破棄

 そうしてわたしは、縁談の破棄を申し出ることにした。マリアから、いきなりすぐ断るのは悪いから、少し間を空けたほうが良いと言われ、五日後、国王陛下に謁見を申し出た。


 翌日の十四刻に来るよう指示を出され、わたしはぴったりに謁見の間を訪ねた。


「マリア、よく来たな。先日の件とのことだが、どうだね。素直に教えておくれ」


 辞儀をしたままのわたしに、王さまは優しく呼びかけてくれる。


「恐れ入ります、国王陛下。先日いただきました縁談について、わたくしには身に余るお話でございました。わたくし自身、恐れながらサイラスさまの妻となる資格が到底あるとは思えません。

 そのため、どうか、先日のお話は辞退させていただければと存じます。わたくしなどの為に、ご配慮いただきましたのに、まことに申し訳ございません」


 わたしは、正直なところ、国で一番偉い人が言うことに逆らうということは、怒られるどころの騒ぎじゃないと思うのだ。先日会ったときに、王さまやフローレンスは断っていいとは言ってくれていたが、真実そうなんだろうか。

 どうしよう、これで刑罰とか食らったりしないだろうか。しばらく間があって、王妃さまがころころ笑い始めた。


「ふ、ふふふ、おほほほ! あらあらまあまあ、サイラスも振られたものね! ええ、いいのよ、そんな気に病まなくて!」


 心底面白そうに王妃さまが言うから、逆に、ますます本当に大丈夫だろうかとわたしは不安になっていた。どうしよう、本当は心の中でふざけんなとか、好意を無駄にするなとか思われていないだろうか。


(た、たぶん大丈夫なはず、たぶん恐らく。いややっぱフローレンス通したほうがよかったかも……!)


 さすがのマリアも自信がなさそうだった。ちらっと王さまを見ると、髭を撫でて笑っていた。


「うむ、たしかにマリアの気性では、サイラスはちと合わんな。よいよい、そう気にするな。なあに、単に、我らはお前がずっとフローレンスの護衛にばかり明け暮れているから、少しでも手助けになればと思ったまでのこと。おせっかいと言うやつじゃ。

 おお、そのように委縮するでないぞ。しかし、最近のマリアは、ずいぶんと淑やかになったのう。初めて余と会ったときくらいの気楽さで構わんのだぞ?」


「そうよ! なんならわたくしなんて、この言葉遣いを使うの、あなたくらいは辞めたいくらいよ。フローレンスが羨ましいわ。あんなにざっくばらんになっちゃって」


「恐れ多いことでございますし、その件は本当に申し訳ございません」


 フローレンスに関しては、大方マリアのせいだからもう謝るしかなかった。ただ、王さまに言われて、前に夢で見た小さいマリアと王さまの対談を思い出した。言われてみると、たしかにめちゃくちゃフランクだった。


(やめてちょうだい、あの後あたしは母さんに何べんもケツを叩かれたのよ。そのうえ、こっちに来てから家庭教師にもみっちりマナー仕込まれたんだから)


 蒼ざめたようなマリアの声にわたしは笑い出しそうになって堪えた。ちょっと震えてしまったのが、逆に怖がっていると思われたのだろうか。王妃さまは、まあ、と言う。


「マリア、本当に気にしなくていいのよ。あなたが自分で決めたことであれば、わたくしたちにどうして意見を言えるのかしら?

 あなたはいつも、よくやってくれているわ。フローレンスの支えになってくてれて、いつも本当にありがとう。

 ……あ、もし気になる男性がいたら仰いな。わたくしと陛下とで、どんな手を使ってでも、あなたの夫にして差し上げてよ?」


 優しく、そして最後は自信たっぷりに言い切る王妃さまは、やっぱりフローレンスのお母さんだなと思い知る。どうしてこんな強気でいられるんだろう、わたしも見習いたい。


「妃よ、それは無理がないか」


「あらあなた、それができなくてなにが国王ですか。わたくしに求婚したときは二十日も通い詰めたくらいの気概を見せてごらんあそばせ」


 王さまの困ったような声に、王妃さまはぴしゃりと言い切った。やっぱり強い。


「それとこれとは関係ないだろうに。とはいえ、後見としてくらいは、余の名は有効であろう。そういうことがあれば、いつでも相談に乗ろうぞ。もっとも、そなたがまず相談するのはフローレンスだとは思うがな」


「あ、ありがとうございます」


 からからと王さまは笑った。

 そうして、わたし、もといマリアの縁談はあっさり破棄されることとなった。


 唯一不安なことと言えば、サイラスさまとは少しぎくしゃくするかと思ったが、翌日バッタリ会ったときも、特にそんなこともなかった。わたしはホッとするのと同時に、やっぱりその程度だったのだと思い知らされ、夜に少し泣いた。マリアは、そんなわたしを慰めてくれた。

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