2(8)-1 (RE)Start point / Rooftop
屋上に風が吹いた。
(……屋上?)
風に乗ってきた寒さが俺の眠気を拭い去る。
(……おかしい)
だが抱いた感想は「前回」と違った。
そのはずだ。俺は確かに一度学校から出たはずだ。それなのに学校のなぜか屋上にいる。しかも同じようなことが一昨日あった。
(……おかしい)
正直、それしか感想が浮かばない。とりあえず状況を確認した方がいいだろう。
起き上がろうとしたら、何かが手にぶつかった。何かと思い持ち上げてみると俺のスマホだった。その見慣れた無機質なディスプレイには、
『10/5 Tues. 16:42』
と表示されていた。
「は?」
思わず声が出た。
なんでだ? 昼休みには『10/7』と表示されていたはずだ。
なんで日付が二日も前になっているんだ?
そもそもなんで俺は屋上にいる?
一度帰ったんじゃなかったのか?
考えても分からないことだらけだった。
(もしかしたら一度帰った後、もう一度学校に来たのか?)
だが、それでは説明できないことも多い。一度帰ってから学校に来れば日は沈んでいるはずなのに空はまだ紅い。きっとこれから日が沈むところだ。
携帯の時刻表示も説明できない。もしかして故障か?
(だけど、もし俺が再び学校に来たのなら何か理由があるはずだ)
俺は学校からの帰り道のことを思いだそうとして――
(へ?)
思い出せない。住宅街の十字路で悪態を吐いたことまでは覚えている。だがその後のことを思い出そうとすると優しく、しかし強い力で押し返される。そんな感覚だ。
混乱しながらも思考を巡らせていると、唐突に屋上の扉が開いた。
「こんな所にいたの! 授業サボって何やってたの?」
扉の向こう側に立ったスリムでロングヘアの少女――舞花が問いかけてきた。そういえば前もこのくらいのタイミングで舞花がやって来た気がする。
「舞花か?」
俺の呟きに舞花が答える。
「その通りよ! サボってたあんたをわざわざ探しに来るお人好しはあたしくらいよ!」
「そうか。それはありがたい」
少し怒り気味だが、舞花がここに来てくれてちょうど良かった。状況の確認ができる。
「ところで一つ質問いいか?」
「なによ?」
「今日って何月の何日?」
これを訊けば、とりあえずおかしいのが俺なのかスマホなのか分かる。
「は? なによ、それ? ふざけてんの?」
怪訝そうな顔で舞花が答える。なにかの悪戯かとでも勘繰っているのだろう。
「そうじゃない。悪いが答えてくれ」
「仕方ないわね」
舞花は渋々といった感じで制服のポケットから自分のスマホを取り出して一瞥する。
「えぇと、今日は10月5日。火曜日よ」
思考が完全に一時停止する。
「そうか……」
だが、これで考えられる状況は3つになった。
一つ目、俺と舞花の携帯電話がともに壊れている場合。
二つ目、舞花が嘘を吐いている場合。
三つ目、携帯電話は壊れておらず、舞花も嘘を吐いていない場合。
一つ目と二つ目だった場合、今日は十月七日のはずだ。だが、几帳面で真面目な舞花が携帯電話の故障に気付かなかったり、嘘を吐いたりする確率はかなり低いだろう。それではどうしても三つ目である可能性が濃厚になってしまう。そしてもし三つ目だった場合の今日の日付は――
「って、そうじゃなくて、あんたは一体午後の授業サボってなにやってたのよ?」
舞花が話を最初に戻す。ここで無視すれば後が怖い。俺はとりあえず思考を中断した。
「ぼうっとしてただけ。悪いか?」
「悪いかって……。当たり前でしょ! ―――」
そこからは俺の記憶と同じ会話が続いた。
廊下で舞花が真っ赤になるところまできっちり記憶通りに再現された。
※※※※※※※※※※
下駄箱で舞花と分かれたあと、俺は図書室へ向かう。このとき俺は一つの仮定に行き着いていた。
「うぃ~す」
俺はやる気のない挨拶とともに図書室に入る。
「相変わらずやる気がないね、秀クン」
その返したのはカウンターの中にいる、銀髪の小柄な少年――有希人だった。
「悪かったな。……悪いが一つ質問。今日って何月の何日だ?」
「……今回は連続してるのか」
俺の問いに対して有希人が神妙な顔でなにやら小声で呟いた。
「え……? いま何て?」
「あ、いや、気にしないでいいよ。それで今日の日付は……」
聞き返してみたものの、有希人はすぐにいつもの表情に戻りはぐらかされてしまった。
不思議そうな顔をしているであろう俺をよそに、有希人はカウンターに置かれた卓上カレンダーを確認する。
「10月の5日。これでOK?」
「あぁ、大丈夫だ」
「そう」
俺はカウンターの中に入りながら思考を再開する。さっきの有希人の妙な態度は一旦保留だ。
これで仮説がほぼ確実に証明された。今日は『10月5日』で間違いない。たとえ俺と舞花のスマホが両方壊れていたとしても、有希人はカレンダーで確認した。そこに間違いはないだろう。そして、その有希人が図書室の当番を担当する日であることも証明の一つだ。
それでもまだ疑問は残る。俺の記憶だ。俺には10月5日から10月7日までの記憶がある。ただし、7日の夕方以降の記憶がかなり曖昧になっている。一体これは何なのだろうか。
ふと隣を見ると有希人が分厚い本を読んでいる。俺の記憶の中の10月5日と同じ本だ。確か『物理学辞典 第四版』だったはずだ。
(専門書とかを読み漁ってるこいつなら……)
そう思った俺は有希人に疑問を投げかけてみる。
「なぁ、有希人」
「なに?」
「あ~……」
自分の中の感覚をどうやって説明しようか悩んだが、俺は結局ありのままに話すことにした。
「もう過ごしたことのある日がまた繰り替えされる、みたいな感覚になるってことありえるのか?」
「う~ん。言いたいこといまいち分かんないけど、多分それって既知感――いわゆるデジャヴか正夢か、その手の類じゃない?」
既知感と正夢。どちらも聞いたことがある言葉だ。
「そうか。ありがとな」
「でもどうしたの? いきなりそんなこと言い出して? もしかして今の秀クンは絶賛その状態中?」
俺は少し迷ったあと、有希人になら話しても良いような気がしてきた。
「……あぁ。認めたくはないがな。」
「ホント?」
「本当だ。何か知らんが七日の夕方までの記憶がある」
「え、ウソ! 教えてよ!」
「やだね」
「そこをなんとか!」
「無理だって」
結局、俺と有希人はそんなくだらないやり取りを図書委員とは思えない騒がしさで下校時間まで続けた。
いつもの帰り道。いつもの住宅街。代わり映えのしないいつものままの日常。その中に入り込んだ異常。それは白い紙に一滴だけ落としたインクのように目立っていた。
(既知感や正夢。もしくはその類型)
有希人に言われたことを反芻する。
既知感とは読んで字の如く、既に知っているように感じること。
正夢とは夢に見たことが現実になること。
今の俺の状態はどちらかといえば正夢に近いと思う。俺が持っている10月5日から7日までの記憶は、きっと午後に屋上で寝ていたときに見た夢なのだろう。ただあそこまでリアルな夢だと正夢ではなく予知夢に近いと思うのだが……。
そんなことを考えていたらいつの間にかもう住宅街まで帰り着いていた。記憶と同じ電灯がチカチカしている。なぜかそのことがおかしく俺は薄く笑いながらその角を曲がった。そしてそのまま隣の二林家の玄関を開ける。
「ただいま」
相変わらずこの言葉には慣れなかった。
柄にも無く色々なことを考えたせいで俺はとても疲れていた。今日はきっとベッドに入ってすぐ眠れるだろう。
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