赤の勇者、レベル1

 さて、本日より特訓開始である。

 赤の勇者は攻撃特化。赤魔法という炎魔法が使えるが、前のクレスは魔法の訓練などろくにしなかったし、町で昔の仲間と遊んでばかりだった。

 でも、俺は、曽山光一は違う。だって魔法だぞ魔法!! ファンタジーの定番、しかも炎!!

 それに、剣術もだ。剣なんてゲームの世界でしか見たことがない。

 だが、実際に振るうのは初めてだ。前のクレスは棒切れを振り回してチャンバラごっこしてたけど、そんなのとは次元が違う。

 俺はジャージ……ではなく、練習着に着替えて訓練場へ。

 訓練場には騎士が二人。一人は男性、もう一人は女性だった。当然、前のクレスの記憶があるので知っている。

 俺は駆け足で二人の元へ。そして頭を下げる。


「遅れて申し訳ありません!!」


 いきなりのことで面食らう二人。だが、男性が咳ばらいをする。


「ごほん。いや、遅れてはおりません。我々が早く到着しただけのこと。勇者様、私は騎士団長プラウド、彼女は副団長シギュン。勇者様の剣術指南役でございます」

「はい。よろしくお願いいたします、プラウド先生、シギュン先生」


 しっかり目を見て挨拶する。

 プラウド先生は四十代くらいのイケオジ、シギュン先生は金髪のウェーブヘアをした二十代前半のお姉様だ。ふむ、曽山光一より少し年下か……めっちゃ好みかも、って待て待て。そういう邪念は捨てろ!!

 プラウド先生は咳払いをする。


「我々が指導するのは剣術。そして『武技』でございます」

「ぶぎ?」

「はい。勇者様は《スキル》をご存じですか?」

「スキル……ああ、頭の中に浮かぶやつですね」


 俺は『ステータス』と念じる。すると、目の前に文字が現れた。

 

〇赤の勇者クレス レベル1

《スキル》

赤魔法 レベル1

剣技 レベル1


 うーん、貧相な感じ。

 これ、いかにもレベル1って感じのステータスだよな。


「スキルとは才能、武技とはスキルから派生した技。レベルを上げることで武技が開花し、勇者様の力となります。赤の勇者様は攻撃に特化した能力をお持ちですので、まずは剣技から習得し、徐々に武器の幅を広げていきましょう」

「はい。あの、『剣技』はすでに習得しています。レベル1ですけど……」


 そう言うと、プラウド先生は笑顔で頷く。


「おそらく、幼少期に木剣でも握っていたのではないでしょうか? 剣技のスキルは『剣を持ち振るう』ことで習得が可能なのです。騎士や兵士を目指す者には必須スキルですな」

「なるほど……では、赤魔法は?」

「赤魔法は炎属性の魔法です。魔法スキルは魔法神殿に祈りを捧げることで習得可能です。ですが、祈りを捧げても習得できない場合がありまして、習得できるのは四十人に一人くらいとのことですね」

「へぇ……でも俺、神殿に行ったことないですけど」

「おそらく、赤の勇者になったからではないかと」

「なるほど」


 スキルって習得条件があるのか。

 つまり、もっとスキルが増える可能性もあるってことだ。なんかゲームみたいで楽しいな。


「まずは、剣の握り方から始めましょう。シギュン」

「はい、団長」


 シギュン先生が木剣を俺に手渡す。

 うわ、この人……近くで見るとめっちゃ美人。鎧のせいでスタイルはわからないけど、鎧の隙間から覗く首筋がなんとも色っぽ……いかんいかん。邪念は捨てろ。

 シギュン先生が俺の手を握り、プラウド先生が喋る。なるほど、プラウド先生が声に出して指導、シギュン先生が実際に教えてくれるのか。


「剣の握り方、基礎的な構えを……そうです」

「こう、ですね」

「はい。力を抜いて硬くならずに」


 プラウド先生の指導はわかりやすい。

 シギュン先生が手の位置をそっと治したり、足の位置や剣の振り方を身体で教えてくれる。


「ゆっくり振りかぶり……振る!!」

「はぁっ!!」


 剣を振った瞬間、すっぽ抜けた。

 木剣が飛び、地面を転がる……なにこれ、最初の最初でこれかよ。


「も、申し訳ありません!! その、力を抜きすぎました」

「大丈夫。ではもう一度」

「は、はい!!」


 同じように木剣を構え振り下ろす……今度はすっぽ抜けなかった。

 でも、ちょっと窮屈。決まった型通り剣を振るのがこんなにつらいとは。


「では、この型で素振り百本です。始めます」

「ひゃ、百本!? わ、わかりました!!」

「では、はじめ!!」


 シギュン先生が離れ、俺は習った通りの型で素振りを百本行う。

 はっきり言ってかなりキツイ。漫画やアニメやゲームで見るような流麗な剣技とはまるで違った。野球の素振りとはまるで使う筋肉が違う。

 二十を超えたあたりで腕が重くなってきた。

 四十を超えると腕が上がらない。

 五十を超えると……もはや型とは言えない。

 七十を超えると一回一回の感覚が長くなる。

 八十を超えると何がなんだかわからない。

 九十を超えると手が震えて木剣がすっぽ抜けた。

 そして、百。


「そこまで。では、これを毎日行います」

「はぁぁ~……はぁぁ、はぁぁ……っぷぁ」


 腕が重くて上がらない。

 クレスの筋力が低いからだ。もっと鍛えなくては。

 やはりゲームとはいかない。そうだ、これが現実なんだ。

 

「少し休憩しましょう。その後、別の型を指導します」

「よ、よろひく、おねぎゃ、します……」

「シギュン、水を」

「はい」


 シギュン先生が水のカップを渡してくれたので、遠慮せず一気飲み。

 これを毎日かぁ……かなりキツイ。


「しかし、驚きましたな。こんな言い方は不敬ですが……百回やりとげるとは思いませんでした。新兵は大抵、七十ほどで音を上げるのですが」

「ゆ、勇者、ですので……」

「そうですか。ご立派でございます」

「あ、あの……お、お願いが、ござい、まず……ふぅぅ」

「なんでしょう?」


 呼吸を整え、プラウド先生とシギュン先生に言う。


「その、自分は、先生方から指導される身ですので……過度な態度や敬語は遠慮してほしいのです。敬意を払うべきは自分であり、今の自分は『勇者』という肩書を持った素人にすぎません。どうか厳しいご指導をよろしくお願いいたします!!」

「……なんと」

「…………」


 プラウド先生もシギュン先生も驚いていた。

 前のクレスは、訓練初日でこの二人がムカつくと言って指導員を外した。それどころか、勇者の肩書を利用して僻地に飛ばしやがった……ほんと、前のクレスは許せん。

 

「わかりました。いや……わかった。ならば容赦しないぞ、新兵」

「はい!! シギュン先生もよろしくお願いします!!」

「……ええ、わかったわ」


 な、なんか、シギュン先生が恐い笑みを浮かべた。どことなくサディスティックな感じがする。

 休憩後、別の型を教わり、同じように素振り百回。


「遅い!! もっとしっかり目を開いて型をなぞれ!! しっかり基礎を叩き込めば筋力は後から付いてくる!! 無駄な動きが多いから疲れるのだ!! 腕を振れ!!」

「はぃぃぃぃぃっ!! はいぃぃぃぃっ!!」


 プラウド先生、めっちゃ怖い!! 鬼軍曹みたいな怒鳴り声!!

 シギュン先生はというと、剣を振る俺の前を行ったり来たり……たまに剣の前に飛び出す。


「うわわっ!?」

「型を崩さないで。一、二、一、二」

「はいぃぃぃぃっ!!」


 疲れたという間もなく、剣を振り続ける。

 初日でこれか……めっちゃきついんだけど。

 今日習ったのは、上段の型、中段の型、下段の型だ。それぞれ百回の素振りを終えると、腕はボロボロになり全身が悲鳴を上げていた。


「三つの型は基本中の基本。毎日の素振りを欠かさず行うこと!! 全身が疲労しているのがわかるように、この型を忠実に繰り返せば全身の筋力が鍛えられる。いいか、毎日欠かさずだ。毎日欠かさず!!」

「ま、毎日かかさずぅ……」

「では本日最後!! 上中下段の型!!」

「え」

「構え!!」

「は、はぃぃっ!!」


 本日最後の素振りは、上・中・下段のコンビネーション素振り百回でした……終わったら立つことすらできなかったよ。

 こうして、初日の訓練が終わった。レベルは特に変動しなかった……疲れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る