相談
結局、わたしたちは親友であるフローレンスに相談することにした。フローレンスは、ぴったり十三刻に執務室から出てきて、お茶をすると騒いでいたので、ちょうどいい機会だった。昼食も執務室で摂るくらい、籠りっぱなしだったので、疲れ切っていたんだろう。
前と同じように、自室の銀食器とお茶の缶を引っ張り出して、お茶の用意を終えると、厨房でちょうど焼き終えていた四角いケーキを四切れもらって、フローレンスの部屋に向かった。相変わらず、フローレンスの部屋は兵士が守りを固めているが、以前ほどピリピリした雰囲気はない。マリアの指示で、念のため、毒見としてもらったお菓子も食べてあるから、問題ない。食べるときは怖かったが、マリアが、「あたしの体は並大抵の毒じゃ効かないから!」と言うので、それを信じて食べた。美味しいケーキだった。
「姫さま、マリアです」
言い慣れた台詞を言いながら、わたしはフローレンスが入って、と言うので入った。本当に、ずいぶんと慣れたものだ。なんだかんだ、もうこちらの世界に来て、一か月以上経っている。
中に入ると、ドレスを脱ぎ散らかして、部屋着のワンピースに毛糸で編んだカーディガンというかなり楽な格好で、フローレンスがテーブルの上でだらけていた。
「マリア! もう疲れた、書類なんて大嫌い! 目が死んじゃうわ!」
開口一番にフローレンスは、目を抑えながら言っていた。あんまりその姿がおかしくて、危うく茶器をこぼしそうになった。
「お疲れさま」
「あら、今日は厨房のお菓子なのね」
焼きたてのお菓子を見ながら、フローレンスが言う。
「買いに行く暇がなかったからさ、ごめんね」
「いいわよ。毒見してあるんでしょ? もうしなくても、良いとは思うけど」
「もちろん」
フローレンスはケーキを取ると、美味しそうに食べていた。お茶を注ぐと、わたしも向かいの席に座る。
「そういえば、あなたサイラスと縁談組むんですって?」
フローレンスは何気なくさらっと言った。いや待って、まだ組むとは言っていない。
「いや、組まないかって言われただけ」
「あ、そうなの? お母さまがノリノリで話してたから、てっきりもう組んだんだと思ったわ。どうするの?」
なんだかフローレンスのことが好きなサイラスさまが可哀相なくらい、フローレンスの扱いがにべもない。
(フローレンスは別に、サイラス好きじゃないから)
マリアの合いの手が余計に悲しくなる。サイラスさま、可哀相。でも本当にどうしたらいいんだろう。
「ちょっと、困ってて。なんで急にそんな話になるか、わかんなくてさ」
わたしがそう言うと、フローレンスはお茶を一口飲み、首を傾げた。
「別に、嫌なら断っていいのよ? 断りにくかったら、わたしがお父さまとサイラスに言ってやるわよ。あんたみたいなのはお断りよって」
「それは大丈夫。……フローレンスは、サイラス、のこと、どう思う?」
危ない、危うくさまをつけるところだった。フローレンスは、うーん、と唸る。カップを置き、しばらく考え込む様子を見せて、ぽんと手を叩いた。
「陰険眼鏡」
わたしは飲んでいたお茶を吹き出した。むせて鼻から出てきそうで、乙女にあるまじき状態だった。慌ててこぼしたお茶を布巾で拭く。本当に、にべもなんもないわ。だめだ、わたしもマリアに毒されてきている。だいぶ口が悪くなってきた。
「なによ、いつもあなたが言ってるんじゃない!」
フローレンスは抗議するように言った。仰るとおりだ。
(ああ、アエテルヌム、どうか正直者のフローレンスを赦して。これは、あたしのせいだわ)
マリアが笑うように言った。もう本当にこの二人、よしてほしい。
「だいたいね、どう思うもへったくれもないわよ。わたしとサイラスは、いとこよ? いとこ同士結婚できないんだから、そんな目で見るわけないじゃない」
驚いた。この国だと、いとこ同士で結婚できないんだ。日本だと結婚できたはずだから、てっきりできるものだと、ずっと思い込んでいた。驚きを隠すよう、わたしは平静を顔に張り付けた。これも、慣れたものだった。
(へえ、あんたの世界だとそうなんだ。アエテルヌム教だと、近親婚は殺人と盗みの次に禁忌なんだよね。だからあいつは、絶賛、大罪を犯してるのさ。おお、大いなるアエテルヌムよ、どうか彼の魂を救いたまえ!)
マリアが本格的におかしくなってきた。わたしの知らない間に、飲酒しているのかもしれないと疑い始めたが、それよりも、現状をどうするかだ。
正直、メリットがない。わたしが考え込んでいると、フローレンスは、迷ったように口を開く。
「……こういうこと言うの、本当は反則だと思うんだけど。サイラス、ここ最近のあなたの様子は、かわいいって、アランに言っていたのを耳にしたわ。伯父さまの家から帰ってきたときは、ちょっと調子戻ってたけどって。
それに、打算も少なからずあるのは確かよ。あなたが、ティレル一族の、頭領の娘だから。わかってるとは、思うけど」
その言葉に、わたしは初日のことを思い返して、顔が赤くなりそうだった。そうだ、わたしは、初めてかわいい、って言ってもらえたから、サイラスさまが好きになってしまったんだ。
でも、サイラスさまは、フローレンスが好き。禁忌とはいえ、好き、なんだろう。そりゃわたしだって、男だったら好きになりそうだ。こんなに、明るくて魅力的な女の子だもの。そして、それがどうして、わたしに、マリアに白羽の矢が立ったのか、わかった気がする。
(……一番の理由は、わかるわね?)
マリアの冷ややかな声に、わたしはうん、と答えた。たぶん、フローレンスと仲良し、だから。一番近くにいるのが、マリアだから。だから、一番フローレンスの側に居れる女がちょうどいいんだろう。それに付随して、マリアの血筋もあるんだろう。
「ほんと、この前の舞踏会でも言ったけど、あなたが男だったらいいのに。わたしも、縁談が来てるのよね」
フローレンスがぽつりと呟いた。フローレンスの容姿と地位だったら引く手数多だろうけれど、たぶん彼女の望みに適う人は、なかなかいないだろう。でも、誰からだろう。
「へえ、どこから?」
「センペル皇帝」
わたしとマリアは絶句した。
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