♯3
3(9)-1 ReStart point / Rooftop with her
屋上に風が吹いた。
この光景も、これで3度だ。
隣に置いてあったスマホを拾う。そのディスプレイの表示は、
『10/5 Tues. 16:42』
(戻ってきた)
絶対に舞花の死を食い止めてみせる。そんな思いを胸に強く刻みつける。
俺は手を付いて一気に体を起こす。屋上の出口に向かって少し歩いたとところで屋上のドアが向こう側から開く。
そこに立っていたのは――
制服をきっちりと着た、長い髪の少女――舞花だ。
そう、まだ生きている舞花だ。俺はこの少女の命を守ることを再び決意し直した。
「こんな所にいたの! 授業サボって……」
舞花の声が途切れる。俺の顔をじっと見ているのが分かった。
「どうかしたの? そんな泣いてるのか笑ってるのか、よく分からない顔して」
「……ちょっとな」
舞花の言う通り、俺は泣きながら笑っていた。舞花が生きていることが泣くほど嬉しい。舞花がそこにいることが笑顔になるほど愛おしかった。
「なぁ舞花、俺は――」
この胸に溢れる思いを舞花に伝えよう。そう決意したが、
(いや、今がそのタイミングじゃない)
勢いで伝えてしまう様なことでない。もっと雰囲気だって考えたい。それに何より、この言葉を伝えるのは『あの未来』を回避した後にしよう。
「なによ?」
途中で言葉を止めた俺に舞花が怪訝そうに聞いてくる。
「いや、なんでも。だけど、」
今はまだ伝えない。でもこの思いは止められなかった。
「ほら、行こうぜ!」
俺は舞花の手を取って昇降口へと駆け出した。
繋いだ手から伝わる暖かさが愛しい人の命を感じさせる。舞花はここにいる。生きているんだ。この暖かさを俺は絶対に守る。そう誓ったのだ。
「ちょっと、引っ張らないでよ!!」
今日は委員会があるということは黙って、舞花と一緒に帰ろう。当番はサボりだ。
夕暮れの校舎を舞花と一緒に歩く。ただ一緒に歩いているだけなのになぜか俺の気分はどんどん高揚していく。
「そういえば、あんたもう慣れたの?」
急に舞花が問いかけてくる。これも三度目だ。
「何に?」
「あたしの家の暮らし」
「なんかその言い方だと同棲でもしてるみたいだな」
「ど、ど、ど、同棲!?!?!?」
ちょっと意地悪な言い方をしたら、舞花は一気に首まで真っ赤になった。
(可愛い!)
「ど、同棲じゃない! 同棲じゃないでしょ!! そう! いうなれば同居よ! 同居!! 同棲じゃ!! ない!!」
「あぁそうだな。同居だよな。だから落ち着けって」
舞花は真っ赤になって否定する。そんな顔も可愛いが、ちょっと意地悪しすぎたろうか。ちゃんと真面目に答えよう。
「まぁ、舞花の家って小さい頃からよく行ってたし、おじさんもおばさんも良くしてくれるし、かなり居心地よく暮らしてるよ」
「ふ~ん」
「自分で聞いたわりに関心薄いな」
「いや、少し気になることがあったんだけど、あんたがすぐ慣れちゃったんなら違うかな、って」
舞花が納得したように言う。この答えも三度目。本当は一度目でやれば良かった。この言葉に聞き返すということを。
「気になることってなんだ?」
俺はそう問いかける。もしかしたらここに未来を変えるヒントがあるかもしれない。
「へ? ……ううん、別にたいしたことじゃないわよ。気にしないでいいわ」
「そう言われると気になるのが俺の性分だ。頼むよ、教えてくれ」
はぐらかされたが、俺は諦めずに食い下がる。
「仕方ないわねぇ。少し変なことを言うけど笑わないでよ?」
上手くいったようだ。少しでもヒントが見えるといいのだが。
「出来るかぎりなら」
「……あんたがそう言うと笑われる気がしてならないわ」
舞花は少し呆れたようだが、すぐに表情を作り直す。
「実はね、この前の保険の授業で出産の話が合ったじゃない? それで友達との間で、実際にどれくらい大変なんだろうね、って話題になったのよ」
その授業は何となく覚えている。男子の間ではお下劣な話にしかならなかったが、将来当事者になる女子の間では真面目な話題になっていたようだ。
「それで話の流れで親に当時の苦労とかを聞いて来ようって話になったの」
そこで舞花は少し怪訝そうに表情を変えた。
「でも、母さんに聞いても『もう十何年も前の話だから忘れちゃった』みたいにはぐらかされるのよ。小さいころの話はあんなにするのによ? ちょっとおかしくない?」
確かにおばさんはよく「舞花は六歳までおねしょが治らなかった」とか「昔は泣き虫だったのに今ではすっかりしっかり者になって」とかいったような、舞花が幼かったころの話をしている(そしてそのたびに舞花は赤面して話を止めようようとする)。けれど、
「ちょっと考えすぎじゃないか?」
俺はそう思ってしまった。おばさんがするのは広い範囲を指した思い出ばなしだ。出産する際というピンポイントなタイミングの記憶となればまた別なのではないだろうか。
「そう? でもね、ウチにあるアルバムなんだけど、ほら、父さんが写真好きだから結構たくさん写真があるのよ。それなのに私が生まれる頃の写真が全く無いのよ。それまでは、それこそ母さん達が付き合い始めたころのまであるのによ? 不思議だと思わない?」
「そう言われると、確かにちょっと不思議だな」
今度は頷く。たしかにその時期だけ写真が欠けているというのは気になることだ。
そして舞花は短く息を吸い、決意したように言葉を続けた。
「それで私、思ったんだけど、もしかしたら私は双子で、そのもう片方は産まれててすぐに死んじゃったんじゃないかしら? それで父さんと母さんはそのことを隠したんじゃないかしら? だから出産のときのことも言えないし、そのころの写真もないのよ!」
……とりあえず心の中では先に謝っておこう。悪いな、舞花。
「ははははは!」
「ほら、やっぱり笑った!」
「仕方ないだろ? いきなりそんなこと言われたら笑っちまうもんだろ」
思わず言葉が笑い混じりになってしまった。
「そ、そんなに笑わなくたっていいじゃない!」
案の定舞花に怒られた。
「ゴメンって。だけど、それはないだろ」
何とか笑いを抑えながら俺は言葉を続ける。
「もし仮にお前が双子でその片方がいたとして、そのことをおじさん達が隠してるとしよう。でも、それは病院に行けばその真相が分かることだ。お前が産まれたのは駅前の産婦人科だろ? ここら辺じゃあそこしかないんだから」
もちろん俺もそこで産まれた一人だ。訊いたことはないが舞花もそこで産まれたのだろう。
「違うわよ。あんた憶えてないの? あたしは小さい頃にこっちに引越して来たのよ? この近くの産婦人科で産まれたわけがないわ」
全くもって初耳だ。だが俺の記憶では舞花はガキの頃から一緒にいた記憶あるはずだが。
「小さい頃っていつだよ?」
とりあえず疑問を言葉にしてみた。
「一、二歳くらいの頃」
「……お前はそれを憶えてるのか?」
「……お、憶えてないわよ、そんな昔のこと」
「自分が憶えてないじゃねぇか」
「わ、悪かったわね! いいじゃない別に!」
今日の舞花は慌てまくりだ。
「ま、何かしらの理由があるんじゃないか?」
「どういうこと?」
落ち着きを取り戻した舞花が俺に問い返す。
「たとえば出産が凄く大変だったから、舞花にそれを話すことでむしろ不安がらせるかもしれない、とか?」
「……かもね」
納得したのか、そうでないのか。分かり難い表情で舞花は頷いた。
夕暮れ時の校舎を2人で並んで歩く。俺はもうそれだけで十分に幸せだった。
でもただこの幸せを享受しているわけにはいかない。
(俺は守らなくちゃいけないんだ)
舞花を。この幸せを。
もう一度、俺の目的を再確認する。グッと拳を握った。
「ねぇ、秀」
いつの間にか舞花は俺の顔をじっと眺めていた。
「やっぱり屋上でなにかあったの?」
「え?」
「お昼までの秀と雰囲気が違ってる気がいて。その――」
舞花はその続きを言うべきか悩んだように口を閉じる。視線も迷うようにさまよっていた。
俺はその続きを待った。きっと聞かなければいけないことなのだ。
少しの間、舞花は迷い、そして決心したかのように言葉を続けた。
「その、陸上をね、やってたときみたいだなって……」
声はだんだんと弱くなっていった。俺にとって陸上のことは禁句であることも、その話題を出せばどんな反応をするかも知っているからだ。
でも俺は無視することも睨み付けることもせず、自然に答えた。
「夢を見たんだ」
「……夢?」
「屋上で寝てた時に夢を見た。それで、決めてたんだ。もう無気力な振りは止めるって」
「そう、なんだ」
要領を得ない俺の答えに、舞花は首を傾げながらも頷いてくれた。
「その、いままで迷惑かけてゴメンな。俺、これから頑張るからさ。あらためてよろしく頼む」
「なによ、それ……!」
舞花は歩くのを止め、俯いてしまった。
「舞花……?」
心配になった俺は立ち止まり、その顔を見ようとしたが、
「バカ!」
突然伸びてきた舞花の拳に殴られてしまった。
「バカバカバカバカバカバカバカ、このバカ!!」
そのままポカポカと何度も殴られる。力は全然入っていないので痛くはなかった。
「あたしが、いままで、どれだけ、心配したと、思って……!」
その途切れ途切れの声を聴いて分かった。舞花は泣いているんだ。
「ごめん」
謝らねばならないと思った。これまでどれだけ迷惑をかけてきたかは俺自身が一番知っているのだ。無気力ぶって何にも向き合わずにいた俺をずっと支えてれたのは舞花なのだから。
「謝んな、大バカ!!」
またしても拳が飛んでくる。今度はちょっとだけ痛かった。
「あたし、あたしはいま嬉しいんだから、謝んな!!」
やっとこっちを向いてくれた舞花の顔は、泣きながらも笑った表情をしていた。
きっとさっきの俺もこんな表情だったのだろう。
「……ありがと」
謝罪ではなく、感謝の言葉が自然とこぼれた。
「これまでホントにありがと。それにきっと、これからもありがと、かな?」
そうして2人で笑った。
夕日が少し傾き始めていた。
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