2(8)-2 繰り返しの日常

 ピピピピピピ!

 この日の朝も俺は騒がしい電子音で目覚めた。

 俺は緩慢な動きでアラームを止める。携帯電話のディスプレイには初期設定のままのホーム画面とともに、

『10/6 Wed. 07:01』

と表示されていた。

「はぁ……」

 思わず溜息がでる。実は昨日のことが 『正夢を見た夢』であったことを少し期待していた。俺としてはここまで残念なことはない。なんせまだ俺は過ごしたはずの無い三日間の記憶が残っているのだ。

 だが、そうと分かれば少し開き直ることができた。俺が持っている記憶は10月7日までだ。明日が終わればその先の記憶は無い。つまり、今日と明日の2日間さえ過ぎれば俺は元の生活に戻れるのだ。

 そんなことを考えているうちに数分が経っていた。そろそろ舞花が起こしに来る頃だが……

(あ、そうか。今日は舞花が起こしに来ないんだったな。)

 もちろん俺の記憶が正しければの話だが。

 俺は制服に着替え始めた。


「ふぁぁぁ~~~」

「ちょっと、はしたないわね。あくびするんなら口、隠しなさいよ」

「はいはい」

 朝の通学路、俺は舞花に注意されながらも考え続けていた。その内容はもちろん俺の不可思議な状況について。

 今朝の二林家のリビングには俺の記憶にある10月6日と同じく、特に寝坊したようでもない舞花が座っていた。食卓に置いてあったトーストも少し冷めていたし、その食感までも記憶どおりに再現されていた。

 やはり奇妙だ。この現象が明日の夕方というゴールまで続くのかと思うと少し憂鬱でもあった。とはいえどうやって対処していのかも分からない。そもそもこの現象に原因や対処法なんて存在しているのか。

 そうやって出口のない思考に嵌りそうになったところで、

「ねえ、秀?」

 隣を歩く舞花が声をかけてきた。

「何かあったの?」

 思わず息を飲んだ。舞花には俺が悩みを抱えていることなどお見通しだったのだろう。ずっと一緒にいた幼馴染だからこその技だ。

「……何かって、なんだよ?」

 なんとなく今の状況を知られたくなくて、舞花の方に振り向くこともせずに俺はぶっきらぼうに答えた。

「それは……分からないけど」

 舞花はそこで一旦言葉を切った。その視線が俺の顔に向かっているのを何となく察した。

「そんな真剣な表情の秀、久しぶりに見たから。それこそ陸上を――」

 その言葉に俺は思わず舞花の方に振り向いた。

「あ、ごめん……」

 振り向いた俺の顔を見て舞花は俯いて押し黙ってしまった。その理由は自分でも分かる。俺は無意識に、本当にそうしようとは思わずに舞花を睨みつけてしまっていたのだ。

「別に、いまさら……」

 俺は小さくそう呟いて視線を舞花から外した。

 俺たちの間には気まずい沈黙が流れ、言葉を交わすことなく歩き続けた。

 ふと数学の課題をやらずにいたことを思い出した。

 でもそんなことはもうどうでもいいと思った。


  ※※※※※※※※※※


 昼休みには俺と舞花の気まずい雰囲気も解消されていた。弁当を持ってきた舞花は暴走して、俺がそれを抑えた。それも記憶どおりだった。

 そして時間は過ぎ放課後になる。今日は舞花と帰り道を歩く。でも会話の内容は記憶の一緒ではない。それよりももっと多くのことを話した。内容は他愛のないものだったが色んなことを話した。なぜそうしたかったのかは分からない。朝の気まずくなった時間を取り戻したかったのかもしれない。

 途中で何かを忘れている気がしたが、そのまま舞花と一緒に二林家に帰宅した。

「ただいま」

 二人でほぼ同時に言う。

「おかえりなさい」

 おばさんがリビングから顔を出す。明日からの旅行の準備で忙しそうだった。

「うん、ただいま」

 舞花はもう一度同じ言葉で返した。そして俺たちはそれぞれの自室に向かった。

 俺は部屋に着くとコンポに電源を入れた。今日発売された好きなバンドの新アルバムを聴こうとしたためだ。しかし、鞄からCDを取り出そうとしたところで手が止まる。

(あれ? 発売日って今日じゃなかったっけ? 俺、買って来たっけ?)

買ってきた記憶はある。だがいくら鞄の中を調べても見つからない。そこで気付いた。

(あの買った記憶は実際のじゃねぇ!)

 そう、俺がCDを買った記憶は俺の中になぜかある三日分の記憶の方のだ。鞄の中どころかこの部屋のどこにも新アルバムがあるわけが無い。

「くっそー!」

 俺はひとしきり悔しがった後ベッドに寝転がった。特にやることも無いからゴロゴロとしていた。

 数十分ほどそのままうとうとしていると階下――たぶんこの部屋の直下にあるダイニングから何か声が聞こえてきた。

(話し声? でも何を言ってるかまでは分からないな)

 どうやら話しているのは舞花とその両親のようだ。そういえば『前回』もこの時間は三人でなにやら話をしていたはずだ。

 聞き耳を立てるのもよくないだろう。俺は夕飯までひと眠りすることにした。

 それから一時間半ほどすると階下から、

「秀、ご飯よ!」

 という舞花の元気な声が聞こえてきた。

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