刺客退治
殺した刺客から短剣を引っこ抜くと、死体を引きずって、テラスの下に落としてやった。その間に、短剣の血を拭う。ちょうど真下は茂みだ、隠れてるやつがいるかもしれないと思っての行動である。さすがのあたしも、死体を弄ぶほど、やばいやつじゃあない。
「ぐえっ」
短い悲鳴。男の声。予想は的中。さすが、あたし。
あたしはテラスの手すりから、男が襲ってきた木に乗り移ると、するすると降りていき、声がした辺りを見る。勘だけど今はまだ、一人だけだ。男は死体の下敷きになって、もがいている。死んではいないようだ。
あたしは、男の真正面に立った。
「よくもまあ、こんな晴れの日に、王女を殺そうと思ったわねえ」
「な、誰だ!」
「誰だっていいでしょうよ。おっと、そうだ」
あたしはポケットからハンカチを取り出し丸めながら、片手で男の首を絞める。息が出来なくて呼吸をしようと喘いでいるところに、首にかけている手を放し、素早くハンカチを口の中に突っ込んだ。すぐに舌を噛み切られたら困る。ついでに、腰のベルトで男の腕を縛る。これで身動きは取れないだろう。見た感じ、小物そうだ。もがもがと呻いているのが面白い。
「いい? あたしの質問に首振って答えな。正直に答えないと、体のどっかが欠けるからね。あら、目玉が一番最初にいいかしら」
そう言って、あたしは短剣の切っ先を軽く男の目玉の前、ギリギリに突きつける。男の瞼が、限界まで開いた。
正直なところ、本当に正確な情報を吐いてくれるとは思ってはいないが、できる限り情報は集めたほうが良い。あたしも、まりあも、今の状況に対する情報が圧倒的に少ない。王兄殿下はいったい、なにを考えているのか、首謀者が誰なのかが知りたい。
「あんたとあんたの上に乗ってるお仲間は、サイラス閣下に命令されて、王女暗殺を謀った?」
男は首を横に振る。まあ、そうだろうな。あいつがフローレンスに盾突くわけが、ない。
「じゃあ王兄殿下?」
男は首を横に振る。
「ほかに仲間はいる?」
男は首を縦に振る。こいつ、暗殺者の風上にも置けないわね。ティレル一族なら、ぜったい拷問されたって秘密を守り抜くわよ。まあいい、そうしたら情報が引き出せる。
「ってことは、あんたは金で雇われてるはずよね。明らか表社会で働いてなさそうだ。ンで、王兄ではないけれど、王兄派の貴族の、まあそれも、どこの貴族かはわからないように、使い走りに頼まれて雇われたってとこかしら?」
男は首を縦に振った。ほんと馬鹿正直な奴だ。
「ふーん。王兄殿下はこのことを知ってる?」
男は首を縦にも横にも振らない。ってことは、わかんないのか。とっても馬鹿正直で助かった。
その瞬間、ほんのかすかに、葉擦れの音がした。そして、殺気がふわりと動いている。
「そ、わからないってことね。ありがとさん」
そう言うと、あたしは男の頸動脈を切り裂いた。誰も命を助けるなんて言ってないしね。ハンカチはもうしょうがないとして、ベルトをほどいて腰に巻きなおした。かすかな葉擦れと共に、影が現れる。
「あー、マリア、殺しちゃったの? ってなにその恰好。女の子なんだからさ、もっとかわいい恰好しなよぉ」
アランだ。のんびりしながら、抜身の剣をぶらぶらと手に下げている。あたしはもう一度、裾で短剣の血を拭いながら、アランを睨んだ。
「あんたが来るのが遅いのよ。聞くこと全部聞き終わっちゃったじゃない」
「だってサイラスさま、ぶち切れてたんだぜ? フローレンスさまが、膝擦りむいたくらいでさあ。いや怒鳴ったりとかはないけどさ、笑えるよなぁ」
けらけら笑いつつ、アランは、うーん、と首をひねった。にまにま笑いながら辺りを見回す。恐らく周囲の敵に気づいたんだろう。
「舞踏会は中止になったりしてないわね?」
「なるわけないじゃん。なんか、マリア、調子戻ってきたね」
「うっさいわよ」
まずい、こいつ、まりあの存在に気付き始めてるかもしれない。アランは、勘がめちゃくちゃ冴えているのだ。まりあに気を付けるよう、全部終わったら、言っておかなくちゃ。
「さて、お仲間はどこにいるのかなあ?」
わざとらしい。わかってるくせに。周りの殺気は膨らみ切っていた。一、二、……五人ってとこかしら。
「うーん、困ったなあ。俺には見当つかないや。どこにいるのかな。ねえ、マリア?」
アランの言葉を皮切りに、五人が一斉に躍り出てきた。それと同時にアランは剣を振り下ろし、一人は易々と斬られ、とどめにぶつりと剣を刺し込まれている。おっと、うかうかしていられない。あたしも短剣を握り直すと、手近な奴に飛び掛かり様に蹴りを入れ、喉をかき切りついでに、心臓も念のため突いた。
後ろから襲ってくる奴には、肘を思いっきり叩きつけ、振り返り様に頬に短剣を刺し込んで引き抜いた。アランはその間に、二人目と剣戟を交わす。一合、二合としている間に、ふっと剣をアランが落とした瞬間、二人目はアランに飛び掛かる。でもアランは受け入れるように両腕を伸ばして、逆に飛び込んでいった。男の顔が恐怖に染まり硬直すると、アランはそのまま男に腕を首に巻き付け、骨を折る。本当に気持ち悪い戦い方だ。
最後に残った一人は、腰が抜けたらしい。尻もちをついて、あとじさっていた。なんだ、つまんないわね。もうちょっと骨のある奴がいないのかしら。
「どうする、マリア? 残しとく? やっちゃう?」
「残しましょ。あたしが吐かせてない情報を持ってるとは思えないけど、一応ね」
「わかったぁ」
のんびりとアランは言いながら、男を蹴りつけると手早く、隠し持っていたらしい縄で拘束した。久しぶりの仕事だったけれど、我ながら良くできたと思う。でも、問題はこれからだ。
先日のまりあとの話のとおり、王兄派の中心人物が見えてこない。わざわざ暗殺者を雇って、送りこんでくる。貴族の使い走りもいるくらいだ。そんな派閥があるなら、それをまとめる奴がいるはず。首謀者が見えないと、いくら尻尾を切っても意味がない。ああイライラする。
王さまにも思い当たる節がないことは、実はまりあが眠っているときに、エマと接触して聞いていた。だからこの顔のくまは、あたしのせい。となると、やっぱり表向きは国王陛下に追従している貴族たちの誰か、ってところだろう。
なにより、本当に王兄が動いているとは思えない。だって、王はエマの魔法で殺せないんだから。王が死ななければ王位は空かない。フローレンスを殺したところで、サイラスが王になるかもしれないけど、王兄は果たしてそれを望んでいるのかしら? ずっと屋敷に幽閉されているのに? しかも自分を裏切った子供の即位を望むの? 親心ってのは、あたしにはわからないが、どうも釈然としない。
だからもうこれは、本人に直接聞くしかないんじゃないのかと、あたしは睨んでいる。王兄が動いていないとしても、なにか連絡を取り合っている可能性だって、ないわけじゃない。
「……ねえ、アラン。あんた、このあと暇?」
「デートの誘いだったら今すぐでもいいよ!」
輝く笑顔でアランは言った。こいつ、顔は悪くないんだけどなあ。
「じゃあいっちょ洒落込もうじゃないの、王兄殿下の屋敷にさ」
「うわあ、最悪」
笑顔を張り付かせたまま、アランは反吐が出そうだというような声で言い切った。だからこいつは気持ち悪い。
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