第二章 マリアという人

お休みと時ノ使徒

 エマは、本当にわたしの、マリアの休養についての提案をしてくれた。それに対しフローレンスも、快く了承してくれた。次の日も、フローレンスはわたしを訪ねてきてくれて、しばらく休養を取りたいと相談をしたときには、彼女はまぶしい笑顔でこう言った。


「大丈夫よ、任せてちょうだい! お父さまにゴリ押しでも脅しでも泣き落としでも、なにをしてでも、一週間は絶対に休みをもぎ取ってみせるから」


 その結果、休みは二週間貰えた。実際のところは十二日間だが、それは後述する。なんにせよ、あの日も思ったが、王女さまは強いことがよくわかった。


 そう、わたしは同じ名前を持つマリアに対して、さん付けで呼ぶのは自分のことをさん付けで呼んでいるような感じで、ちょっと変な気持ちになるので、勝手に呼び捨てで呼ぶことにした。フローレンスも、マリアは二人きりのときは、呼び捨てで呼んでいた。さん付けだと思わず言ってしまいそうになるので、呼び捨てにするようにした。これからどう動くにせよ、しばらくはマリアのフリをしなくてはいけないから。


 お休みを貰ったわたしは自分のもといマリアの部屋で――エマにあのあとまた会って教えてもらったが、マリアは王女さま直属の侍女とかなり城内では高位のため、てっきり客室かと思っていたこの豪華な部屋が私室として宛てがわれていたのだ――マリアの過去や、この世界の常識を思い返していた。


 ずっと部屋にこもっていても、なにも困らなかった。女中さんたちが、決まった時間に食事を持ってきてくれるし、合間にはお茶やお菓子まで持ってきてくれるのだ。ものすごい高待遇だった。


 そう、時間といえば時間の読みも少し変わっている。一時間のことを、こちらでは一刻いっこくと言うのだ。三十分であれば半刻はんこく、あとは曖昧だ。

 だってロウソク――ロウソクがあるのも不思議だが宝石もあるのだし、いろいろあるんだろう。細かいことは考えないことにした――で時間を計るんだから。

 

 あとは日時計と、ラーロ王国の町のど真ん中にある、この国が信奉するアエテルヌムの大きな教会が唯一、魔法と機械で作られた正確な時計を持っていて、それを使って教会の鐘を毎刻、その時間の数だけ鳴らしてくれる。逆に言うと、明確な分数なんて存在しなかった。あと五分、とか言っても通じない。


 時間の概念も、神であるアエテルヌムがつかわした七柱ななはしらの使徒のうち、一柱が「時」を司るのだという。正式には、「時ノ使徒」と言うらしいが、その使徒が生まれたことで、時間と言うものは存在すると信じられている。時刻に関しては、その時ノ使徒が、時計の針の真ん中を担って動かし、他の六柱が朝と夜の一刻ずつを担ったことで「刻」と言うのが存在する。というのがこの国での時間の都合らしい。だから時間自体は二十四時間、つまり二十四刻と表す。


 先日のエマとの会話で少し触れていたことだが、その教会にある魔法と機械仕掛けの時計も、使徒の一柱が最初のラーロの国王に授けたという伝説があるらしい。それが、七大国である所以でもあるそうだ。だから、七大国と呼ばれる他の六つの国にも、各使徒から贈られた、魔法と機械仕掛けの時計を持っていることになっている。


 そのため、この世界、というよりラーロ王国では、アエテルヌムが様々なところで浸透しているのを思い知らされた。


 アエテルヌムが無から生まれ、一人だと寂しいから最初に人を創ったけど、人はアエテレヌムと同じように生きられないほど弱くてすぐ死んでしまって、七柱の使徒を創り、七柱の使徒に人間の生きられる世界を創ってもらって、それをまた一柱の使徒が人間を改めて作った。というのがざっくりした神話だ。

 つまり、アエテルヌムと七柱の使徒が、人間を創ってくれたうえに、自分たちが生きやすい世界を創ってくれたのだと、みんなそれで感謝するのだ。宗教に縁がなかったわたしとしては、とてもついていけない。そんなの、ただの神話じゃないか、と言うのが感想だ。わたしの世界の、猿から人になったなんて説を説いたら、きっと牢屋にぶち込まれてしまう。


 もっとも、マリアも流浪の一族だからか、それともセンペル皇国の生まれだからか、そういうところはあまり頓着とんちゃくしていなかったようなのと、ラーロ王国の法律のおかげもあり、そのあたりは誤魔化しが効きそうなのが、不幸中の幸いだった。

 それでも、問題は山積みだった。

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