1(7)-4 彼女との日常 Ⅱ
その日の放課後。俺は委員会が無かったので舞花と一緒に家に帰ることになった。
そろそろ夕日が沈み始めて辺りは紅く染まっている。
「ふぁぁぁ~~~」
朝とおなじく大きく伸びをしながら、これまた大きくあくびをする。やはり、舞花からの叱責はない。
「どうしたんだ?」
俺は隣を歩く舞花にたずねる。
「へ? どうしたって?」
舞花が不思議そうな顔をする。
「いや、お前が朝からちょっと様子がおかしいみたいだから、少し気になってさ……?」
「別におかしくなんかないわよ。あたしは普段通りだわ」
「そんなことはねぇよ。お前今日は普段ならやらないことをいくつもやってるぞ」
「そんなことないわよ」
「いや、そうでも――」
「いいの! あたしが大丈夫だって言ってるんだから大丈夫よ!」
いきなり怒られた。普段の舞花はこの程度では怒らないはずだ。やはりおかしい。
だが本人がこう言ってるのだ。これ以上怒られるのも嫌なので、この話はもうしないようにしよう。
「まぁ、それならいいよ。何かあったら話を聞くだけならするぞ」
「……せめて『相談に乗ってやる』くらいは言いなさいよ」
「それは面倒」
「はぁ……」
舞花は呆れているようだった。
それから雑談をしながら通学路である商店街に差し掛かったとき、俺はふとあることを思い出した。
「舞花、悪いが先に帰っててくれないか? 俺ちょっとCD買ってから帰るから」
今日は俺の好きなバンドのアルバムの発売日なのだ。
「登下校中の買い物は禁止よ」
「そんな校則守ってる奴の方が少ない」
「そういう問題じゃないわよ」
たしなめるような返答が返ってくる。真面目な舞花はきっとこの校則を守っている少数派の生徒なのだろう。
「そこをどうにか」
俺は隣に向けて手を合わせる。
「はぁ……。分かったわよ。ただし、あんまり遅くならないでよ」
「小学生かよ、俺は。まぁ、晩飯には遅れないようにするよ」
「分かったわ。それにしても、あんたって自分の趣味にはやる気があるのね」
舞花が少し呆れ気味に言う。
「だから趣味って言うんじゃないのか?」
「確かにそうかも。それなら勉強とかも趣味にしてくれると嬉しいのにね」
「それは無理だ」
俺は即答する。
「はぁ……」
舞花はまた呆れているようだった。
いまどきCDなんて、と言われることもあるが、なんでも電子版ではなく実物で揃えたがる親父の信条が移ってしまったのだ。そのおかげでCD屋の店主にも最近では珍しい学生服の客として顔を覚えられ、今日も目的のCD以外にもオススメをいくつか紹介された。
そうこうしている内に太陽は完全に沈み、代わりに月が昇り始めていた。
(この時期はもう日が沈むのが早いんだよな)
また知っている事の確認。最近これが多いような気がする。
住宅街の中をそんなことを考えながら歩く。昨日と同じ街灯が、またチカチカと点滅していた。
二林家に帰り着き、玄関を開ける。
「ただいま」
やはりまだ慣れないこの言葉で帰宅を告げる。だが、珍しいことに家の中からの返事は無かった。どうしたのかと思いリビングを覗く。そこには舞花とその両親の姿があった。
(よかった。特に何にも無いみたいだ)
俺は安堵した。
しかしリビングの三人は真剣な顔で何かを話している。もしかしたら二林家での重要な話なのかもしれない。だとしたら、いくら家族ぐるみで付き合いのある俺でも話に加わるのは良くないだろう。
俺はこの家での部屋として与えられた客間に入り、買ったばかりのCDをコンポからヘッドフォンを繋いで大音量で聞き始めた。
いくら呼んでも反応しない俺に対して、怒りの形相を浮かべた舞花がヘッドフォンを強制的に外したのは、それから一時間程した後だった。
※※※※※※※※※※
朝は必ずやってくる。そしてそれはとても面倒だ。別に今始まった事ではないがそれでも嫌だ。だが朝が来ることが嫌なのか、その事を面倒くさく思うのが嫌なのか、どちらだか分からない。できれば前者じゃない方がいいとは思う。
そんなどうでもいいことを考えながら俺は珍しく目覚ましのアラームより早く目を覚ました。半身を起こし何気なく部屋を見回す。そして乱雑に教科書やノートが積み上げられた机。その前に置かれた椅子の所で視線が止まる。
なぜかそこには制服姿の舞花が座っていた。
状況が分からない。いや、状況は分かる。制服を着た舞花が俺の使っている部屋の椅子に座っている。単純で明解だ。分からないのはなぜこの状況になったかという理由だ。
「おはよ、秀」
舞花が何事も無いように微笑みながら話しかけてくる。俺は疑問を最も単純にして口にした。
「……何してんだ?」
「何してるって?」
「なんでお前が朝早くにこの部屋の椅子に座ってるんだ?」
今度は疑問をしっかりと口にする。
「えぇと、ちょっと秀を驚かせようとしてさ」
……本当にそれだけだろうか。普段の舞花はこんなことはしない。部屋に入る時だってしっかりノックしてから入る。しかも俺の見間違いでなければ、舞花の頬には涙の跡があるようにも見える。何かあったのかもしれない。だがそれを聞く前に舞花は、
「じゃ、リビングに朝ご飯あるから早く着替えて食べに来なさいよ」
と言い残して部屋を出て行った。
一体なんだったのだろう。
俺は疑問を感じながら着替えを始めた。
朝の通学路。いつもと同じはずなのに何かが違う。そして俺はその違和感に気付き始めていた。
「でね、そしたら何って言ったと思う? ……って聞いてんの?」
「ん? 悪い、聞いてない」
舞花が話を続ける。だが、俺はあまりその話に集中できない。
違和感の正体それは舞花だ。なにが違うか分かるわけではない。ただ、いつもと何かが違う。
纏っている雰囲気が変わっているような気がする。表情の変化が異なっているような気がする。小さな仕草が違う気がする。
全て気のせいにできるくらいの小さな違い。だが今の舞花はその小さな違いが多すぎる。朝のこともある。もしかしたら本当に何かあったのかもしれない。
「………う?……しゅう?…秀? お~い、大丈夫?」
気が付くと目の前で白い綺麗な手が振られていた。舞花の手だ。
「ん?あぁ、悪いな。で何の話だっけ?」
「大丈夫、秀? 今日の秀なんだかおかしいよ。」
「あぁ、悪いな、まだ眠いんだ」
「また遅くまで起きてたんでしょ。しっかり寝ないとだめよ」
「今度から気をつけるよ」
「ならいいわ。それでね――」
おかしいのはお前の方だぞ――とは言えなかった。なぜか言ってはいけない気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます