋……そして。
「奴隷商館……!! 待ってろロラン!!」
城を飛び出し、城下町へ。
武器屋も大事だが、それ以上に大事なロランを迎えに行く。
お金は全財産持ってきた。前に買った金額は50000レン……五万円だったから余裕で買える。
奴隷商館に到着。ドアをブチ破る勢いで開けると、中にいた護衛っぽい男が前に出た。
「奴隷を買います!! 金ならある!!」
札束を見せると、髭面の執事みたいな男が前に。
こいつ知ってる。俺にロランを売った奴隷商人だ。
「いらっしゃいませ。本日はどのような奴隷を「子供だ!! 金髪の……名前はロラン!!」……少々お待ちください」
焦るな、落ち着け。
この場でロランの名前を知っていることを出すのはまずい。
俺は深呼吸し、奴隷商人が帳簿のような物を受付でチェックしているのを待つ。
ロラン。
黄金の勇者。
転生前にはかなり酷いことをした……でも、今回は違う。
この世界を守るため、一緒に戦おう。
まずは、美味しいご飯をいっぱい食べさせよう。服も着せて、剣技を教えて。
「申し訳ございません。そのような奴隷は扱っておりません」
剣技を……剣技、を? え? あつかって、ない?
そんなバカな。ロランを買ったのはここだ。
なぜ。なぜだ。
「馬鹿な!! ここにいるはずだ!! ロラン、名前はロランだ。歳は13、金髪の少年だ!!」
「……申し訳ございません。そのような者は当館では取り扱っておりません」
「嘘だ……なんで」
待て。
ロランはここで買った。
じゃあ、なんでいない?
いない理由。
転生前と違う。
違う……つまり、未来が変わった?
そうだ。シルキーも本来はいないはず。俺が改心したから変わった。
俺が変わったことで変わった未来。
「………………………………」
『街道に魔獣が───』
『デモンオーク───』
『迂回路───』
待て。前回は……デモンオークを討伐しなかった。
今回は討伐した。それによって迂回路を使うことはなかった。
待て。迂回しなくてもよくなった……?
俺は奴隷商人に確認する。
「あの、ジーニアス王国へ向かう街道に魔獣が出た話は知っているか?」
「ええ。デモンオークが出たとか。今は通行可能になったそうですね」
「迂回路……あったよな?」
「はい。正規ルートが使えないので、国が指定した迂回路がありました。魔獣が倒されたことでわざわざ迂回することはないですがね」
「その迂回路、どこに続いてる?」
「ええと……」
そう、迂回の必要がなくなった。
もし、もしも……ロランを乗せた馬車が迂回することがなかったら? 迂回して立ち寄ったジーニアス王国でロランを売ることなく、正規ルートで本来の目的地へ向かったなら?
「ヒバの町からジーニアス王国へ向かう道の他ですと、リブロ王国へ続く道がありましたな」
ロランは、ヒバの町から迂回してジーニアス王国へ向かった。
本来の道が開通して、ヒバの町からリブロ王国へ向かった可能性は?
「なぁ……ヒバの町から奴隷を売りに来ることはあるのか?」
「もちろんでございます」
「…………」
デモンオークを倒したことで、ロランを連れた奴隷商人が迂回路を使わず、ジーニアス王国ではなくリブロ王国へ行った……のか?
未来が、変わったのか?
そうだ。変わったなら……ここにロランがいないことも納得できる。
「なんてこった……」
まさかの可能性に、俺は頭を悩ませることとなった。
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