1(7)-6 End point / Shutdown
『10/7 Thu. 12:26』
相変わらず無機質なディスプレイには、やはり相変わらず現在時刻が表示されていた。
「サボってないでサッサと仕事しようよ」
隣から有希人の声が聞こえる。時刻の確認をしていたら作業をサボっているように見えたらしい。
昼休み。俺は図書委員の仕事として書庫の整理に来ていた。今日も有希人との二人での作業だ。
書庫といってもそんなに大層なものがあるわけでもない。図書室の隣にある小さな空き教室に本が乱雑に置かれているだけだ。
「かったりぃ」
「秀クン、それ作業始めてから15回も言ってるよ。大体1分に1回くらいのペースだね」
俺の何気ない一言を有希人は律儀に数えているようだ。
「仕方ないだろ。かったるいのは事実だし」
「それもそうだよね。第一さ、こんな数の本を全部この教室の本棚に納めようって考え自体に間違いがあるんだよ」
確かにその通りだ。この教室は全体に所狭しと大きな本棚が並んでいる。その間は人一人くらいという詰め込み加減だ。それでもかなり多いのだが、この教室にある本の数はたぶん――いやほぼ確実にその許容量を超えている。全部を本棚に納めよう事は不可能だ。
「それにしても、何でこんなにたくさん本があるんだろうね?」
有希人が問いかけてくる。
「知るかよ。学園長が読書好きとかそんなとこじゃね?」
「アハハ。それは面白いや」
有希人が笑いながら答える。
それからしばらく無言の作業が続いた。
「でさ、秀クン。二林サンとなんかあったの?」
隣に立った有希人が床に置いてあった本を拾いながら唐突に問いかけてくる。
「なんかってなんだよ?」
俺は本を二冊まとめて本棚に突っ込みながら聞き返す。
「それが分かってたらこんなこと訊かないよ」
有希人が持っていた本を棚に入れる。
「だったら何でそんなことを訊いたたんだよ」
俺は本を拾い上げる。
「いや、昨日二林サンを見かけたとき、ごほごほ、なんかフインキ違ったからさ、ごほごほ」
有希人は埃を吸って咽ている。
「それは俺も思ってたんだが、原因は分からん。……悪いがこの本そっちの棚に入れてくれないか?」
俺は本を手渡す。
「あいよ。……そっか。なら良いんだけどね」
有希人は本を受け取り棚に入れる。
「前から気になってたんだが、何でお前は舞花のこと知ってんだ?」
俺は手に付いた埃を払う。
「ん? あぁ、選択授業が同じなんだよ。それでね」
有希人は拾った本の背表紙を眺めている。
「へぇ~」
俺のこの一言を最後に会話は途切れ、無言での作業が再開される。
チャイムの音が聞こえる。授業開始五分前の予鈴だ。
「お疲れ様……って言いたいんだけどまだ残ってるから放課後もヨロシク」
分かりきっていたことだが昼休みだけでは書庫の整理は終わらなかった。
「かったりぃ」
「それは肯定と捉えていいよね」
「別にどっちでも」
そんなことを話しながら俺たちは別々にそれぞれの教室へと歩き出した。
※※※※※※※※※※
放課後の作業は思ったより早く終わった。この日の図書室当番の委員が手伝ってくれたからだ。
「ありざーした」
俺は手伝ってくれた先輩にお礼を言う。思わず運動部風の挨拶になったのはきっと昔の癖だ。
「いやいや。それより早く帰ったほうが良いよ。最近は日の沈みが早いから」
「はい、分かりました。じゃ、お先です」
そう答えて俺と有希人は帰り支度を始めた。
「じゃ、秀クン。ボクはこっちだから」
校門を出てすぐに有希人が俺の家とは反対の方を指差しながら言う。
「あぁ、またな」
「またと言っても明日なんだけどね」
「へ?」
「明日はボクらが図書室当番」
すっかり忘れていた。
「かったりぃ」
「そう言わない」
「はぁ~」
一通り話が済んだところで有希人は珍しく真面目な顔をする。
「二林サンのことなんだけどさ、何か分かんないにしても、何かがあったのは確かだと思うから、良かったら話を聞いてあげてよ、秀クン」
「あぁ、分かってるよ」
俺も真剣な顔で返す。ここ最近の舞花の様子がおかしいのは確かだ。
「うん、分かった。頑張ってね。もし二林サンを泣かせたらボクが許さないからね」
前半は真面目に、しかし後半はふざけながら有希人は答える。
「ははは。そりゃ舞花を泣かせるわけにはいかないな」
俺もふざけ気味に返す。
「その通り。……じゃ、また明日」
「おうよ」
挨拶を交し合いながら俺と有希人は別れた。
住宅街に着いたとき、まだ辺りは赤く染まったままだった。そういえば日が落ちきる前に家に着いたのは久しぶりの気がする。とは言っても俺は日が落ちてから帰ることの方が珍しい。ここ二日間の方が特殊だった。たしか三日前は――
(あれ?)
おかしい。なぜか三日前のことが思い出せない。自慢じゃないが俺の記憶力はいい方だ。
(……もしかしたら、俺は三日前のことも思い出せないほど無気力に生活していたのかもな)
考え続けたらそんな結論にたどり着いた。さすがにそこまで行くと嫌になるので、今度からは少し生活を見直そう。
住宅街の中に入った。いつもと変わらない帰り道。十字路の街灯がまた点滅をしているのが遠目に分かった。
「早く替えろよ」
誰にともなく悪態を吐く。答える人は誰もいなかった。この時間帯にしては珍しく、人通りが全くなかった。少し不気味だったが、俺はそんな考えをすぐに振り払って、そのままいつもの十字路を曲がった。
そのとき俺はようやく気付いた――
道路に漂う異臭に――
それは吐き気を誘うような焦げた鉄の臭いで――
※※※思考にノイズがかかり始める※※※
これはなんだ?
これは××なのか?
これは××?
分からない。
判からない。
解からない。
わからない。
ワカラナイ。
思考が続かない。
感覚が機能しない。
まるで脳と心が繋がっていないようだ。
なぜか俺は××を見下ろしていた。
黒い、×が、見える。
白い、×が、見える。
紅い、×が、たくさん、たくさん、見える。
そのすべてに見覚えがある。
多分、きっと、もしかしたら、これは××××××
頭が、痛い。
目が、痛い。
鼻が、痛い。
全身が、痛い。
なぜ、なんだ?
なぜ、××が、そこで倒れている?
なぜ、その×が、ぐちゃぐちゃになっている?
なぜ、その×が、めちゃくちゃになっている?
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ?
何故、何故、何故、何故、何故、何故?
ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ?
なぜ、何故、ナゼ、××が××××××××××××××××××××××
俺の思考はそこで途切れる
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