行き場
郡青
行き場
ねえ、どこへ行くの?
そう問われた僕は何も答えられなかった。ただ煙草をくゆらせ、彼女の目を見た。彼女の目は不思議な目だった。澄んでいるようで、淀んでいるようで、まるで心の動きに呼応しているかのようだった。
「余命1か月」そう2か月前に彼女は言った。そして1か月前に死んだ。その時の彼女は、全てを知ったうえで受け止めていた。彼女はもともと子供のような心を持っていた。僕のくだらない冗談を真に受けて、おばけやしきにファブリーズを持って行って、恥をかいたと怒られたりした。スポンジのように何でも吸収する彼女は、僕の話をいつでも興味深く聞いてくれたものだった。時には間違っていただろうけど、それも吸収していた。ある時、彼女は僕に尋ねた。
「私はどこにいて、どこに行くんだろう?」
今思えば、その時すでに自分の運命が分かっていたのだろう。つまり、死んだあとどこに行くのだろうと疑問に思ったのかもしれない。
「どこって…いまそこ?」
「皮と肉があって、自分から話していたら、それは私?」
「どういうこと?」
「私が死んじゃって、骨だけになったら、その骨は私?」
「あー、うーん?」
答えに詰まった、考えたこともない質問。
「どうだろうね、生き物としては…君ってことになるのかな。」
「じゃあ、私は死んでも、この世にはいるんだね。」
「…なんか違う気がする」
「私も。」
ふふっと笑った。花が香るように、柔らかに笑う彼女だった。
「私はね。死んだらいなくなっちゃうと思う。」
当たり前の話
「でも、君の心の中に、私の思い出はある。」
そういいながら、僕の胸を指した。
「生き物の私は死んじゃっても、思い出の私は生きてる。」
「あんまり暗い話しないでくれよ。本当になったら困る。」
本気で、少し強くそういった。彼女は、モノクロの世界を割るように笑った。
「違う違う、そんな意味じゃなかったの。」
「じゃあ、どんな意味なの?」
「これから、沢山思い出作って、思い出の私も長生きさせてあげなきゃねって話。」
それからしばらくして、彼女は死んだ。葬式を済ませて、煙草を吸いながら思い出の
彼女と会う。彼女はこうも言っていた。
「私は、今にもいるし、昔にもいるでしょ?タイムマシンは無いけど、『思い出』って唯一、過去に遡れるの。君の頭は、心のタイムマシンなんだよ。そこにも私はいるから、寂しがらないでね。」
彼女は今、思い出にいる。
人は自分と、大切な人の中にあって、人の間をただよう。
行き場 郡青 @koriblue
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