縁談の提案

 マリアと仲直りをして、数日経った頃。わたしたちは、お互いのことを、今まで以上に気を使ったりしあうようになった。それは壁を隔てるのではなくて、お互いを尊重し合っての行動だった。


 そんな折、十刻の鐘が鳴る頃に、王さまから謁見の間に来るよう、わたしは呼び出されていた。謁見の間を守る兵士の人に、王さまのお呼び出しがあったことを告げると、扉を開けてもらった。いったいなんの御用なんだろう。マリアはこの前の報酬だと言ってわくわくしているが、果たして本当にそうなんだろうか。というか、報奨はすでに貰っていた。追加なんてあり得るだろうか。


 わたしは緊張を抑えて王さまと王妃さまの御前まで出た。わたし自身が、王さまに相対するのはあの舞踏会以来だ。あのときはモーリスと言う役を演じてだったけど、今度はきちんとマリアとして接するから、なんだか変な感じだった。頭を下げたまま、王さまが話しかけるのを待った。下の人間からは王さまに、話しかけたらいけないと、マリアに教えてもらったからだ。


「マリア。先日はご苦労であったな」


「とんでもないことでございます」


 優しい声でそう言われ、わたしは謙遜の言葉を口にした。ちらっと顔を見ると、マリアの記憶のとおり、とても優し気な人だった。


「いや、あの日は思わず無茶をすると叱ってしまったがな。アランと共に、よくやってくれた」


「そんな、恐れ多いことでございます」


「そういえばマリア、あなた、ちょっと前に毒を飲んで倒れていたと聞いていたけれど、体はもう大丈夫なの? あのときはねえ、フローレンスが騒いで仕方がなかったのよ」


 王妃さまが、くすくすと面白そうに笑った。本当になんでマリアはそんなことしたんだ。


(だってあたしだけ生きてたら、あたしが殺したって思われるじゃない。だったら、食べ物の毒に当たって死んだってことにしたほうが、皆納得するでしょ?)


「はい、もうずいぶんと良くなりました。ご心配をおかけし申し訳ございませんでした」


 マリアの抗議を聞き流しながら、わたしは王妃さまに、返事をする。そして、王さまが用事を言うのを待った。


「さて、本題と参ろうか。マリアよ、王妃から提案があり、そなたに話があるのだ。なに、悪い話ではない」


(……王族の言う悪い話ではない、ってのは、あたしにとって悪い話だわ。最悪)


 マリアが毒づく。もうやめてよ。


「どのようなお話でございましょう」


「まことに、良き話だぞ。そなた、縁談を組まぬか?」


「――え?」


(はぁ!?)


 なにを言われたか理解できなくて、思わず素で答えてしまった。縁談。つまり結婚しろってこと?


「あなたも若い娘。フローレンスと同い年だし、わたくしは、七歳の頃からあなたを見て、今では娘のように思っているわ。そしてこの考えは、陛下ももちろん、賛成くださったの。

 わたくしたちからあなたに、それ相応の爵位を与えて、それと同時にサイラスと結婚したらどうかと思って。いかが?」


(はぁあああ!?)


 王妃さまは品よく聞いてくれたが、それに被せてマリアの叫びがうるさくて、思わず顔をしかめてしまった。顔を下に向けていて良かった。


「っ……。え、ええと、陛下。あの」


「ああ、いきなりだとビックリするわよね。今この場で返事をしなくていいわ。わたくしだって、昔、陛下から求婚されたときは、ビックリしたもの。でも、よく考えてみてちょうだい」


 ちらっと盗み見るように見た王妃さまは、悪戯っぽく笑いながら言った。たぶんフローレンスは王妃さま似だな、と考えながらも、わたしはぐるぐる言われたことを心の中で繰り返すしかなかった。


「は、はい。あの、少し、そうですね、考える時間を、いただけると」


「まあ、あなたがそんなに取り乱すなんて。本当にビックリしているのねえ。おほほほ、面白い物を見れたわ。ねえ、あなた?」


「王妃よ、そうからかうな。だがマリア、この話は、サイラスからあったのだ」


(ンですってぇ!?)


 ああお願いだから、マリア、大きな声出さないでよ! マリアがぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる声を我慢しながら、わたしは胸がドキドキするのを抑えられなかった。サイラスさまから、縁談の申し出があったってことだよね? ってことは、サイラスさまはマリアが好きなの? どういうこと?


「よく考えておくれ、マリア。もちろん、無理強いはせん。余や王妃が言うからと言って、はいと答えなくて良い。そなたの心のままに決めなさい。

 話は以上だ、下がってよいぞ」


「は、はい、失礼いたします」


 謁見の間を辞した後、マリアがぶつぶつと契約の満期がいつで、今何月でと計算していた。サイラスさま、かぁ。わたしは悪い気はしない。知的で優し気で、ああいう人と結婚できたらいいんだろうなあ。そんな夢うつつな気持ちで浸っていると、マリアが抗議し始めた。


(馬鹿言うんじゃないわよ、契約満期の薄紅ノ月まで、まだ七十二日もあるわ! しかもあの眼鏡と結婚ですって? 冗談よしてよ、あたしはあたしの仕事に意味を感じているの。悪党だろうとなんだろうとね。

 この契約だって、王の契約の妨げにならなければ、いくらでも他の契約を取っていいことになってんのよ。だから、あたしはここの国民にならなかった。なのにサイラスと結婚したら、あたしはこの国に縛り付けられるじゃない! そんなのは嫌、ぜったいぜったい、嫌よ!)


 うるさいなあ、と思いながら、とりあえず冷静に考える時間が欲しいと思った。仕方ないので、手近な女中に、ちょっと具合が悪いので少し、一刻ほど休んでくると仮病を装ってひとまず自室へ戻ることにした。フローレンスは王さまの執務室で執務中で、あと三刻は出てこないから大丈夫だろう。

 自室に戻ると、わたしはマリアと対談する。


(だいたいね、あの眼鏡はフローレンスが好きなのよ? 知ってた?)


 それについては、ずきんと、胸が痛んだ。過去の記憶を見たから、本当は、知らないわけではなかった。時々、サイラスさまがフローレンスをずっと見てるのも、本当は知ってた。


(あの眼鏡が考えてることは、たぶんこうよ。ティレル一族の頭領の娘を妻に迎えれば、どうしたってティレル一族は、ラーロ王国と関わりを持たざるを得なくなる。そうすれば、上手いことティレル一族を取り込める。軍事上にもちょうどいい手駒になるわ。つまり政略結婚、以上!)


 いつも不思議なのだが、マリアは直情的な性格のわりに、とんでもなく頭の回転が速いのはなんでなんだろう。

 でも、マリアが言うことには一理ある。ティレル一族を内部に取り込みたい、というのが妥当な線だろう。わたしがいろいろ、声をかけたりはたしかにしたが、いきなり結婚、ってのはないだろう。わたし、もといマリアに対するアプローチがいくらなんでも雑すぎる。せめてお付き合いしましょう、が普通じゃないだろうか。貴族のあれそれとかは、わたしにはよくわからないから、有り得ない話ではないかもしれないが。


 ただ、マリアが一番恐れているのは、たぶん、そこじゃない。仮に宰相の妻ともなれば、きっとフローレンスを守れなくなる。というか、今の段階でもかなり迷っているのを、わたしは知っている。

 マリアは、深入りしすぎた。ラーロ王国に。フローレンスに。今や、私情でもフローレンスを守りたいと思うくらい、本当に親友だと感じている。違う?


(……当たり)


 ぶすっとした声でマリアは答える。八年という年月は、マリアがフローレンスに情を移すのに充分な時間だった。マリアは、お金が絡まなくても、もうフローレンスを守るつもりでいる。


 どうしたら、いいんだろうか。わたしはサイラスさまが好きだし、結婚できたらいいのかなあとは思うけど、でもわたしじゃなくてティレル一族に用があるんだろうし、そもそもわたしが結婚できるわけじゃない。受ける云々というその点よりも、王さま直々の提案での縁談だ。そんな簡単に断っていいんだろうか? 断るにしても、マリアもそこが心配のようだった。

 わたしとマリアは同時にため息を吐いた。こういうとき、どうしたらいいんだろうか。

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