パーティーナイト、準備

「それにしても……ほんと、若いな。それに身体も軽い。これならいろいろできそうだ」


 ベッドに寝そべって自分の手を見つめる。

 最初にすべきことは、己を鍛えることだ。

 曽山光一の時は剣なんて握ったこともない。クレスである今は……ないな。平民だし、チャンバラごっこで木剣を振り回してたくらいだ。

 前のクレスは、勇者に任命されてから遊びまくってた。

 金をせびり、ガキ大将時代の悪友たちと飲み歩き、ろくに鍛錬もせずに遊んで……王国の人たちは呆れ、クレスの指南担当の騎士が説教したがどこ吹く風。赤の勇者になって数日で見限られたっけ。

 でも、今の俺は違う。クレスであり曽山光一だ。

 というか、魔法に興味深々だった。


 さて、今夜は勇者任命の記念パーティーだ。

 前のクレスは最悪だった。挨拶もそこそこにメシを喰らい、酒を飲んでよっぱらい、メイドさんに怒鳴り、肉がないぞと暴れ……うぅ、思い出したくもない。


「あ、そうだ」


 とりあえず、今着ている服を脱いでパンツとシャツだけになる。

 確かこの後、礼服の採寸に何人かが部屋に来るはずだ。前のクレスは服を脱がされて暴れてメイドをぶん殴って……ああもう、どこまでクズなんだ。女の子を殴るなんて。

 すると、部屋のドアがノックされた。初老の男性の声だ。


「はい、どうぞ」

「失礼します。今夜のパーティーで着ていただく礼服の採寸に参りました」

「はい。よろしくお願いします」


 立ち上がり、部屋のドアを開けて招き入れ、頭を下げる。

 謙虚に、礼儀正しく行こう。人に迷惑をかけずに丁寧に。それが誰であろうと、俺は見下したりしない……前のクレスみたいなクズにはならない。

 

「お、遅くなり申し訳ございません。急ぎ、採寸をしますので」

「お気になさらないでください。何かできることがあれば手伝いますので」

「は、はい……では」


 シャツとパンツだけで待っていたのに驚いたのか、採寸係の初老男性は声に詰まり気味だった。

 俺は、採寸しやすいように手を上げたり、姿勢を崩さないようにする。

 サイズの記録をしているメイドさん、俺が下着姿なのを見ないようにしていた。


「お見苦しい姿で申し訳ない」

「えっ……あ、いえ!! そんなつもりじゃ」

「いえ。若い女性が来ると知っていたのにこの姿で待っていたのは自分の落ち度。気分を害されたようでしたら謝罪します」

「そ、そんなことはありません!!」

「いえ、それでも謝らなせてください。配慮が足りなかった。これは男として、女性に対する態度の問題です。そこに上下などない」

「あ……」


 下半身の採寸を終えたので急ぎズボンをはく。

 やばい。最初からやってしまった……常識で考えて、シャツとパンツだけで待ってるっておかしいよな。ジャージとかはないけど、クローゼットの中に部屋着くらいはあったかも。

 シャツは別に大丈夫かな? 採寸係の男性はサササッと採寸し、なぜか顔の赤い記録係のメイドさんは俺を見ないようにしていた。

 ああ、嫌われたかな……転生していきなり女の子に嫌われちゃったよ。

 かなり可愛いメイドさんなのに……もしかしたら部屋に差し入れしてくれたり、こっそり城の中庭でお茶したり、城下町で一緒にお買い物したり……なんて。


「採寸はこれで終わりです。急ぎ仕立てを済ませますので、お部屋でおくつろぎください」

「ありがとうございます。衣装、楽しみにしています」

「はい。では、失礼いたします」

「し、失礼いたします!」

「はい。重ね重ね、申し訳ございませんでした」

「そ、そんなことありません。その……ありがとうございました!」


 そう言って、採寸係の男性とメイドさんは部屋を出て行った。

 謝ったからよし、ではない。今度からは気を付けよう。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 日が暮れ、空がオレンジに。

 この世界にも太陽があり、日が暮れると夜になる。

 夕方になり、今夜のパーティーで着る礼服が届いた。赤の勇者らしく赤を基調とした礼服で、アクセサリーや模造刀もある。

 ああ、また思い出した……前の勇者レクス、この宝石を売り払って、パーティーもそこそこに町で女を買いに行きやがったんだ。思い出したくないのに、どうしても思い出す。

 礼服を届けに来たのは、採寸係の男性と記録係のメイドさんだ。


「では、お支度の手伝いを」

「はい、よろしくお願いいたします」


 頭を下げると、やはり驚かれた。

 年上に敬意を払うのは当然のことだ。何をそんなに驚いているのか。


「……ああ、しまった。髪を梳かす櫛を忘れましたな。申し訳ございませんが、取りに行ってもらっても?」

「あ、はい。かしこまりました」


 初老男性がメイドさんに用事を伝えると、メイドさんは出て行った。

 俺は瞬時に察した。


「ありがとうございます。では、下から着替えを」


 俺はズボンを脱ぎ、すぐにズボンをはく。

 新品のスラックスみたいだ。丈もピッタリだし、靴下もぬくぬくしてるし皮靴も高級品……こんなの日本じゃ履くこともなかったな。

 初老男性はニコニコしていた。


「貴方様は、紳士ですな」

「そんなことありません。男ですから、女性に対して不快な思いはさせたくないだけです」

「それだけではありません。私が櫛を忘れたことも叱責せず、瞬時に私の意図をくみ取った……聡明で礼儀正しい、素晴らしいお方です」

「買い被りすぎです。自分は思ったことをしただけで」

「それが紳士の心なのです。赤の勇者様は実に素晴らしいお方だ」


 採寸係の男性はニコニコしながら丈のチェックをし、上着を着せてチェックしてくれた。

 上着を着て椅子に座ると、メイドさんが戻ってきた。


「お待たせしましたっ!! あ……し、失礼いたしました。大声を」

「お疲れ様です。では、赤の勇者様の髪を、よろしくお願いします」

「は、はい」


 メイドさんが鏡の前で俺の髪を梳かし、整髪料みたいな物を付けてセットする。

 俺は微笑を浮かべ、目を閉じている。

 こういうの、目が開いているとやりにくいんだよね。床屋でもなるべく目をつぶるようにしているからな……まぁ目が合うと気まずいだけだが。

 それから、五分ほどで髪の手入れは終わった。

 オールバックだ……自分で言うのもなんだが、あんまり似合わない。

 椅子から立ち、鏡でチェック……くそ、クレスの奴ってイケメンじゃねーか。


「どうでしょうか?」

「うん、素晴らしいです。ありがとうございました」


 俺は採寸係の男性とメイドさんに頭を下げる。

 すると、二人は嬉しそうに返してくれた。


「あなたのような紳士のお手伝いができて光栄です。ありがとうございました」

「わ、私もです。赤の勇者様、ありがとうございました」

「自分も、あなたたちが担当してくれてよかった。これなら、パーティーで恥ずかしい姿を見せずに、自信を持って臨めそうだ」


 模造刀を腰に差し、パーティーの支度は終わった。

 主役は俺だ……気を引き締めて行こう。

 謙虚に謙虚に。増長せず、穏やかに……よし。

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