寛政捕物夜話(第八夜・四人心中)

藤英二

四人心中(その1)

はじめに犬が死んだ。

・・・次に、ひとが死んだ。

三ノ輪の浄閑寺に犬の死骸が次々と投げ込まれ、三頭目は半死半生のまま投げ込まれた。

「いくら投げ込み寺でも、犬まではねえ・・・」

浮多郎を呼び出した浄閑寺の住職は大げさに溜息をついた。

吉原女郎が病死すると、ここに投げ込むので、別名「投げ込み寺」と呼ばれている。

「とっくに焼いて墓地の横に埋めてやりました」

「犬の死骸は?」とたずねると、住職はそう答えたが、三頭目の犬はまだ墓地で生きているという。

寺の裏に回ってみると、たしかにぶち犬が濡れ縁の下でぐったりと寝そべっていた。

小僧が見つけたときは、口から泡を吹いて、じぶんの吐しゃ物の中でのたうち回っていたという。

浮多郎は手控え帖に、目の周りに大きな黒い斑点のある顔と、尻から尻尾にかけてやはりぶちになっているめずらしい犬を写生した。

犬殺しの犯人を探索する気など、なかったが・・・。

三日ほどした昼下がり、吉原で女郎が自殺したと聞いて駆けつけた。

吉原左手奥突き当りの九郎助稲荷の松の木で首を吊ったという女郎は、大門を潜ってすぐ右の四郎兵衛会所に横たわっていた。

角町の女郎のお浜と知れたので、楼主と番頭がやってきて面通しは済んだという。

面番所の同心が、角町の高砂屋へ出向いて、遺書や所持品などを取り調べ中だった。

浮多郎は番頭と顔見知りなので、仏さんを拝ませてもらった。

緋縮緬の打掛に、白紬の小袖に黒緞子の帯を締めて小ぎれいななりで、しごきで吊った首に赤紫のうっ血の跡が見えた。

浮多郎は、ちょうど浅草寺の正午の鐘が鳴ったころに首を吊ったと聞いて、お昼のど真ん中のいちばん明るいときに自死するとは、・・・珍しい。

夜中に悩みに悩んで、明け方に自死するのがいちばん多いと、養父の政五郎に聞いていたからだ。

一刻ほどして、特注の簪を納めに来た錺職人の与太が、

「さっき、深川の岡場所を通ったら、大騒ぎで・・・」

どんぐり眼を大きくして言った。

「どうしたい?」

「女郎が喉を突いて自殺したとか」

「死んだのかい?」

「そのようで」

こんな天気のよい、しかも真っ昼間に女郎がふたりも自死するとは、なんという厄日だろう。

・・・たしか、今日は仏滅だったはず。

しかし、自死したのはふたりだけではなかった。

「下谷で夫婦者が心中した」と、岡埜同心の使いの者が浮多郎を呼びに来た。

『いっぺんに四人も!なんという仏滅の日だろう』

浮多郎は、今日の日を呪いながら、下谷めがけて駆け出した。

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