あふれたなみだと本音
・過去ワンライ参加作
・お題「あふれてこぼれた」
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まだほんの少し暗い、夜明け前の時間。そんな時間に起きることは、もはや私の習慣となり果てている。
なんでそんな時間に起きるのか、そう言われれは理由は色々とある。朝ご飯の準備をするだとか、お店に出す料理の仕込みをするだとか。
そして、夜が明ける瞬間を見るのが好きだから、とか。
とにかくそのような理由があって、私はいつも、夜明け前に起床することにしているのだ。
だが、今日はいつもと少し勝手が違った。
いつもと同じ時間にピピピ、と鳴った目覚ましの音で、私は目を覚ました。ベッドから身を起こし、身支度を整えようとしてーしかしそれは叶わず、起こそうとした身は再びぽすんとベッドに沈みこむ。
何事だ、と思い自らの腰を見れば、ぎゅっ、と力いっぱい己の腰にしがみついている2本の白い腕。
まだどこかぼんやりしていた私は、一瞬、幽霊にでも抱きつかれているのかと思ってしまったのだが、もちろんそうではない。恐らく、というか間違いなく、一緒に暮らしている恋人の腕だ。
しかしどうしたというのか。いつもは私にくっついていることはあれども、こんなふうに腰に抱きついて寝ていることはなかった。こんな、どこか苦しそうな表情で、私に縋りつくようにして眠っているところなどー
そこで、私は1つの可能性に思い当たり、彼の額にそっと手を添えた。そこから伝わる体温は、酷く、熱い。
(やっぱり…)
発熱している。
大変だ。急いで看病しないとーそう思い、ひとまずベッドから降りようとしたのだが、腰にしがみつく彼の腕がそれを邪魔する。
「…あの、ちょっと離してもらえないかしら?」
なるべく優しい声音でそう言い、腕を優しく叩く。そうすればようやく、彼の指先がピクリ、と動き、薄暗い中でもよく目立つ金色の髪がさらりと流れ、
「……ん…?」
むずがるような声と共に、閉じていた瞳がゆるりと開かれた。熱のせいか、その赤紫色の瞳は潤んでおり、焦点が定まっていない。
「あ、目が覚めた?なら、私ちょっとベッドから降りたいのー」
だから腕を離してくれない?そう続く筈だった言葉は、抱きつく力を強めた腕によって阻まれた。
突然の彼の行動に、私の思考が停止する。
そんなどこか混乱している私をよそに、彼はゆるゆると顔をあげ、その潤んだ瞳が私を映したその瞬間。
「……やだ。どこにもいかないで」
その言葉と共に、ぶわり。彼の赤紫色の瞳から雫があふれ、こぼれた。
「やだ。いやだ。ひとりはいやだから、だからー」
おねがい、どこにもいかないで。
その言葉を聞いた瞬間、私は反射的に、彼の細く小さな身体を抱きしめていた。
元々、子供体温で高めの体温なのに加え、発熱しているおかげで彼の身体はひどく熱い。
それなのに、ひとりは寒い、ひとりは嫌だと無く彼の姿は痛々しくて。そんな彼を見てしまっては、彼のそばを離れることなんて、できるわけがなかった。
「はいはい、私はどこにも行かないから。だから泣かないで、ゆっくり寝てなさい」
少しでも彼が安心できるように、優しい声音でそう告げて。優しく頭を撫でて。
その熱い身体を、そっと抱きしめて。
大丈夫。私はどこにも行かない。そう何度も何度も囁いて。
気がつけば、穏やかな寝息がひとつ。腕の中をのぞき込めば、彼は先程とは違う、どこか穏やかな笑みを浮かべて眠っていた。
そのあどけない表情に、私の表情もゆるりと緩む。
子供っぽいのに、でもどこか甘えることの苦手な彼は、滅多なことで弱音を吐くことがない。弱音を、辛いことを、全て自分の中に溜め込んで、壊れそうになるまで我慢しようとする。
そんな彼が、珍しくこぼした弱音なのだ。聞いてあげないなどという選択肢はない。
「大丈夫だから。もう、貴方を一人にすることはないからね」
もう一度そう言い、熱い額に触れるだけのキスをして。私は再び目を閉じた。
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