男女逆転ごっこ遊び

・過去ワンライ参加作

・お題「新婚ごっこ」


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「ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」


ただいま、と言って玄関のドアを開けた先で待ち受けていたのは、エプロンを身に付け、満面の笑みで、結婚したてで熱々な新婚夫婦しか言わないような甘い台詞を吐く同居人だった。

その姿に、私の思考が一瞬だけ停止する。しかし、次の瞬間には、はぁ、と溜息を零し、依然として満面の笑みを浮かべたままの同居人を見据えると、


「えっと…それって普通、男女が逆じゃないのかしら?」


呆れた、といった風を装ってそう言う。

その私の言葉に、同居人はまぁそうなんだけどね、と苦笑すると、


「でも仕方ないでしょう?君が外に働きに出てて、僕が家で留守番をしているんだから、必然的に役割は逆になるよ」

と言い、今度はにっと悪戯な笑顔を浮かべた。

そんな同居人に、うん、そりゃそうなんだろうけど…と歯切れの悪い返事をしたところで、はて、どうしてこの同居人は、突然、こんなことを言い始めたんだろう?そんな疑問がふと頭をよぎった。

思わず、同居人を訝しい目で見つめてしまう。

その視線に気付いたのだろうか、こちらに背を向け、リビングに向かおうとしていた同居人はくるりと振り向くと、先程と変わらない、悪戯な笑顔を浮かべたまま、


「いやぁ、暇だったからさ。君が毎月買っている雑誌をパラパラと読んでみたんだよ。そしたら、たまたまさっきのあの台詞が目に入ってね。もし、君が帰ってきた時に、僕があの台詞で君を迎えたら、君はどんな反応をするのかなって、それが気になって」

ちょっと言ってみたまでさ。

そう言いながら、同居人はからからと快活に笑う。

これはー完全に彼に遊ばれている。見た目は幼く私よりも若く見える彼だが、実際の年齢は私よりも遥かに年上だ。普段は、彼があまりにもだらしないせいで私が主導権を握ることも多いのだが、時々、本当に時々なのだが、彼が年上の余裕のようなものを見せつけ、私を弄って遊ぶこともあるのだ。

面白くない、非常にー面白くない。


「で?期待どおりの反応は得られたのかしら?」

遊ばれ弄られる不満がそのまま声に現れてしまったようだ。思った以上に不貞腐れたような声音で言葉を紡いでしまい、私は内心で舌打ちする。そんな私の動揺を知って知らずか、彼は、そうだなぁ…とのんびりとした口調で呟くと、


「うん、まぁ…君の呆れた顔が見られたし、そこそこ満足かな?」

にこり、と綺麗な笑顔を浮かべてそう言った。

しかし綺麗な笑顔とは裏腹に、その声には、私をおちょくって遊ぶのが楽しくて仕方ない、そんな感情が見え隠れしている。

やはりー面白くない。目の前で余裕綽々な笑顔を浮かべるこの男に一泡吹かせてやりたい。

そう思った私は、彼の言葉にふうんそうなの、と軽く返事をし、


「ならこの続きもしましょうよ。新婚夫婦にでもなったつもりで。勿論、貴方が妻、私が旦那。そういう役割で、ね?」

まずはご飯が食べたいわ。今日の晩ご飯は何かしらね?そう言いながら彼の顔を覗き込めば、びしり、と、固まった笑顔が視界に入った。その表情に、してやったり、と思わずにやりと笑みを浮べれば、彼は綺麗な笑顔をへにゃりと情けない表情に変え、えっ、ちょ、君?と焦ったような声をもらす。当然だ。彼は家事全般がからしき駄目なのだから。

そんな焦った様子の彼の隣をそっとすり抜け、私はクスクス笑いながらリビングに向かう。

中に入る前にくるりと振り向き、情けない表情で玄関先に立ち尽くす彼を一目すると、私は、


「じゃあよろしくね、ハニー?」


そう言ってウインクし、パタリ、とドアを閉めた。

閉められたドアの向こう側で、えええええ!?だのどうしよう、だのという情けない悲鳴が聞こえてくるのを清々しい気持ちで聞きながら、私はソファに腰を下ろし、晩御飯の準備が出来るのを待つのであった。


その後、同居人が用意した見た目は完璧なのに味付けが非常に下手くそな、お世辞にも美味しいとは言えない料理を涙目で完食する羽目になるのは、また、別の話である。

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