状況把握

 部屋まで戻ったわたしは、鍵をかけると紙とインクとペンを取り出した。前にエマから聞いた話や、マリアの記憶と照らし合わせながら、わたしの知っている情報を書き綴る。エマとの会話なんて、来て早々だったから、記憶が曖昧なところが多すぎる。


 まずは、自分の立場をしっかりと理解しなくてはいけない。わたしは――マリア・ティレルは、王女であるフローレンスを守る侍女で護衛。王さまと契約をしている。必ず王女を守り切らなくてはいけない。


 王兄は、前の王さまに屋敷に閉じ込められてから、何度か王さま、特にフローレンスの命を狙っている。でもここ数年は平和。


(その通り。ちなみに王兄も、あたしがティレル一族であることは知っている。だからなのか、フローレンスに手を出すのを一旦辞めた。あたしが片っ端から刺客をぶっ殺しちゃったから。


 あたしを買おうと、王兄派の貴族の使い走りから話が持ち掛けられたこともあるけど、安いから蹴ったわ。ンで、それを王に報告してある)


 マリアの合いの手にわたしは頷く。そもそも、王さまのお兄さんって、どんな人なんだろうか。姪の命を狙うなんて、すごく嫌なやつだとは思うけど。


(あたしも直で会ったことはないけど、そうねぇ。噂に聞くと、王兄殿下は武人だったそうよ。そして国王陛下は、真逆に文人だった。ラーロ王国は平和だから、前王は今の国王陛下を推したと、これも噂程度だけど、そう聞いているわ)


 なるほど。もしかしたら直情的な性格の人なのかもしれない。そしてサイラスさまは、王兄の息子。だけど、あの人はこの国の宰相だ。アランも、サイラスさまはフローレンス派だと言っていたからには、もともと王さまの派閥であるということ?


(そう。サイラスは、父である王兄派につかなかった。どうしてそのとき、自分の親父より、親戚の側についたのかまでは、あたしは理由は知らない。今の理由なら、なんとなくわかるけど)


 ついた理由はともかく、それなら、なんでサイラスさまは幽閉されている屋敷から出られたんだろう。普通は出れないはずだ。


(ああ、それは一度だけ、王兄がヘマをしたの。ここの王さま、優しいからさ、王兄やその家族だけを屋敷に閉じ込めて住まわすんじゃなくて、召使いとか兵士とか、あと幽閉当初は、サイラスが子供だったから家庭教師も配置してあげてたのよ。ある程度の管理は兄に任すつって。


 で、そのヘマってのは、アランがいるでしょ。あいつは奴隷の子供だったの。王兄は、アランの義理の父親、ハロルドって言うんだけど。そいつが兵士として王兄の屋敷で働いていたとき、ハロルドが奴隷商人から奴隷としてアランを買ったことを知って、認めてたの。


 ラーロ王国は、奴隷制度を認めていない。で、厄介なことにハロルドはティレル一族を逃げ出したやつだった。そんでもって、ハロルドはアランを自分と同じように、ティレル一族の子供と同じように育てた。王を殺す道具として使えるように。王兄が王になれば、甘い汁が吸えると思ったのかは知らんけど。


 それを見聞きしていたサイラスは、アランを自由にすると約束し、アランに事の経緯を書いた書状を持たせてこっそり屋敷から逃がし、王に告発させた。そして自分は、父親より王を推すと言い切った。王はそれを認めて、教師伝手に聞いていたあいつの頭の良さを買って、屋敷から出させた。


 それから、サイラスは宰相にまで上り詰めたのよ。あいつ確か、今、二十七歳だったかな。すんごい出世よね。アランも、ハロルドは暴力が多かったし、その状況から救ってもらったから、そんときからサイラスに心酔してる。いつもはあんな感じだけど)


 なるほど。じゃあ、アランが言うとおり、サイラスさまはフローレンスの味方だ。サイラスさまが、嘘を吐いていなければ、だけど。


(そうね。サイラスに心酔したアランは、サイラスに命じられたら誰でも殺すと約束しているわ。義理の親父のハロルドも、命じられたままに殺してる。だから、あたしと一緒に暗殺に向かうこともあるのよね。あいつもティレル一族の技を持ってるから)


 そして、先日の会議でフローレンスは自分で宣言した。女王になると。たぶん、そのときに王さまの意思を継ぐことを言ったのかもしれない。そうすると、貴族たちは怯える。


(そう。無能なやつは引き下げられる。自分は有能でも、たとえば子供が有能とは限らない。そうすると、その家は取り潰される未来が見えてくる。それは困る。だから、王兄を推そうって考えるやつが増えるのよ。


 ……あの王さま、何考えてんだかわかんないわね。それで自分たちの命の危機に瀕してるんだから。まあ家が潰されるのが怖いんだったら、子供をしつけろよって話なんだけどさ。だいたいもう五十年以上前から、この体制らしいし)


 政治のやりかたについてどうこうは、わたしたちがどうにかできるわけじゃないから、仕方ない。

 書き記すことで、だいたいの構図が見えてきた。そして、フローレンスの宣言で、王兄を推そうという人が増え、フローレンスの命を狙う人が増える可能性が高まる。


(大当たり。もしかしたら、推すのはサイラスのほうに変わるかもね。


 そもそも、アランが言ったとおり、王兄が今なに考えてんのかよくわかんないのよ。王兄は、今年で五十五のはずだし、六十になったら王位継がなきゃいけないわけじゃん。だったら今更、王位継いでどーすんの? って感じじゃない?


 もはや、王兄派という名ばかりの派閥なだけで、王兄自体はただの傀儡かもね。直に会ってないから、その辺の考えがわかんないけど。っちゅーか、だいたいあの眼鏡が直接親父に聞けばいいのにさあ。さすがにフローレンスや王さまにお願いするわけにもいかないし。


 だから、あたしの勘としては、王兄は傀儡で、一部の貴族が表面上、国王に追従しているけれど、裏では動いているってところかな。首謀者は見えないけど、四方領主あたりが怪しい気がする。でも、確証ががない)


 たしかに、年齢のことを考えると、今更、お兄さんを推す意味がわからない。五年でも、王座に就きたい、っていうならわかるが。それよりも、サイラスさまがどうして関係するの? それに四方領主なんて聞いたことがない。


(王兄の息子、つまり立派な王族よ? まだ小娘のフローレンスと、宰相になる頭を持った、若い王族の男。どっちが王さまになりそう?


 四方領主は、ラーロ王国は広いでしょ。王一人じゃまとめきれない。だから東西南北に領地をわけて、各地方に領主を設けてんの。東はオールディス公爵、西はリンド公爵、南はベイジル公爵、北はハンブリング公爵。覚えときな)


 そうか、たしかに地図で見ても広いし、王さま一人では手が足りないだろう。それに、現状、王位を推すとすれば、サイラスさまに違いない。王女とはいえ、まだ若い女の子で、政治に手をつけたばかりのフローレンスと、宰相としての実績を持つ男。王兄の息子と言う地位。サイラスさまのほうが優位だ。


(でしょ? 唆されたら、サイラスも気が変わるかもしれない。……もっとも、あいつがフローレンスに盾突くとは思わないけど)


 意味深な言葉をマリアは言うが、わたしはもうその言葉が入ってこないほど、頭がいっぱいだった。とんでもないところに巻き込まれてしまった。そして、それは命をかけた状態だ。わたしも、王さまも、フローレンスも、アランも。


(エマに聞いてない? 王と王妃は病気や事故さえ遭わなきゃ、基本は死なないわ。エマが守護の魔法を授けているから。だからみんな、フローレンスを狙うのよ)


 そういえばそうだ。本当に、なんで三人じゃないんだろうか。エマも万能じゃないということか。もうだめだ、頭が疲れて沸きそうだった。これ以上、考えるのは今日はやめよう。とりあえず、休もう。


(そうね、そうしたほうがいいわ。これから、いろいろ動きが変わってくるから)


 動きが変わる。その言葉に、わたしはあることに気付いた。一番重要なことだった。フローレンスを守るために、戦うのは、まあいい。戦ったら、人を殺めたりするかもしれない。マリアの小さいときの陰惨な過去を思い出して、吐き気がこみあげてきた。


「人殺しなんて、したくない」


 自分でもびっくりするほど、小さい声だった。


(馬鹿ね。殺らなきゃ、殺られる。あたしが立っているのは、そういう世界なの。契約は、反故にできないわよ。そんだけの金を、あたしは王からもらってる)


 不穏なマリアの言葉をかき消すように、わたしは、強く目をつぶって、何事も起こらないように祈るしかなかった。

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