1(7)-3 彼女との日常 Ⅰ
ピピピピピピ!
俺の朝は喧しい電子音で始まる。
『10/6 Wed. 07:01』
目覚まし時計代わりに使っているスマホの無機質なディスプレイには今の時刻が表示されている。俺はまどろんだ頭で眠い体を動かしてアラームを止める。
(かったりぃなぁ)
俺の朝はこんな感じに始まる。朝が面倒なのはいつものことだ。もう慣れてしまっている。
だが、最近はそれだけではない。そろそろ舞花が激しいノックと共に、
「さっさと起きなさいよ!」
とか、叫んでくるのだが――
(……あれ、おかしいな)
俺はもう一度携帯のディスプレイを見る。
『10/6 Wed. 07:05』
考え事をしている間に4分が過ぎた。いつもだったら舞花が叩き起こしに来る時間だ。
(……まぁ、いいか。舞花だってたまには寝坊ぐらいするだろ)
そう考えると俺は壁に掛かっている制服に袖を通し始めた。
着替え終わってリビングに顔を出すと、舞花は制服を着てそこにいた。寝坊したようではない。
「あ、おはよ」
舞花が俺に向かって挨拶をしてきた。
「どうしたんだ?」
俺は率直な疑問を尋ねる。
「へ?」
舞花が不思議そうな顔をする。
「いや、いつもだったら朝から騒がしいくらいにテンション高いのに、今日はかなり大人しいからさ」
「ねぇ、秀。一度ゆっくり話し合いたいことあるんだけど……!」
舞花が満面の、しかし目に確実な怒りが宿った笑みを浮かべる。
「遠慮しとくよ」
俺はこれ以上墓穴を掘らないようにした。
だが、こんなくだらない言い合い出来るのなら、こいつの調子は大丈夫だろう。
「それよか、あんた、さっさとご飯食べなさいよ。もうあんまり余裕ないんだから」
そんなこと無い、お前が早すぎるだけだ――と、思いはしたが言わないことにした。キレたときの舞花はかなり恐い。キレかけている今は下手なことを言って起爆させないに限る。
俺はリビングのテーブルにつくと用意されていたトーストをかじる。
それは少し冷めてしまっていた。
朝の通学路。周りは同じ制服を着た奴ばかりだ。ほとんどが徒歩だが、たまに自転車に乗ってる奴もいる。俺たちも多数派の徒歩通学だ。しかも家から高校まで完全に徒歩のみ。電車通学者が多いこの学園では珍しい。朝もゆっくり起きられる特権階級だ。
「ふぁぁぁ~~~」
未だに眠気が覚めない俺は大きく伸びをしながら、これまた大きくあくびをする。
「ちょっと、はしたないわね。あくびするんなら口、隠しなさいよ」
隣を歩く舞花に注意された。しかし俺はそれを無視して別の問いに移る。
「なぁ、舞花。今日の数学の課題やってきたか?」
言ってから後悔した。こんなことを訊けば、
『なによ、あんた、またやってきてないの? いい加減に家で勉強する習慣つけたらどう?』
と、説教されるだろう。わざわざダイナマイトの導火線に火をつけるような酷いミスだ。説教される覚悟を決めるが――
(あれ、おかしいな)
舞花は何も言ってこない。だが話を聞いていなかったようでもない。
「仕方ないわね。やってきてないならあたしの写していいわよ」
「え?」
「どうしたのよ。いきなり変な声出して……?」
お前がそんなこと言うとは思えなかったからだ――と言いそうになったが、そうすると今度こそ説教されそうだから止めた。
舞花は俺が課題をやり忘れたら最終的には見せてくれる。しかしそこにたどり着くには、かなりの説教を乗り越える必要がある。普段はありえないことが起こっているのだ。
「……まぁ、ありがとう」
素直に感謝の気持ちを伝える。
「別にいいわよ」
舞花が軽く返す。これから説教が始まるわけでもないようだ。
まだ起きてからあまり時間も経っていないが、一つ分かったことがある。
(今日の舞花はおかしい)
※※※※※※※※※※
その日の昼休み。
バコッ!
三限目から寝ていた俺の頭が何かで叩かれる。
「イて」
正直な感想を呟く。
「なら寝るんじゃないわよ。さ、お昼にするわよ」
俺の正面に座った舞花が二つの弁当箱を掲げながら言う。多分さっき俺の頭を叩いたのはこのどちらかだろう。
例によってやる気のない俺は昼を抜くことも多い。ダメだと分かっていても面倒なので仕方が無い。……いや、仕方ないわけでは無いんだが、とにかく面倒なのだ。なぜなら俺のクラスは購買と学食に一番遠いのだ。そこまで行くのは非常に面倒だ。だからといって自分で弁当を作るのも面倒くさい。なので、俺は昼飯を抜くことがよくある。
それを見かねたのか、元々自分の弁当を作っていた舞花が俺の分の弁当まで作ってくれるようになったのだ。
「どっちにする?」
舞花が聞いてくる。両手に一つずつ持った弁当のどちらを食べるかということだろう。
「なんか差はあるのか?」
率直な疑問だ。
「そうね、あたしから見て右がさっきあんたを叩いた方よ」
「あっそ」
特に差は無いようなので俺から見て右側の方を選んだ。
「あんたねぇ……」
どうやら舞花は俺が叩いた方を選ばなかったことにご立腹しているようだ。なぜだかは知らないが。
「別にいいだろ? 中身が変わるわけでもなし」
「……まぁ、いいわ」
舞花は何か言いたそうだったが諦めたらしい。
弁当のフタを開ける。今日も美味そうだった。
実際に美味かった。
舞花は毎日家事を手伝っているので料理の経験も多い。なので常に美味いものを作ってくれる。
「でね、秀。あたしも昨日聞いたばっかりなんだけど、何でも父さんと母さんが明日から泊まりで出かけるらしいの」
舞花が食事中は中断していた会話を再会する。
「そりゃ、また急だな。どうしたんだ?」
「なんでも、前に町内会の福引で当たった旅行券の期限が今週までなんだって。だから明日から二人で二泊三日の温泉旅行に行くらしいわよ」
「へぇ~~」
「感想薄いわね」
「これ以外でどんな反応を返せばいいんだ?」
「よく考えて見みなさいよ。明日から三日間も同じ家に二人きりなんのよ」
その発言で、俺は珍しく舞花に呆れた。
「……お前はもしかすると学習能力が無いのか?」
「はぁ?」
舞花はわけが分からないような顔をしている。俺は周りを見回す。舞花の視線もそれに続く。そして気が付いたようだ。顔を真っ赤にして俯く。
「まぁ、偶然誰も聞いてなかったみたいだけど、聞かれたらおかしな勘違いされるからな」
舞花は昨日に引き続き、誰が聞いているか分からない状況でまるで俺と舞花が同棲しているかのような発言をかました(事実『同居』はしているんだが)。
数秒後、舞花はいきなりガバッと音がしそうな勢いで頭を起こすと、
「う、うっさいわね! ちょ、ちょっとだけミスっただけじゃない! そ、それともなによ、あ、ああ、あんたは、そ、その、あ、あたしと、えっと、ど、どどど、同棲してると思われたいの!」
と、捲くし立てる。すこし慌てているのかカミカミな話し方になっている。
「いや、全く」
軽く返す。
「ななななな、なに言ってんのよ! こ、この変態! へ、変な妄想してんじゃ、な、ないわよ!」
……前言撤回。「すこし」慌てているのではない。「とても」慌てているのだ。どうやらこちらの言っていることも伝わってないらしい。
「いや、してない」
また軽く返す。
「ま、マジ? あああ、あんた、ま、マジで最悪だわ。い、いっそ死んじゃいなさいよ!」
「落ち着けって」
俺は舞花の頭を軽く小突きながらなだめる。さすがにこれ以上いくと面倒だ。
「だだ、だから……って、へ?」
どうやら舞花はやっと落ち着いたようだ。何事かとこちらに注目していたクラスメートたちの視線を浴びて、今度は耳まで真っ赤に机に突っ伏した。
(それにしても……)
舞花が勝手に暴走して自爆するのはいつものことだ。しかし、今日は普段以上に暴走の度合いが激しい。やっぱり今日の舞花はどこかおかしい気がする。
「……バカ」
舞花がなにか呟いた。だが昼休みの終わりを告げるチャイムにかき消され、その声は聞こえなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます