パーティーナイト、本番
今日は、赤の勇者誕生のパーティーだ。
各国の要人……とまではいかないが、この王国の貴族や騎士、魔王討伐に関係する職の人たちを招き、俺という勇者の誕生を祝福する。
パーティー会場に案内されてホールに入ると、割れんばかりの拍手で出迎えられる。
「おお、赤の勇者様だ!!」「いい表情をしておられる」
「ああ、素敵……」「これは期待できますな」
そうそう、最初は期待されてたんだよ……前のクレスはこの歓声に酔い、国王様を差し置いて好き勝手やったんだよ。王座に座ってゲラゲラ笑ったり、肉を馬鹿みたいに貪ったり、大声で騒いでは食べかすを噴き出したり……ああ、思い出したくない。真正のクズ野郎だ。
だから、俺は……もう間違えない。
「よろしくお願いします!! クレスと申します!! よろしくお願いします!!」
赤絨毯の上を歩きながら、お辞儀をして進む。
年上には敬意を、女性にも敬意を、というか敬意だけを持つ。
ここにいる人は、誰も彼も偉いというわけじゃない。でも、赤の勇者誕生に関わったことがある人たちなのは間違いない。
なら、持つべきことは敬意だ。増長せず、謙虚に謙虚に……。
「あ、赤の勇者様が頭を下げているぞ……」「な、なんか雰囲気が違う?」
「最初に会った時はもっと、こう……」「謙虚な姿勢だ……」
う、なんか噂されてる。
というか、俺(曽山光一)がクレスになる前のクレス、なにやらかしたんだ? 最初に会った時って……ああもう、考えるのはよそう。
俺はお辞儀をしながら歩き、国王の前で跪く。
途端に、会場内は静かになった。
「表を上げよ」
「はい」
国王様は王座から立ち上がると、にっこり微笑む。
「さぁ、主役が跪いたままでは始まる宴も始まらん。赤の勇者クレスよ、立ち上がりグラスを受け取るのだ。宴の始まりに相応しい挨拶を頼む。それが赤の勇者クレスとして最初の仕事じゃ」
王様に言われ、立ち上がってメイドさんからグラスを受け取る。
これも過去にあったな……前のクレス、跪いたんだけど面白くなかったんだよ。だから受け取ったグラスワインを一気に飲み干して『ま、この国はオレが救ってやる。ぎゃっはっは!!』なーんて喧嘩売るようなこと言って……会場が凍り付いたのを覚えてる。
だけど、今は違う。真面目に謙虚に冷静に。
「皆様、本日は私のような若輩のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます」
会場内は静まり返ってる……不思議と緊張していなかった。日本人の俺ならありえない。精神的な部分もクレスだからなのか、度胸はあるのかな。
「私は、何も知らない平民です。剣の振り方も、魔法も、何一つ知らない子供です。勇者という立場になり、何も知らないでは済まなくなりました」
謙虚に、謙虚に……そうだ。自信なんてない。
「ですが、私は勇者です。勇者という肩書に恥じない人間となるためには、皆さまのお力添えが何よりも必要です。剣の振るためには騎士様の指導が、魔法を使うには魔導士様の授業が、剣を振るには鍛冶師様、怪我をしたら薬師様。私は一人ではない、大勢の皆さまの力があって初めて『勇者』なのです」
うー……やべ、ちょっと恥ずかしいな。
口からすらすらと出てくる言葉がこんなものとは。俺ってペテン師に向いてるのかも……ちょっと嫌悪するよ。
「勇者とは私一人ではない。ここにいる全ての人が勇者である……私はそう思います。そして今夜、私は皆さまの顔と名前を全て覚えて帰る機会を与えられたものとし……ああ、美味しい料理が冷めてワインがまずくなってしまいますね。では、グラスを」
ちょっとしたユーモアを加える……よし、いい感じ。
グラスを掲げ、力強く言った。
「では……乾杯!!」
こうして、パーティーが始まった。
◇◇◇◇◇◇
こういう場所では最初が肝心だ。
低姿勢に、低姿勢に……お客様に頭を下げ、笑顔を絶やさず、自分でできることは自分でやる。
料理も野菜中心で肉は少なめ。お酒は最初だけ、あとはとにかく挨拶回りだ。
三時間ほどパーティーを楽しみお開きとなる。
明日から訓練が始まるのだが……部屋に戻ると猛烈な空腹が。
「は、腹減った……挨拶ばかりで全然食べてない」
サラダと肉を少しだけ食べた。この成長期の身体には到底足りない。
とはいえ、どうすれば。自室には食料なんてないし、前のクレスはメイドを呼びつけて菓子だの肉だのを届けさせてたけど、そんな真似はできない。
すると、部屋のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
「し、失礼します!」
「あれ、あなたは……」
採寸係のメイドさんだった。
なにやらモジモジしてる……やばい。部屋着はマズかったか? でも下着じゃないし……とにかく、謙虚に注意深くいこう。
「あ、あの、赤の勇者さま……会場では挨拶回りばかりで、あまりお食事されてないようでしたので、お夜食をお持ちしたのですけど……その」
「夜食? ほ、本当ですか?」
「は、はい。簡単なサンドイッチですが……」
メイドさんの手にはバスケットがあり、中には綺麗に詰められたサンドイッチが入っていた。
同時に、俺の腹が鳴る……うわ恥ずかしい。
「ありがとうございます。いただいてよろしいでしょうか? その、あなたの言うとおりお腹が空いて」
「は、はい。その、美味しくなかったら申し訳ございません……」
「え? まさか、貴女の手作りですか?」
「はい。その……コックはもうお休みでしたので」
メイドさんはちょっと俯く。なるほど、コックではなく自分が作ったことを申し訳なく感じているのか。コックの仕事は勇者の栄養管理。余計な物を食べさせていいのかと怒られるのかもしれない。
でも、俺の腹は正直だ。
さっそくサンドイッチに手を伸ばす。
「いただきます」
ハムと野菜のサンドイッチだ。ほどよい塩気とパンの柔らかさが口に広がる……おいしい。
もう一つはポテト、もう一つはタマゴサンド、最後の一つはクリームサンド……ああ、美味しい。
アッという間に完食した。
「はぁ~……王宮料理よりも美味しかったぁ」
「っ……」
「おっと失礼。美味しいお夜食、ごちそうさまでした」
「い、いえ……その」
「とても嬉しかったです。本当にありがとうございました」
「は、はい……」
「よろしければ、貴女のお名前を教えていただければ」
「わ、わたし、メリッサと申します。赤の勇者様」
「メリッサさんですね。これからもよろしくお願いします」
頭を下げると、メリッサの顔が赤くなる。
さて、もうだいぶ遅い。女の子が男の部屋にいるべきではない。
「よろしければ、お部屋まで送りましょうか?」
「い、いえ!! し、失礼しますっ」
メリッサは脱兎のごとく逃げ出し……いや、退室した。
照れ屋なのかねぇ……ま、可愛いけど。
「いかんいかん。俺は前のクレスとは違う。女の子は大事に、優しく、丁寧に接する……よし!!」
明日から訓練だ。頑張ろう!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます