消えたマリア

お茶会と、頭痛

 ラーロ王国は、新年の銀ノ月を迎えた。毎年行われると言う新年の祝いの宴の準備でわたしも、女中たちとあちこち駈けずり回りながら、せわしなく動いていた。フローレンスも今回初めて、王さまの名代の主催として動くことになり、ずっとばたばたとしていた。やっと宴が終わって数日経った頃には、わたしたちはくたびれ果てていた。


 その仕事をしている間に、やはりわたしはマリアと体を分けられないかと思い、暇を見て城下に魔法使いがいないか、聞き込みをしてみたりしたが、成果は得られなかった。イーレ河は海に繋がっているが、この銀ノ月の時期に、北方のクラウストルムの領域は寒すぎて船を出さないのだそうだ。だから、そちらの人間がやってくることはまずない、とマリアにも教えてもらった。だが、それでも探した。可能性はゼロじゃないから。ゼロじゃなければ、そこにかけるべきだと思ったからだ。

 エマがふらっとやってきて、体を分けるのは諦めろとも言われたが、諦めきれなかった。


(もう少し温かくなったら、薄紅ノ月くらいになれば、クラウストルムから来るやつもいるし、ティレル一族もこっちに来るかもしれないよ。あんまり、根を詰めすぎない方がいいよ。頭も痛いんだしさ)


 マリアの労いの声に、わたしはそうなんだけど、と答えた。でも早く、マリアに体を返してあげたい気持ちがあった。それに、たとえ内部が安定してきたとはいえ、まだ油断はならない。万が一なにかあったとき、わたしはやっぱり人を殺したくは、ない。マリアはそのときだけ代わると言ってくれたが、それは嫌だった。マリアに体を渡したくないというのではなくて、嫌な時だけ擦り付けるような気がして、嫌だった。


 ただ、マリアが言うように、実際本当に疲れていたし、そのせいで頭痛が治まらないのだ。鎮痛薬を城内にいるお医者さんからもらったが、効き目がなかった。わたしが痛いと、マリアも痛いらしく、二人してしかめっ面をしたような声で会話をするぐらいだ。確かに、無理をしすぎたらいけない。マリアの体だもの。


 そんな折、フローレンスに午後の十三刻にお茶をしようと誘われ、わたしはいつもの銀食器のセットと、外で買ってきたセンペル皇国のお菓子を持って、十三刻にフローレンスの部屋に行った。

 またフローレンスはテーブルに突っ伏していた。


「マリアぁ、疲れたー! 書類なんて嫌い、大嫌いよ!」


 駄々をこねるようにフローレンスは騒ぐ。でも会議のときの、あの毅然とした態度を、きっと執務中はずっと続けているんだろう。気を張るに違いない。こういう場だけ、気楽にさせてあげたほうが良いというものだろう。わたしは茶器を置きながらフローレンスに労いの言葉をかけた。


「お疲れさま。よく頑張ってるよ」


「ありがと。あ、ねえ、マリア聞いて! 最近ね、みんな、わたしのことを認めてくれるようになってきたのよ」


 疲れてはいるが、フローレンスは嬉しそうに言う。わたしが来たばかりの頃は、意地悪ばかりされるとフローレンスは怒っていたが、恐らくこの前の宗也の会議のときの態度が、みんなが認める切っ掛けになったんだろう。あのときのフローレンスは本当に格好良かったから。


「良かったじゃない!」


(ほんと、石頭どもに囲まれ、書類に囲まれ、フローレンスはよく頑張ってるわよね。あたしなら一刻で音を上げるわ)


 マリアがそう言った。かく言うわたしも、実際に仕事をしてみて思ったが、体を動かす仕事のほうが向いているようだ。女中たちの手伝いで食材の手配など、どれをどのくらい必要かなど考えるのは、目が回りそうで、マリアがいてくれて助かった。そのマリアも、正直なところ慣れでどうにか覚えたらしいというから、やっぱり人間、得手不得手というものはあるものだ。


 お茶を飲みながら、フローレンスは思い出したように、あっと声を上げた。


「サイラスとも、そういえば大丈夫? なんか嫌がらせされたりとかしてない? してたら顔面殴ってやるから、遠慮しないのよ」


「されてないよ、大丈夫。されたら自分でやるから」


「それもそうね!」


 フローレンスが本当に最近、弾けてきている。きっと疲れのせいだ。


 質問の答え自体も、実際、サイラスさまとは、やっぱりその後も特になにもない。でも、マリアの記憶のように冷たい対応されるというわけでもなく、たまに雑談もするし、それに対して随行しているアランが騒ぐけど、相変わらず優しく笑ってくれたりする。やっぱりマリアがつんけんしていたから、向こうも冷たい態度を取っていただけなんだろう。


(だってしょうがないじゃない、あいつと反り合わないんだもん。あんただからよ、優しくしてくれるのは)


 そうなんだろうか。でも、わたしはマリアとして認識されているはずだから、それもちょっとおかしな話な気がする。


(まあ、距離置いてたのは事実だけどさ)


 そうだよねえ。とわたしはマリアと会話する。この脳内会議も、ずいぶんと慣れてしまった。


「そうそう、新年の祝いの宴に、ヤム王国の第二王子さまから、いっぱいお茶をいただいたじゃない?」


 ヤム王国は、七大国の一つだ。東の海域にある島国で、茶園が有名らしい。東の海域は今、温かい時期だから航海をしても大丈夫のようだった。


 毎年、ラーロ王国では新年の祝いをするときに、七大国へも招待状を送る。ヤム王国の国王は、現在病床の身で、第一王子が代わりを務めているので、第二王子が代理として参加したという経緯があった。そのときに、お土産としてとんでもない量のお茶を持ってきてくれたのだ。


「ああ、なんかすごい量――」


 そう言いかけて、わたしは椅子から転げ落ちた。カップが転がる音がする。

 頭が痛い、痛い! 割れそうなほどの痛みに、マリアも叫んでいる。フローレンスが血相を変えて立ち上がり、わたしの頭を持ち上げたようだが、それに構っていられないほど、痛みが増していき、わたしは失神した。

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