デモンオーク

 それは、黒い豚……いや、オークだった。

 街道のど真ん中に陣取り、手には大きな斧を持ち、豚鼻からブフーブフーと臭そうな鼻息を噴射し、真っ直ぐこちらを……馬車に乗る俺たちをみていた。


「っひ……」

「メリッサ、ここで止まれ……クレス、いけるな」

「はい……っ」

「いいか、いつも通りだ……気負うなよ」

「はい!!」

「シルキー殿、この位置から援護を。メリッサの護衛もお願いします」

「任せなさい」


 馬車から降り、俺は刀を抜いた。

 シルキーは杖を握り、シギュン先生も剣を抜く。

 そう、俺たちは……ヒバの町長の依頼を受け、ジーニアス王国へ続く街道に出現するデモンオークを討伐しにやってきた。

 転生前は迂回してジーニアス王国へ行ったが、今回は違う。迂回なんかしない、堂々と前に進む。

 

「今回のお前は魔法をメインにして攻撃しろ。デモンオークは炎が弱点だからな」

「はい!!」

「では行くぞ!!」


 俺とシギュン先生は、デモンオークに向かって走り出す。

 俺たちが動いたことで、デモンオークが雄叫びを上げた。


『ブォォォォォォォォーーーーーーッ!!』

「っぐ」

「怯むな!!」

「はいっ!!」


 心を震わせ、止まりかけた足を動かす。

 俺は詠唱破棄のスキルを併用し、右手をデモンオークに向かって突き出した。


「ファイア!!」


 炎球が飛び出し、デモンオークに直撃する。


『ギュゥゥッ!? ブガァァァッ!!』

「効いている!! その調子で」

「ファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアぁぁぁぁぁぁぁぁぁっがぁぁぁぁーーーーーッ!!」


 呼吸を忘れ連射した。

 五十ほどファイヤを撃ち、デモンオークはメラメラと炎上している。

 唖然とするシギュン先生は止まったが、俺は止まらない。次の魔法を使用する。


「エンチャントファイア!!」


 新しく覚えた魔法の一つ、エンチャントファイア。

 俺が使用する武器に炎属性を付与する。ぶっちゃけ炎の剣だ。

 

「おぉぉぉぉりゃぁぁぁーーーっ!!」


 丸焼けになり苦し気に暴れるデモンオークに向かって跳躍。頭から縦に一刀両断した。

 ズッバァァン!! と、デモンオークが縦に割れ、豚の丸焼きとなって二つに割れた。

 俺は剣の炎を消し、呼吸を整えて刀を収めた。


「終わった……」

「…………」

「シギュン先生……すみません。早く倒さなきゃって思って、その……魔法の乱発を」

「……わかっているならいい。勝ったはいいが、今のような戦いはするな」

「はい……」


 正直、怖かった。

 二メートルを越える巨大な黒豚の咆哮で、俺はビビッてしまったのだ。

 恐怖で半分パニックになっていた。怖くて、魔法を乱発してしまった。


「あたし、また何もしてないわ……ま、楽でいいけど」

「クレスさま、すごい……」

「すごいけど、すごくないわ。ただパニックになっただけよ」


 シルキーも気付いた。

 くそ、情けない。こんな惨めな勝利……くそ。

 シギュン先生は、俺の頭を撫でた。


「恐怖を忘れた者は戦場では真っ先に死ぬ。勝利に酔いしれることなく、自らの行いを恥じるお前はまだまだ成長できる……忘れるな。恐怖することは悪いことじゃない」

「……はい!!」


 シギュン先生は、俺たちの馬車の後ろから付いてきた馬車へ向かう。この馬車はヒバの町から同行した馬車で、デモンオーク討伐の報告をするために付いてきたのだ。

 ヒバの町長に討伐を報告させ、俺たちはジーニアス王国へ向かうことになる。

 

「では、出発します!」


 馬車に乗り込み、メリッサの合図で走り出す。

 街道が開通したので迂回路も別な道も通れるようになった。これは転生前にはなかった未来だ。

 頑張れば、未来は変わる……今度こそ、間違えない未来を。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから数日、現れる魔獣相手に戦いながら進んだ。

 シギュン先生は俺に経験を積ませようと、サポートを務め、俺は魔獣相手に必死に戦う。

 シルキーの援護、シギュン先生のアシストもあり、レベルを上げつつ進んでいく。

 おかげで、俺のレベルも上がった。

 

〇赤の勇者クレス レベル14

《スキル》

赤魔法 レベル8

剣技 レベル17

詠唱破棄 レベル3

格闘技 レベル5

短剣技 レベル7

弓技 レベル2

槍技 レベル9

斧技 レベル2

投擲技 レベル7

大剣技 レベル2

双剣技 レベル8

抜刀技 レベル2


 かなり強くなった気がする。

 特に、剣技は自信が持てる数値になった。実戦に勝る経験はないというが、経験値アップのおかげもあるだろうが、かなりレベルが上がった。

 そして、ようやく到着した。


「見えてきました!! ジーニアス王国です!!


 メリッサがやや興奮しながら言う。

 俺も久しぶりに来た。学問の国と呼ばれるジーニアス王国。ここに緑の勇者マッケンジーがいる。

 転生前は一人だった。本来ならここで三人の勇者が顔合わせして、合同訓練を行い魔王討伐の旅が始まるんだったな。


「…………あそこにいるんだ」

「緑の勇者ね。どんな奴かしら?」

「緑の勇者は補助魔法と頭脳に優れている、だったか? クレス」

「え、あぁ……はい、確か」

「なによ、上の空ね」


 俺がいると言ったのはマッケンジーじゃない……ロランだ。

 ジーニアス王国正門に到着し、シギュン先生が門兵にアストルム王国の紋章を見せ、俺とシルキーが勇者だということを証明した。

 そして、王城に案内され個室に通される。そこで汚れを落とし、着替えをして謁見の間に向かう。

 ここまでは転生前と同じだ。

 俺たちは支度を終え、謁見の間に案内された。

 

「いよいよね……」

「ああ……それにしても」

「なによ」

「いや、ドレス……似合ってる」

「なっ!?」


 シルキーは、青の勇者に相応しい、青を基調としたドレスだった。

 髪も整え、いつもの騒がしいおてんば系ではなく、お姫様のような感じがした。

 シギュン先生は騎士の礼服に儀礼剣を差し、残念ながらメリッサはいない。

 謁見の間入口で、私語をやめる。シルキーには睨まれたままだ……なんだか申し訳ない。

 

 謁見の間が開き、俺たちは中へ入る。

 豪華な造りだ。王座には髭のおっさん……国王が座り、その隣にはスラッとした青年が立っている。

 銀髪に眼鏡をかけたイケメンで、灰色を基調とした礼服に緑色のローブを纏っている。

 ああ、久しぶだ……マッケンジー。

 魔王軍幹部の一人、黒騎士ヒルデガルドに首を切断された最後。あの表情を俺は忘れていない。

 王の前に跪くと、王様はにこやかに言う。


「面を上げよ」


 顔を上げる。

 王様は俺とシルキーを見た。


「赤の勇者クレス、青の勇者シルキーであるな」

「はっ!! 赤の勇者クレスでございます」

「同じく、青の勇者シルキーでございます」

「うむ。いい顔をしておる。これは期待できそうだ」


 王様はマッケンジーをチラッと見た。

 ああ、そうか。転生前もそうだった。マッケンジーのやつ、俺たちが緑の勇者に気付かないって思ってるな。王様はすでに知ってるんだ、当然俺たちもマッケンジーのことを知ってなきゃおかしい。

 顔を合わせるのは初めてだが、これくらいはいいか。


「私も、緑の勇者マッケンジーに会える日を楽しみに修行を重ねて参りました。私の拙い実力を最大限に引き出せるのは緑の勇者マッケンジーにおいて他なりません。彼のお眼鏡に叶うかどうか分かりませんが……期待に応えられるよう努めてまいります」

「はは、噂通り謙虚な男だ。なぁマッケンジー」

「ええ、増長することなく努力を重ねていると報告がありました。どうやら真実のようです」

「え……ま、マッケンジーって、まさか」


 シルキーが驚いていた。

 そりゃそうだ。王様の隣に立っているのがマッケンジーだ。


「初めまして。ボクは緑の勇者マッケンジーだ」


 マッケンジーはにこやかな笑みを浮かべ一礼した。

 俺は特に驚いていない。マッケンジーの顔を知っていたし、それに……。


「父さん、勇者の二人を連れていっていいかな? せっかくだし勇者同士で話をしてみたい。これから共に旅をする仲間として、ね」

「と、父さん? え? え?」


 シルキーが動揺している。

 ま、マッケンジーが国王の息子ってのは知ったら驚くよな。


「あれ、驚かないんだね。赤の勇者クレスくん」

「いえ、驚いてはおります。国王の御前ですので、無礼な態度を取らぬよう配慮を」

「へぇ……すごいね。うん、ますます気に入ったよ」


 マッケンジーはパンパンと手を叩く。今さらだがこいつ、けっこう明るくていい奴なんだよな。


「よし、じゃあ別室でお茶でも飲もうか。きみと彼女の話を聞かせてくれよ」

「はい。わかりました」

「わ、わかりました……」

「ああ、年も近いし敬語はなしで。ふふ、いい友人になれそうだ」


 よし、マッケンジーの第一印象はいい方向に持っていけそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る