恋を乞う瞳は有限
キラキラ、という形容詞が似合うような。
そんな、憧れと恋慕に満ちた瞳を、目の前の彼女は時折、僕に向けてくる。
目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだ。口を開けばやれ生活がだらしないだの、寝てばっかりでは身体が鈍るなどと五月蝿い彼女だが、そんなことを言う彼女の瞳は、僕に対する憧れと恋慕に彩られて、キラキラと輝いていることが度々あった。
彼女に、そんなキラキラとした瞳を向けられ、慕われるのは悪い気分ではない。なんやかんや言って、自分もそれなりに気をかけている妹のような子なのだ。嫌われるよりは、ずっとずっとマシなんだと思う。
でも、それでも、思ってしまうのだ。
彼女が恋慕を抱くべきなのは、自分ではなく、別の人なんだと。
**
慕ってくれる、憧れてくれる、ただそれだけなら良かった。
こんなにもだらしなくて、部屋にこもって寝てばかりいる自分でも、彼女に怒られてばかりの自分でも、彼女が憧れてくれるのは純粋に嬉しい、と思う。正直、自分のどこに憧れを抱く要素があったのか、疑問に思うこともあるのだが。
だけど、恋慕は違う。
これは、僕に抱くべき感情ではない。彼女と同じ、女性として生を受けた自分に対して、抱くべき感情では、ない。
彼女を包み込んであげられるような背丈もない、彼女を支えられるような力強さもない、そんな僕に対して、抱くものでは、きっとないのだ。
彼女がこの恋慕を抱くべきは、小さくて、非力で、彼女を支えられないようなそんな僕ではなくて、彼女を優しく包み込むように抱きしめて、彼女が倒れそうな時に支えてあげられるような、そんな、素敵な男性であるべきだ。だからこそ、彼女には早く、そういう素敵な男性と出会ってほしいと、願わずにはいられない。
だって早く、気づいて欲しいから。
その恋慕は、きっとただの勘違いであると。恋を知らない君が、初めて抱いた僕に対する憧れを、恋慕と履き違えているだけだと、早く気づいて欲しいから。
そうでないと、僕も苦しいから。
僕に向ける君の瞳から、恋や愛という感情が抜け落ちる日が来るのは、きっと早いほうがいい。
君から僕に向けられる、恋慕を含んだ瞳を失うのが寂しいと、僕が思うようになる前に、どうか。
僕への恋を、諦めてほしい。
諦めてほしい、そう思っている、のに。
**
どさり。と彼女と共に倒れ込んだのは、自室にあるベッドの上だった。
それは、ほんの事故だったはずだ。ベッドの角につまづいて倒れそうになった僕を支えた彼女が、たまたま一緒にベッドに倒れ込んだだけ。
だけど、その体勢がいけなかった。
彼女の身体は、まるで僕を押し倒したかのように僕の上に重なっていて。不覚にも、まるで今から情事を行おうとする恋人のようだなぁ、なんて。思わずそんな考えが過ぎってしまうようなものだったから。
そんな考えが頭を過ぎったのは、彼女も同じだったんだろう。
ごめん、と言って見上げた彼女の瞳は、これまで見たこともないような熱を孕んでいた。
その瞳に、思わず固まってしまう。彼女の熱が伝播してしまったように、なにも考えられなくなっていく。僕を押し倒したまま、はぁ、と吐き出された彼女の吐息は熱くて、その熱に、思考がどろどろと溶けていく心地がした。
だめなのに、彼女を諦めさせなければならないのに。最後にひと握りだけ残った冷静な思考回路が、ただそれだけをぐるぐると考える。
だけど、どれだけ考えても、肝心の彼女を諦めさせる方法が思い浮かばない。
それなら、きっと、こうするしかない。
彼女の熱に溶けそうな思考ではじき出したこの答えが、正しいとは思わないけれど。それでも、こんな瞳を向けてくる彼女の気持ちを、無下にすることはできないと、そう思ったから。
「……いいよ」
務めて落ち着いた声音で、彼女の瞳をしっかり見て、言う。
「僕とこういうこと、したかったんでしょう?だから、いいよ」
君がしたいこと、して?
そう言えば、目の前の彼女は、一瞬驚いたような顔をして。それから一言、ごめんなさい、と。涙とともに震える声で、そう、零したのだった。
**
(うん、いいよ。今だけは許してあげる)
(だけどね、この時間が終わったなら)
(今度こそ、どうか、僕への恋を諦めて)
(その気持ちは、きっと君の勘違いなのだから)
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