第三章 目覚め

マリアの誕生日

 金ノ月、五十二日、水ノ日はすぐにやって来た。わたしは、まだ休みの期間だったので、十一刻の鐘が鳴る間際に、大手を振ってお城を出て市場まで出れた。


 市場は賑やかだった。ラーロ王国の人や、他の国からやってきた商人たちがたくさん出店を開いていて、いろんな人たちが行き交う。にぎやかな場所に来たことがないわたしは、浮足立って周りをきょろきょろ見回してしまう。


 そんな中で、はるか北方にあるクラウストルムという国からやってきた商人が、出店をやっているのを見つけた。

 漫画に出てくる魔法使いが着るようなフード付きのローブを着た商人が言うには、クラウストルムは魔法を研究している国だそうで、お店にはそちらでは一般的なお菓子や、魔法を込めたお守りのアクセサリーなど雑多に売られていた。


 アクセサリーは綺麗だったが、あまり興味がわかなかったし、目当てはお茶菓子だったので、わたしはアエルというお菓子を購入することに決めた。過去の記憶からすると、わたしの世界でのマシュマロのような、ふわふわでもちもちした甘いお菓子で、中にジャムが入っている物だ。これが、この前のお茶会で二人がなんだかんだ言って、全部食べつくしてしまったやつだ。中に入っているジャムにも種類があって、五種類ほど売っていた。


 アエルは二個セット一つで売っていて、一つ小銅貨十枚だった。どれにしようか悩んで、結局、全部の種類をを四つずつ購入した。この国の硬貨は、銅貨が大小二種類と、銀貨、金貨の四種類。紙幣はない。金貨四枚あれば、この国では軽く一年は暮らせるほどの価値を持つ。小銅貨二十枚と大銅貨一枚は同じ計算になる。銀貨は大銅貨五十枚分、金貨は銀貨百枚分。でも市場では基本的に、小銅貨か高価な物で大銅貨くらいしか使わない。銀貨や金貨はお金持ちが持つ貨幣だった。


 ほかの出店のお菓子とも値段や物を見比べていたが、アエルは異国の上に遠方の物だから、ちょっと割高に売っているようだ。だがマリアは高給取りだから、懐は温かった。

なんなら、部屋のキャビネットの中に隠し棚を作って、そこには金貨が山ほど入っていることを、わたしは知っている。商人はそこまで売れると思わなかったらしく、綺麗に包んでとびっきりの笑顔で渡してくれた。


 お菓子を購入し終えても、そのまま帰るのももったいない気がして、いろいろ見て回った。

 マリアの故郷のセンペル皇国の商人も見かけたり、ラーロ王国で一般的な色とりどりのキャンディーなど目移りしてしまう。そうこうしているうちに、十二刻の鐘が鳴ってしまったので、わたしは急いでお城に戻った。


 鍵のかけてある自室の中に、また鍵をかけてあるキャビネットから、お茶の葉が入った缶と銀食器を取り出した。マリアはいつもこれでお茶を淹れる。買ったお菓子と一緒に厨房まで持って行って、お茶の用意をした。厨房ではお菓子を作っていたのか、甘い香りが残っていた。

 お茶の用意ができると、フローレンスの部屋まで運んだ。フローレンスの部屋を守る兵士の人に会釈し、片手で盆を持ち直して、ノックをするとフローレンスが答える。


「姫さま、マリアでございます」


 さすがに外で呼び捨てはまずいので、そう名乗った。入って、と言われたので、そのまま扉を少し開けると、フローレンスは立ち上がってわたしが入りやすいように開いてくれた。ちょうど、十三刻の鐘が鳴ったのが、外から聞こえてきた。


「ぴったりね。さすがマリアだわ」


 微笑んだフローレンスにうなずいた。盆を持ったまま、フローレンスの広い部屋に設置してある大きなテーブルまで持っていくと、一切れ分だけ切ってあるホールケーキがあった。あっ、と思わず声を上げてしまう。そのケーキは、白いクリームでデコレーションしてあって、色とりどりの金ノ月に実る果実が、きらきらと飾られていた。


 この国では誕生日の数だけロウソクを灯す風習はないようだけど、一目でそれが誕生日ケーキだと気づいた。一切れ分だけ切ってあるのは、たぶん毒見用なんだろう。


「うふふ、びっくりした!?」


 フローレンスは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「このケーキはね、あなたに買い物をさせている間に、わたしが作ったのよ」


 自慢げに胸を反らしてフローレンスは言った。


「フローレンスが?」


「そう。わたしも少し、料理とかできたほうがいいかなーって思って。あ、ちゃんと菓子職人に教わりながら作ったわよ!? 味見……というか毒見もさせて、問題ないことも確認してあるわ。安心してちょうだい」


 びっくりした。友だちが、サプライズでケーキを作ってくれるなんて、本当にびっくりして嬉しかった。それも、王女さまが自ら作ってくれるなんて。わたしはなんて言っていいかわからなくて、ただ、よく職人さんが許したなと言う気持ちもあった。この国では、偉い貴族の人が厨房に入るのを良しとしないのは、マリアの記憶にあった。

 厨房はあくまで、下々の人間が入るところだ。貴族の人は、特に女の人はドレスを着て仕事をしなくて良い、特別な人間であることを権威づける為に、いつもドレスを着ているんだとマリアの知識にあったから。


「よく作るの許してもらえたねぇ」


「あらまあ、この国の王女であるわたくしに口答えできる人間がそうそういらして?」


 また悪戯っぽく、普段は口にしないような言葉遣いでフローレンスは言いのけた。たぶん教えた職人さんは、口答えしたところで無意味だと悟ったに違いない。フローレンスはとんでもなく口が立つから。


「まあ、いつものことよ。着替えも、料理も、王女だからってやらないより、できたほうが良いに越したことはないわ。お祖父さまの時代から、我がラーロ王国の内部はしっちゃかめっちゃかだし。

 爵位を降下させられるのならまだしも、剥奪までやりきるし、お父様もそれに倣って、平民に爵位を与えたりだしねー。わたしも、いつどうなるかわからないじゃない?」


 けろっと、いつもの調子でフローレンスは、なんでもないことのように、そう言った。


「でも、命だけ助かるのなら……」


 それこそ、なんと言っていいかわからず、思わず口走った。命あっての物種ともいう。日本は、平和な国だったし、わたしは政治のことは全くわからない。勉強してこなかったから、過去の歴史もわからない。でも命が助かるだけ、ここは優しい国のように思える。


「ティレル一族なら、そう思うかもね。でも、生まれもってのお貴族さまが、平民の生活が出来ると思う? それも、無能だと言われての爵位剥奪よ。屈辱でしょうねー。自分の着替えさえままならないんだから。


 だから、わたしはドレスを着る必要があるとき以外は、自分で着替えるの。料理もね、実はお母さまの暇があるときに教えてもらってるのよ。

 ――エマニュエルがいくらお父さまを守っても、病気や事故まで防げないわ。ましてや、寿命なんて伸ばせない。ある日、ぽっくり逝っちゃうかもしれないしね」


 皮肉めいた、どこか大人びた笑みで、フローレンスは言った。


 そうか、彼女は女王になるべく、たくさん勉強している。でも、その努力が報われないときがあるかもしれない。そのときに、全て人任せに生きていれば、彼女は生きていけない。逃げ出すという選択が現れたとき、自分のことすらなにもできない人間では、いられない。

 もちろん、彼女が女王として即位できるのが一番いいんだろう。だが、内部が不安定なこの国では、いつどうなるかわからない。彼女なりに覚えているんだ。彼女の雑多な言葉遣いも、もしかしたらそれが理由の一つかもしれない。


「お茶が冷めるね。早く食べよう!」


 湿っぽくなってしまうと思い、わたしはわざと明るい声を出した。盆をテーブルの上に乗せ、二人でケーキと買ったお菓子を食べた。ケーキはさすが菓子職人直々に教えてもらったとあって、とっても美味しかった。クリームがくどくなくて、甘酸っぱい果実とほどよく合わさって、本当に美味しかった。

 そしてフローレンスからプレゼントだと、青い宝石がついたブレスレットをもらった。わたしの中指にはめている指輪と似たようなデザインだったが、それと合わせたのだという。ずいぶん前に、献上された宝石にちょうどよさそうな物があって、今度わたしの誕生日にあげようと、それを使って前々から作らせていたのだという。このあたりは、さすが王女さまだなというところで、ありがたくいただいた。


 王女さま直属の侍女、ということもあって、マリアは高位に位置する。だがそれでも周囲の扱いは平民だ。センペル皇国からの流れ者でも有能だから雇われている。と周囲は認識している。そんな状況で、高価な物は身に着けられない。なにより、仕事をする上では普段使いはできない。これは、大切にキャビネットにしまっておこう。


 とても楽しい誕生日だった。生前で得たことのないような、本当に素敵な誕生日だった。

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