1(7)-1 Start point / Rooftop
屋上に風が吹いた。
風に乗ってきた寒さが俺の眠気を拭い去る。
(十月って意外と寒いもんだな)
そんな当たり前に知っていることを再確認する。
冷たいコンクリートに寝そべったままで一体どれくらいの時間うとうとしていたのだろう。上手く分からなかった。だが、長い時間このままだったことは確実だ。体の各所が硬い床で寝ていた痛みを知らせている。
隣に放置してあるスマートフォンをぼんやりと眺める。
『10/5 Tues. 16:42』
無機質なディスプレイには今日の日付と現在時刻が表示されていた。
帰りのホームルームは終わっているはずの時間だ。ということは――
(午後の授業サボっちまったな)
大切なことだと分かっているはずなのに、俺――
(まぁ、無気力だからな、俺)
一人で納得する。
反動をつけて上体を起こす。今度は手をついて立ち上がる。
こんな簡単な作業でもどこか面倒に感じる。
スマホはポケットにしまい、ゆっくりと屋上の扉に向かって歩き始める。
(さっさと帰ろう。こんな場所に長居する必要はない)
そんなことを考えていると、俺がたどり着くよりも早く、向こう側から扉が開かれた。
「こんな所にいたの! 授業サボって何やってたの!?」
扉の向こう側に立ったロングヘアの少女が、怒った顔で俺に問いかけてきた。
少女はモノトーン制服を――彼女の几帳面な性格の現れだろう――これ以上ないほどきっちり着ていた。シックで上品だと言われて人気のある、この
「ちょっと聞いてるの!? さっさと答えてよ!」
少女が俺に回答を急かす。
「ぼうっとしてただけだよ。悪いか?」
「悪いかって……。当たり前でしょ! あんた午後の授業サボってるのよ!」
「知ってるよ」
「知ってるって……」
少女――
舞花は俺の同い年の幼馴染だ。スラリとした長身。腰くらいまであるストレートの黒髪。鼻筋の整った顔。容姿が優れている上、面倒見も良いので男女関わらず人気があり周囲から頼られている少女だ。
(俺から言わせてもらえば勝気なお節介焼き女だが)
俺と舞花は家が隣同士で、親の仲が良かったため、小さい頃から一緒に遊び、勉強し、育ってきた。高校生になった今ではいつも一緒というわけにはいかないが、それでもやはり一緒に行動している時間は他と比べて多いだろう。
ただ近頃は何事にも無気力で投げやりな俺と、その面倒を見る舞花、と言う状況にもなっているが。
「はぁ……。もう良いわ。さ、帰るわよ」
「なんで一緒に帰るんだよ」
「なんで、って……」
舞花はもう一度ため息を吐いてから言葉をつづけた。
「だって今、一緒の家に住んでるんだし、一緒に帰るでしょ、普通は。そうでなくても今までだって一緒に帰ってたんだし」
……変な意味ではない。別に舞花と同棲しているわけではないし、前から一緒に帰ってたのは家が隣同士だからだ。
俺の親父が先月から遠くに転勤になり、身の回りの世話をするためお袋もそれに付いていった。俺も転校をするほど長期の転勤ではなかったので1人残ることになったが、親父と同じく家事がからっきしの俺が1人暮らしでは不安が残るのもまた事実。そこで両親が戻るまでお隣の二林家でお世話になることになったというわけ。
つまり舞花とは同居の状態なのだ。
「いや、そうじゃなくてな?」
俺は舞花に言葉を返す。たしか今朝も伝えたはずなのだが、
「今日は俺、委員会。委員会のときは一緒に帰らないだろ?」
そういって俺は舞花の提案を断った。
俺の所属する図書委員会では週に2~3回、昼休みと放課後の図書室開放の当番がある。今日の放課後はその当番に当たっているのだ。
舞花は、
「ム…」
と、一瞬だけ不機嫌になったようにも見えたが、すぐに身を翻した。
「あ、そうなの。じゃ、先に帰るから」
「あぁ、じゃーな」
屋上から出て行こうとする舞花を、力なく手をふりながら俺は見送る。そんな姿が視界の端にでも見えたのか、舞花は今度こそ不機嫌な様子を隠さずに振り返った。
「……校門まで送るぐらいの気遣いは出来ないの?」
「じゃ、下駄箱までな」
「……はぁ。まぁ、いいわ」
舞花はまたしても深くため息を吐いた。
夕暮れの校舎を舞花と一緒に歩く。
「そういえば、あんたもう慣れたの?」
急に舞花が問いかけてくる。
「何に?」
「あたしの家の暮らし」
「……お前さ、誰が聞いてるか分かんねぇ場所でよくそんなこと言えるな」
「べ、別に良いじゃないの! そ、そんなことより早く答えなさいよ!」
舞花は赤面していた。たぶんあまり深く考えてなかったのだろう。
「まぁ、舞花の家って小さい頃からよく行ってたから家自体はどんなもんか分かってるし、違いっていえば飯くらいだからな。慣れたか、そうじゃないかで言ったら、まぁ慣れたよ」
「ふ~ん」
「自分で聞いたわりに関心薄いな」
「いや、少し気になることがあったんだけど、あんたがすぐ慣れちゃったんなら
」
舞花が納得したように言う。
「何のことか知らんが、俺が慣れたのは小さい頃からよく通ってたからだぞ」
「それでも別にいいわ」
「あっそ」
会話が途切れる。新しく会話が始まりそうもない。沈黙が続いた。しかし気まずいわけではない。
(小さい頃から一緒だとこんなことも出来るんだよな)
俺はまた知っていることの確認をする。
「じゃ、先に帰るわよ」
無心に歩くうちに下駄箱に着いた。
「あぁ、気をつけろよ」
「あんたこそ委員会、頑張りなさいよ」
「分かってるって」
こうして俺と舞花は別れ、面倒ながらも図書室に向かった。
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