王女さまの仕事

 サイラスさまたちが去ってから、入れ替わるように、ドアのノックが響いた。今日はお客が多い日だなと思いながら答えると、開かれたドアからフローレンスがやってきた。


 今日は、この前と違って本格的な、ハイウエストなのは変わらないが、裾が長く、ウエストの切り替え部分からふんわりと広がったドレスだった。この世界では、ドレスはいろいろな形をした物があるらしい。片腕に花束を抱えて、それをテーブルの上に一度預けるとフローレンスはわたしに駆け寄った。


「具合はどう? なんだかサイラスが、ぼけっとしてたし、アランがうるさかったけど。……ああ、アランはいつものことだったわ。なんかあったの?」


 やっぱりフローレンスは雑な言葉遣いだ。マリアの言葉遣いが移ったのか、王妃さまはもともと平民でお城の下仕えだったのを王さまが一目ぼれしたという噂の記憶もあったから、そっち譲りなのか、はたまたどちらなんだろうか。それは置いておいて、誤魔化すようにわたしは曖昧に笑った。


 フローレンスは不思議そうな顔をしつつも、テーブルの近くの椅子に腰かけ、聞いてちょうだいと、ばんばんとテーブルを叩く。


「もう、今日も会議が長引いて最悪だったのよ! みんな意地悪なことばっかり言うし、ほんと最悪! 奴隷制度はうちは認めてないって何度も言ってんのに、奴隷商人がこの国に来てるのよ!? 信じられる!?

 わたしやお父さまは、それをさっさと追っ払いたいのに、むしろ奴隷制度を制度として持ち込んだらどうだとか言うやつがいて! ああああ、腹立つ! むかつく! 会議じゃなかったらぜったい顔面をぶっ飛ばしたのに!」


 それからしばらく、フローレンスは会議についての文句を言い始めた。今、彼女は女王として即位するために勉強中だ。王女さまと言うと、わたしは豪華絢爛で優雅で、仕事に全く縁のないような生活を想像していたが、ただのんびりお茶しているだけの人では、いられないようだった。


 とは言うのも、このラーロ王国の王さまは、六十歳を迎える前に次の王位を誰に継ぐか宣言し、継承しなくてはいけないらしい。王さまは今、五十二歳。まだ先とはいえ、王さまの適材適所という考えは、前の王さま同様に、王位に関してもそう考えていると公言していた。


 つまり、実の子供であるフローレンスではなく、まったく違う別の人間を据える可能性もある。そうなったら、フローレンスはどうなるかわからない。男の人であれば、その人の妻にならなくてはいけないかもしれないし、下手をしたら今の王のお兄さんのように幽閉や、平民に落とされたり、もっとまずいと殺されてしまうかもしれない。


 そしてフローレンスは、いろいろ彼女なりに考えた上で、女王として即位できるように猛勉強中なのだ。そのために、会議に参加したり、王さまの執務の手伝いをしている。

 王さまや、偉い貴族の人たちに「ぜひなってほしい」と認めさせるのだと、フローレンスは闘志を燃やしている。きっと、好きでもない男の人と結婚や、ましてや、殺されるのなんて、真っ平ごめんだからだろう。


 ひとしきり文句を言い終えると、フローレンスは、くてんとテーブルに突っ伏した。


「早くマリアに戻ってきてほしいわ。あ、ちゃんと休みどおり休んではほしいわよ? でも、わたし、あなた以外は信用していないんだから」


 記憶を漁ればわかる。フローレンスはマリアを絶対的に信頼している。着替えの手伝いも、お茶の用意も、ぜんぶマリアにやらせる。きっと、命の危機を救ってきたからだろう。


「うん。そうだね」


「わたしね、今日の会議で、宣言しちゃったのよ。女王になるって。あなたたちを納得させてみせるって」


 フローレンスは、少し迷うようにそう言った。まだ、本当は迷っているんだろうか。


「そっか」


 なんと返したらよいかわからなくて、わたしは静かに頷いた。


「だから、あなたにまた迷惑をかけるわ。……そういえば、金ノ月よね、今月は。あら、あなたの誕生日まで、あと五日じゃない!? やだ、ここのところ忙しくて忘れかけてたわ。ごめんなさい!」


 テーブルに置いてある卓上カレンダーを見たフローレンスは、がばりと起き上がってそう言った。そうか、マリアの誕生日は金ノ月の五十二日、水ノ日だ。もう少しで十七歳になる。わたしと同い年になるのだ。


「いいよ、フローレンスも忙しいんだしさ」


「よくないわよ。誕生日だもの、お祝いしないでどうするのよ。それじゃあ、わたしとあなたと二人きりで、五十二日の十三刻にお茶の時間としてやりましょうね! ぜったいに予定を空けておくから。

 お茶菓子の買い物はあなたに任すしかないから、ごめんなさいね」


 フローレンスの輝くような笑顔が、わたしは嬉しかったのと同時に、マリアに対する嫉妬があった。……いいな、こんなふうに友だち思いの子がいて。お祝いしようって言ってくれる子がいて。


 でも、気づいた。なにを妬む必要があるんだろう。今は、わたしがマリアだ。わたしの、誕生日のお祝いだ。

 両親以外の誰かから誕生日のお祝いをしてもらうなんて、初めての経験だった。お母さんがお祝いに来てくれたことはあったけど、病院は食べ物の持ち込みが禁止でケーキを食べれたこともほとんどなかったし、お祝いのプレゼントはいつも本か漫画だった。もちろん、プレゼントやケーキがなくても、そういう会を開いてもらえるだけで嬉しかった。


「ありがと。忙しいのにごめんね」


 わたしが微笑み返すと、フローレンスはまた笑った。


「あのね、わたしが冷めてないお茶を飲めるのは、あなたと二人きりのときだけなのよ。その機会を逃すと思う?」


 その言葉の言外に、たくさんの意味が含まれていることを知っているから、わたしは尚のこと笑い返すしかなかった。


 フローレンスが食事を摂るときは、いつも毒見が入る。でもマリアが用意した物は、ぜったいに毒は入らない。マリアがフローレンスを殺すことはぜったいにないから。

 マリアは、本当にフローレンスに信頼されている。それは、マリアがフローレンスを大事にしていたからだ。わたしも、マリアと同じようにフローレンスを大事にしよう。


 少し会話をした後、フローレンスは会議の続きがあるということですぐに去っていった。


 フローレンスが持ってきてくれた花束を花瓶に活けながら、わたしは一人笑みを深めた。

 誕生日のお祝い。すごく素敵で、嬉しい響きだ。暗殺だとかそういう血なまぐさいことは、とりあえず脇に置いて、その日がとても楽しみだった。

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