ヒバの町

 現れる魔獣はゴブリン。そして狼みたいなウルフという魔獣だ。

 犬っぽいウルフを殺すのは躊躇ったが……ごめん嘘。メリッサを食い殺そうと飛び掛かってきたので一刀両断した。肉食過ぎて躊躇ない。

 実戦を経験したおかげか、俺のレベルも少し上がった。


〇赤の勇者クレス レベル11

《スキル》

赤魔法 レベル6

剣技 レベル12

詠唱破棄 レベル2

格闘技 レベル4

短剣技 レベル6

弓技 レベル2

槍技 レベル7

斧技 レベル2

投擲技 レベル5

大剣技 レベル2

双剣技 レベル6

抜刀技 レベル1


 剣技スキルが2も上昇したのである。

 やはり、実戦に勝る修行はない。

 そして、森を抜けて再び街道へ。訓練のため俺はランニングで行くことに……実は、訓練は建前で魔獣を殺したせいで少し興奮していた。ガス抜きしないととんだ油断をしそうだ。

 シギュン先生も察してくれたのか、『余計な体力を使うな』とは言わなかった。


「勇者さまー! 疲れたら馬車に乗ってくださいねー!」

「わかった!!」


 馬車の前を走る俺。

 馬が興奮しないか心配だったが大丈夫そうだ。メリッサが上手くコントロールしているのだろう。

 ヒバの町まで数日。もう何度か魔獣と戦って経験を積みたいところだ。

 俺は、転生前のことをおさらいする。


「……ヒバの町で一泊して旅支度、その時勇者だってバレるんだっけ。ジーニアス王国へ続く街道に魔獣が現れて、倒してくれって依頼されたけど……クレスは面倒くさいとかいって迂回したんだよな。その後どうなったかはわからない……」


 今の俺なら、倒せるか?

 確か……そうだ、デモンオークとかいうオークの最上位種が街道に出たんだ。

 転生前のクレスは『そのへんの冒険者たちにやらせとけ』とか言ってたっけ。


「……よし。今回の俺は違う。倒してみせるさ」


 シギュン先生も、転生前にはいなかったシルキーもいる。協力すればきっと倒せるさ。


「よし!! なら体力はいくらあってもいい、町までランニングだ!!」


 だが、この決断が俺の運命を大きく狂わせた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ヒバの町。

 なんというか、『最初の町』とでもいえばいいのかな。

 石畳の道路、煉瓦造りの家、看板の掛けられた商店、町ゆく人々……ファンタジー世界なのは間違いないな。

 ランニングで町まで走ったがレベルは特に上がらなかった。

 

「まずは宿を確保して装備の点検をしよう。メリッサには馬の世話と買い出しを任せる。クレス、装備の手入れを怠るなよ」

「「はい!!」」

「あたしは?」

「魔力を回復させるために休養……と言いたいところですが」

「魔法使ってないしね。あ、そうだ。メリッサの買い出しに付き合うわ。荷物持ちしてあげる」

「え、ですが、勇者様に買い物をさせるのは」

「自分の買い物もしたいからいいわよ。ほら、宿に急ぐ!」

「は、はい」


 女の子同士、買い物でリフレッシュってところか。

 町の中央にある大きな宿にチェックイン。部屋割りは大部屋と小部屋が一つずつだ。もちろん男女別。

 俺はシギュン先生と一緒に剣の手入れ、メリッサは馬に餌を与え、シルキーと買い物に行った。

 剣を磨き、油を塗って布で磨く。


「……最初こそ動きに迷いがあったが、あとは良かったぞ。己を律し、増長することなく動けるようになった。成長しているぞ」

「ありがとうございます。正直、まだまだ不安はありますけど……」

「だが、お前なら大丈夫だ。がんばれ」

「はい!!」


 そうだ。このままもっと強くなるんだ。

 ジーニアス王国にはロランがいる。ロランを買って黄金の勇者として覚醒させて、鍛え上げて魔王とその眷属を倒す。

 まずはロランだ。そこからすべてが始まる。


「……よし!!」


 俺は気合を入れ、剣の手入れを終わらせた。


 ◇◇◇◇◇◇


 シギュン先生が『町長に挨拶する』と言って出ていった。

 転生前はシギュン先生じゃなかったけど、同行した騎士が町長に挨拶に行って『街道に現れた魔獣を退治して欲しい』って依頼を受けたんだっけ。

 転生前のクレスがごねて迂回ルートを通ってジーニアス王国に行ったけど、今回は受けることになる。


「思い出せ……デモンオーク、デモンオーク」


 転生前のクレスの記憶を思い出す……デモンオーク、そうだ、黒くデカいオークで皮膚が頑強、巨大な斧を振り回すパワーファイターだ。炎が弱点で赤魔法を使えるクレスの出番だったはず。でも赤魔法レベル1のクレスじゃ役に立たないな……ごねた理由は『面倒くさい』だけど。

 自室の窓際でため息を吐くと、ドアがノックされる。


「入るわよ」

「勇者さま、町で美味しそうな小麦焼きを買ってきたんです。お疲れのようですし甘い物でもどうかなーって……」

「シルキー、メリッサ。わざわざありがとう」


 小麦焼き……ああ、たい焼きみたいなお菓子だ。

 紙袋いっぱいに入った小麦焼きを一つもらい、口の中へ……うん、あんこ無したい焼きだ。おいしい。


「シギュンは?」

「町長に挨拶。ここはアストルム王国領土だし、町長に挨拶くらいはするだろ」

「勇者さま、わたし、馬のお世話をしてきますね」

「ちょっと待った」


 俺とシルキーに頭を下げたメリッサが出ていこうとして、シルキーに止められた。


「あのさ、あたしとクレスはどっちも『勇者さま』なの。区別付かないから名前で呼びなさい。あたしはシルキー、こいつはクレス。いいわね」

「ええっ!? で、でも、わたしみたいな平民のメイドが、救世主である勇者さまを名前で「いいからそうしなさい。よし決めた、これは命令で」もがっ」


 シルキーはにっこり笑い、メリッサの口をふさぐ。

 うん、女の子の友人っぽいな。それに、そろそろ名前で呼んで欲しいとは思っていた。


「それがいいな。じゃあメリッサ、俺も命令……俺のことは名前で呼ぶこと」

「っぷは……あ、わ、わかりました。では、クレスさま、シルキーさまと」

「まだ硬いわね……ま、いいわ」

「うん。あ、馬の世話だっけ? 俺も手伝うよ」

「えぇぇ!? で、でも、ブラッシングや馬具の手入れですので」

「なおさらだ。力仕事なら修行にもなるしね。な、シルキー」

「え、あたしも? ん~……まぁいっか。ほら、行くわよ」

「あ、あの!? えぇぇっ!?」


 メリッサを置いて、俺とシルキーは部屋を出た。

 慌てて俺たちを追うメリッサが、なんだか可愛く見えた。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 その日の夜。

 やはり、転生前のクレスの情報は間違っていなかった。

 女部屋に呼ばれた俺は、シギュン先生の話を聞いた。


「町長からの依頼だ。どうやら、ジーニアス王国へ続く街道にデモンオークが現れた。勇者様の力でなんとかしてくれとのことだ」

「俺の赤魔法の出番、ですね」

「そうだが…………デモンオークの弱点を知っていたのか?」

「え!? あ、いや……まぁ」


 なんの躊躇いもなく出した答えにシギュン先生は驚いていた。

 パジャマっぽいローブを着たシルキーは少し渋い顔だ。


「デモンオークね……レベルは40はくだらないわ。弱点魔法でも厳しいんじゃないの?」

「だが、放置してはおけん。デモンオークの首を土産にジーニアス王国へ行くなんて面白いじゃないか。それに……確信している。赤の勇者クレス、青の勇者シルキー、お前たちならきっと勝てる。騎士としての勘だがな」

「なにそれ。ま……面白そうだけど」

「俺も異論はありません。迂回なんてしてられませんしね」

「……迂回ルートのことも知ってたのか?」

「いい、いやそんな。偶然というか」


 やばい、また地雷か……変なこと言わないようにしよう。

 転生前のクレスでは経験しなかった正規ルートだ。

 デモンオークを倒し、マッケンジーに挨拶に行く。そしてロラン……もう少しだ。


「出発は明日。今日はもう寝よう」

「はい。では、シギュン先生、シルキー、メリッサ、おやすみなさい」


 俺は一礼し、自分の部屋に戻った。

 ベッドに寝転がり、拳を握る。


「ロラン……待ってろよ」


 だが、俺は気付いていない。

 この決断が、とんでもないことになると。

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