X-1 この奇妙な出来事について

「そうだね、どこから説明しようか」

辺りは真っ暗な中、俺と有希人の周りだけスポットライトで照らしたように妙に明るい。そんな奇妙な空間で有希人による講習会が始まった。

「うん。端的に言っちゃおうか。秀クン、君は――より正確に言えば君の意識は、時間をループしているんだよ」

「……?」

 驚くでも呆れるでもなく、俺は黙ったままアホみたいに呆けた面になっていた。あまりにもサラっと伝えられたその言葉をすぐには理解できなかったからだ。

「ループ。繰り返し。タイムリープ。言い方は色々あるね。でも、それらは現象としては全部同じなんだ」

 理解が追い付かない俺を尻目に有希人は講釈を続けていく。

「その現象は意識の逆行。ある時間軸の意識が肉体から分離し、過去の特定の時間軸の肉体に戻る。そういった意識のみが時間を逆行するループ現象なんだ」

 有希人はそこで言葉を切った。「分ったかい?」とでも言いたそうな顔をして。

「……いや、まるで分らないが? もっと分かりやすく説明してくれ」

「そう? じゃ、こう言えば伝わるかな?」

 眉間に皺を寄せる俺に、有希人は三本立てた指を向けて、

「三日間の未来の記憶」

 そう言った。

「……!」

 思わずハッとした。そうかあれは――。

「分かってくれたかい?」

「あぁ、何となく分かってきたかもしれない」

 有希人の説明から分かる言葉を抜き出して、改めて考えてみる。

(ループ。繰り返し。過去に戻る。それに、三日間の未来の記憶)

つまり、

「俺の意識は10月7日から過去の5日に戻って、三日間を繰り返してる、ってことか?」

「お見事! そのとおりだよ」

有希人は嬉しそうに笑う。まるで出来の良い生徒を褒める教師のようだ。

「……いや、でも待ってくれ」

その表情にすっかり納得してしまいそうになったが、新たな疑問も生まれる。

「なんでそんなことが起こってるんだ? それにお前はなんでそんなことを知ってるんだ?」

どんな現象が起こっているのかは何となく理解できた。しかし、なぜこんな現象の原因と、有希人がそれに詳しい理由はまだ理解の及ばないことだ。

「お、一気に来たね。じゃ、一つずつ答えていこうか。」

 有希人は笑ったまま俺の疑問を受け止めた。まるでそう聞かれるのが分かっていたかのようだ。

「まずどうして『意識の逆行』なんてのが起きるのか。それはね、秀クン、」

 有希人はまっすぐ俺を指さした。

「君が超能力者だからさ!」

「……はぁ?」

 思わず間抜けな声が出た。何を言ってるんだコイツは。

「あぁ、そんな怪訝そうな顔しないで。『不思議なことが起こったのは超能力のおかげ』。そう考えればそんなに変な話でもないでしょ?」

 ……そう言われれば納得できない理屈ではないのかも知れない。だがさすがに荒唐無稽すぎる話だ。

「納得できないならもっと具体的に説明する? 実は人間の脳の9割が通常では活動してないんだ。そのブラックボックスの中から普通の人間には備わっていない能力を引き出すのが――」

「悪い。分かった。納得するよ」

「そうかい? ならいいけど」

 俺はつらつらと語り始めた有希人の言葉を遮った。また頭の痛くなるような話をされては堪らない。とりあえず納得して受け入れることにしよう。

「さて、次の疑問だけど……、」

もう一つの疑問は「有希人がなぜそんなことを知っているか」だ。

「簡単に言ってしまえば、『知っているから知っている』ってだけだね」

 今度は声すら出なかった。コイツは最初から分かるように説明するとかできないのだろうか。

「……つまり?」

 俺はより分かりやすい解説を求めた。短い言葉でも有希人はその意思を察してくれたようだが、

「ごめん、これについての説明は難しいんだ」

 申し訳なそうに謝るのみだった。

「なにせこの事についてボクも全てを理解して把握してるわけじゃないんだ。ボクはこうした不思議な事象を認知する“観測者”で、“観測者”にはそういった事象への最低限の知識は与えられる。でも逆にその最低限以上のことは分からないんだ」

 また分からない話になってきた。だが有希人も分からないと言っているのだ。これ以上つっこんで聞いても意味はないだろう。

「正直、何の話かさっぱり分からないけど納得することにするよ。『お前にも俺にも不思議な力が備わってた』。これでいいんだな?」

「そうだね。ものすごく簡単に言えばそれが一番分かりやすいと思う」

俺の言葉に有希人が頷いた。

言ってしまえば、この空間こそ不思議な事象なのだ。そこの俺と有希人がいるのは不思議な力を持っているから。そう納得してしまうのが一番分かりやすいだろう。


「じゃあ大体は理解できたみたいだし、本題に入ろうか」

「本題?」

「そう本題」

 首を傾げる俺に有希人は一つ頷いてみせた。

「ここまではあくまで事前説明さ。秀クン、本当に重要になる話題は1つだけ」

有希人は人差し指を立て数を示し、そしてそのまま俺を指さした。

「君は一体なぜ逆行を繰り返しているんだい?」

 ――逆行の理由。確かにそれが分からなければこの不思議な事象は解決しない。だが、俺にはそれ以上に引っ掛かる言葉があった。

「逆行を<<繰り返している>>?」

「そう、キミは逆行を何度も繰り返しているんだよ」

「……」

 俺は一瞬言葉を失った。自分が何回も不思議な力を使っているとは思いもしなかった。

「記憶の引継ぎが発生したのが前回が初めてだったみたいだから気付いていないのだろうけど、僕は君の逆行を7回観測している。つまりキミはこれまで8回も10月5日から7日の三日間を過ごしているんだ」

「……そんなに?」

 そう返すのが精いっぱいだった。自分の覚えていないところでそんなにも逆行を行っていたという困惑する思いと、有希人が言うからにはそれは正しいのだろうと受け入れようとする思いがぶつかりあって、俺の頭は真っ白になってしまった。

「いいかい秀クン」

 そんな俺の内面を察したのか、有希人は真剣な顔でしっかり目を見て言葉を続ける。

「キミが混乱するのも分かる。ボクだって知らいないところでよく分からない力を何度も使っていたんだって知ったら、きっと同じくらい混乱してた」

 有希人のまっすぐな視線と言葉が少しずつ俺の心を静めていく。

「でもね、秀クン。大事なのは逆行をこれで終わらせることだ。いつまでもこの3日間に囚われていてはいけないんだ」

その言葉は2つの思いのぶつかり合いで動きを止めてしまっていた俺の思考に強く突き刺さり、再び回りだす原動力となった。

(「大切なのは『どうしてこうなってしまったか』ではない。『これからどうしていくか』だ」)

 かつて教えられた言葉をふと思い出した。もうとっくに記憶の奥の奥に封じてしまっていたはずのその言葉は、それでも一気に記憶の海から顔を出し、俺の心を落ち着かせた。

「――――」

 息を吸って肩に力をグッと入れ、吐くと同時にストンと抜く。かつてよく使っていたリラックス法で体にかかっていた余分な力を抜く。

「悪い、有希人。混乱しちまった」

「いいよ。きっとボクでもそうなった」

 俺の醜態を笑顔ひとつで流す有希人を見て、俺は完全に元の調子を取り戻していた。

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