王兄派
中庭を後にしたはいいものの、結局エマの言葉が頭から離れず、かといって、お手伝いをする気にもなれず、わたしはとぼとぼと部屋に戻ることにした。その途中、大きな階段の近くでアランに会った。
「やあ、マリア! こんな時間に散歩してるってことは、元気になったんだね!」
大声でにこにこ笑いながら言うアランに、曖昧にわたしは頷いた。うるさいな、こいつ。今落ち込んでいるから、余計にうるさく感じる。
(ほんと大声でうっさいのよ、こいつ。なに考えているかわかんないし。あー、うざ)
辟易したふうにマリアが言うものだから、さすがに笑いそうになってしまった。それを目敏く見たアランは、相変わらずにこにこしながら、わたしを覗き込む。
「なんか楽しいことでもあったの? いいなあ、俺にも教えてよ。と、言いたいところだけど、ちょっと用事があるんだな。……元気になったところ悪いんだけどさ、ちょっといい?」
耳元で低い声で囁かれた。直前までの雰囲気と、違う。明るい感じが消えて、目を見ると、酷く冷たい目だった。笑っているけど、それがべったり張り付いているような、そんな印象を受けた。なんだろう、わたしが『鏡の向こうの人』だとバレた? そう思う間に、アランはそっとわたしの腕を引っ張って、死角になる場所へと引き込んだ。なにを、されるんだろう。
わたしの警戒をよそに、マリアはなにも言わない。なにもされないということだろうか。アランは左右を確認すると、こちらに視線を向ける。笑顔を張り付けたままだった。
「王兄殿下の一派が、すんごく久しぶりに動き始めたよ。何年ぶりかな? 八年ぶりくらい? とはいえ、今すぐやろうぜって感じじゃない。
でも、フローレンスさまが、この前の会議で大々的に即位したいと宣言したのが、相当気に食わなかったみたいだね」
小さな声で、なんでもなさそうな調子で軽く伝えられたその言葉に、わたしは目を白黒させた。どういうこと? なにを、言っているんだろう。そして、先日フローレンスがお見舞いに来てくれたときに言っていた言葉を思い出した。
――わたしね、今日の会議で、思わず宣言しちゃったのよ。女王になるって。あなたたちを納得させてみせるって。
――だから、あなたにまた迷惑をかけるわ。
「フローレンスさまが移動するときは、必ず君がついていたほうが安全だと思うな。まあ、あの姫さまだから、刺客を返り討ちできそうだけど」
けらけら笑いながら、アランは言う。言葉の意味がすっと胸に入ってきて、わたしは脂汗が浮かんできた。
(……王兄派が動き出せば、また刺客がどんどん送られてくるわ。アランも、あたしと同業者だから、情報共有に声かけしに来たようね)
静かなマリアの言葉に、改めてわたしは思い知った。そうだ、散々わかり切ったことだった。マリアは裏向きではフローレンスを守る剣であり盾だ。マリアが目覚めるという一大事が起きたし、どうにか体を分けられると思っていたから、どこか他人事のように思っていた。なにより、アランもそうだったのか。
「サイラスさまも、意地張ってお父さんに会ってくれないし、よく状況がわかんないんだよなあ。あの人、すんげえ意地っ張りなんだよ、俺が頼むから会ってくれって言っても、嫌がるんだぜ、ひどいよなあ」
独り言のようにアランは言った。サイラスさまのお父さん……?
(あれ、あんた、あんだけ人の記憶漁っといて、あの眼鏡のこと知らなかったの? あの眼鏡――サイラスは、王兄殿下の息子よ)
つまり、サイラスさまは、フローレンスの従兄ってことか。そういえば、髪の色が同じだった。なんだかサイラスさまのことが気になるけど、ちょっと躊躇している自分がいて、そのあたりは手付かずだった。
(あんたねえ。……まあ、だからあいつは、自分の父親と正面切って大喧嘩してんの。王が王位を継ぐ前、前王が専用の屋敷を用意して王兄殿下とその家族を、そこに閉じ込めた。だけどあいつは今の王に許されて屋敷を出て、今は城に住んでんのよ。あら、これエマに教えてもらってたんじゃない)
呆れたようなマリアの声に、わたしはごめん、と返すしかなかった。そういえば、そんな話も聞いた気がする。
とにもかくにも、この国はドロドロだ。だめだ、ちょっと情報を整理しなくてはいけない。わたしの頭が、今の状況に全然追いつけていない。
「ああ、そうそう。サイラスさまは、王位に関しては自分はやりたくないってさ。完全フローレンスさま派だよ。一応言っとくね」
なんでもないことのように言わないでほしい。
「ということで、マリア! また一緒に仕事することが増えると思うけど、よろしくな!」
いつもの明るい調子で、にっこり笑ったアランは、サイラスさまのところに戻ると言ってさっさと行ってしまった。
取り残されたわたしは、一人立ち尽くしていた。困った。全くわたしは、状況がつかみ切れていない。
急いでわたしは部屋に戻ることにした。早急にこの国のことと、身辺状況を、把握しなくてはいけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます