模擬戦
「ぶちのめせ」
「殺せ」
「焼き尽くしなさい」
「あ、あの……お、落ち着いて」
ここは練習場。
プラウド先生、シギュン先生、ドロシー先生が、青筋を浮かべて俺に詰め寄る。
どうも、シルキーの舐めた態度に頭来てるようだ。赤の勇者を貶めにきたとしか考えられないからな。
たぶん、自分のが上だとマウント取りに来たんだろ。勇者は三人いるし、自分が一番優れていると見せたかったんだ。
俺は木剣を振り、息を整える。
「……前から思っていたがクレス。その木剣、使いやすいか?」
「……実は、少し使いにくいと感じています」
木剣は、両刃のショートソードだ。柄も太い。
クレスの手はあまり大きくないので、もっとガッチリ握りやすい方が好みだ。
すると、シギュン先生も言う。
「前から感じていたが、クレス……お前の剣の使い方は鋭い。叩き潰すというより切り裂くような太刀筋だ。この模擬戦が終わったら試してみたいことがある」
「はい。わかりました」
そして、ドロシー先生も。
「いい? 使うならファイアだけにしておきなさい。魔力消費が少ないし、詠唱破棄もあるから連射もできる。剣技同士の戦いでは目くらましに使えるでしょうね」
「わかりました、ドロシー先生」
「それと、その……気を付けなさい。怪我でもしたら明日の指導に差し支えるからね」
「はい。気を付けます」
「ん……」
ドロシー先生、顔が赤いな……何か不安でもあるのだろうか。
すると、なぜかプラウド先生とシギュン先生がドロシー先生の肩をバンバン叩いた。
「若いっていいなぁ、シギュンよ」
「私は二十代だ。お前のようなおっさんとは違う」
「お、オレだってまだ三十代だ!!」
「おっさん、おばさん、うっさい」
「なんだと貴様!? 私は」
「おっさんじゃねーし!!」
け、喧嘩が始まってしまった……なにこれ、どうすりゃいいの?
「待たせたわね」
と、練習場へやってきたのは、屈強そうな男とシルキーだ。
「彼があたしの護衛にして騎士のマーヴェリックよ。あなたの相手は彼がするわ」
「わかりました。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします……」
頭を下げると、マーヴェリックは一歩前に。なかなかの低音ボイスだ。
武器は大剣……の形をした木剣。
マーヴェリックは俺より身長が高いし筋力も間違いなくある。実戦経験も豊富そうだし、何より……雰囲気がめっちゃ怖い。
紺色のジャージ上下にサンダル履いて竹刀を持たせれば、昔よくいた教育指導の怖い先生そっくりだ。
「ふふん。マーヴェリックの剣技レベルは22、あなたでは絶対に勝てないわ」
「え」
いやいや、なんでそんなのと模擬戦させようっての?
「安心なさい。あなたが勝てないのは当然として、私のパーティーの前衛に相応しいかの試験です。先ほども言ったように、実力を見せなさい」
「…………わかりました」
いやはや……どこまで上から目線なのよ。私のパーティーって、マッケンジーもいるんだぞ?
でもまぁ、こんな強敵と模擬戦する機会はない。
「勉強させていただきます」
「……ああ」
間違いなく勝てない。目標は……一発でも当てることだ。
◇◇◇◇◇◇
「先手必勝!!」
相手の武器は大剣。取り回しに難ありと見た俺は、細かい動きで翻弄することにした。
夜間の自主錬で走り込みもしてるし、体力には自信がある。
左右に動きながら狙いを付けさせず、マーヴェリックの背後に移動した。
「二連斬り!!」
背中を狙った二連斬り───。
「回転斬り!!」
「な」
だが、マーヴェリックは大剣を構え回転。
遠心力と剣の重さで威力が増し、背後の俺を襲う。
ああこれ、大剣の武技だ───。
「ぐ、おあぁぁぁっ!?」
横から迫る大剣を木剣でガード……木剣がへし折れ俺の右腕にヒットする。
木剣で威力が弱まったおかげで、直撃しても気を失うことはなかった……ごめん、めっちゃ腕が痛いです!! 青痣できてるし!! いてぇ!!
「なんとまぁ……この程度なの?」
「……っぐ、まだまだぁ!!」
俺は折れた木剣の刀身を右手で掴み、左手で柄の部分をクルクル回す。
「……短剣技」
「はぁぁぁぁっ!!」
そう、短剣技だ。
レベル1の短剣技、武技はまだ習得していないけど、素人ではない。
あの回転切りがあるから迂闊に近づけない。
俺は一定距離を保ったまま動き回り、マーヴェリックの隙を伺う。
「ほぅ、速いな」
マーヴェリックは驚いているようだ。というか、動き回るのかなりつらい。
右腕は青痣できてるし、体力は消耗していく。
決めるなら、一発で決めるしかない!!
「───はぁっ!!」
「ぬっ!? 投擲技だと!?」
俺は折れた刀身をマーヴェリックの後頭部に投げつけると、初めて顔色が変わった。
てっきり隙を伺って短剣技で来ると思っただろ? 違うんだなこれが!!
俺は投擲技も習得してるんだよ、レベル1だけどな!!
「今ぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」
「ちぃっ」
マーヴェリックは刀身を躱した。
チャンス。身体を反っている。大剣を振るう姿勢じゃない。今ならあの回転斬りはこない。
俺は一気に接近。折れた柄を握りしめマーヴェリックの背中を狙った拳を───。
───あれ、視界が黒。
◇◇◇◇◇◇
「───あれ」
「起きた……よかった」
「……ドロシー先生?」
俺が目を覚ますと、ドロシー先生が俺の顔を覗き込んでいた。
なにやら腹がズキズキする。めまいもするし……どうなったんだ?
「あんた、お腹に蹴りくらって失神したのよ」
「え」
「ってか、なんで魔法使わないのよ。アホみたいに走り回って汗だくになって、投擲技じゃなくて魔法使いなさいよ魔法」
「あ」
やべ、魔法のこと忘れてた。
すると、マーヴェリックとプラウド先生、シギュン先生が俺の近くに。
プラウド先生は大きく頷いた。
「完敗だな。まぁ、勝てるとは思っていなかったが……武器を切り替え戦術を変えるのはよかった」
そして、マーヴェリックが俺に質問する。
「ああ。お前、いくつ武器スキルを覚えている?」
「えーっと……七つです」
「なんと……その若さで、大したものだ」
「す、すごいことなんですか?」
「当然だ。武器スキルを一つ覚えるだけでも長い修練が必要なのだ。普通は一種類、多くても二種類だろう」
「そ、そうなんですか?」
知らなかった……武器スキル、そんなに習得が難しかったのか。けっこう簡単に覚えられたけど。
ま、勇者の力ってことにしておくか。
「お嬢、勝ち負けじゃないんですよね? いやはや、こいつは原石だ。鍛えればとんでもない勇者になるでしょうぜ」
「…………」
シルキーはそっぽ向き、俺をちらちら見ていた。
俺はシルキーのそばに行き、はっきり言った。
「青の勇者様。見ての通り俺は未熟です。前衛としては頼りないかもしれませんが……約束します。青の勇者であるあなたを守ります」
「へ……?」
「青の勇者は魔法特化。赤の勇者は攻撃特化。そして、後衛である青の勇者を守るための剣。俺はここに誓います、あなたを守り抜き、魔王討伐をすることを」
「へ、え、えぇぇぇぇっ!? ああ、あたしを守るって、その」
シルキーは真っ赤になって後ずさる。
やべ、また中二臭いセリフを吐いてしまった。シルキーがドン引きしてる。
「まま、守るって、そそ、そう? ゆ、勇者だしね。うん」
「はい。俺はあなたを守ります……絶対に」
「……う、うん。わかった」
転生前のシルキーは、クレスを恨み抜き、怨嗟の叫びを残して死んだ。
でも、俺は違う。黄金の勇者ロランが魔王や魔王軍幹部と戦っている間、シルキーとマッケンジーを守って見せる。
今度は絶対に死なせない。そのために強くなる。
「マーヴェリック殿、またお手合わせ願えるでしょうか?」
「ああ、いつでも相手しよう」
「プラウド先生、シギュン先生。これからは一相厳しい指導をお願いします」
「わかった。ふふ、いい顔になったじゃないか」
「そうね。鍛えがいがあるわ」
「そして、ドロシー先生……ドロシー先生?」
「なによ」
「えっと、これからもご指導を……」
「……別にいいけど。ふん、守る守るとか……なによそれ」
「え?」
「な、なんでもない!!」
俺はまだまだ強くなる。いや……なってみせる!!
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