未来の話
魔王城の謁見の間、そこには本日、人間界の国の王女が訪れていた。
ジークハルトは玉座に座り、足を組んで座っている。
「で、何の用だ」
ジークハルトは単刀直入に用件を聞いた。
「ですから、人間界と魔界の友好を確固たるものにするために、わたくしが婚約者候補として参りました」
王女イライザは、どこか自信を感じさせるような笑みを口元に浮かべたままそう言った。
魔王ジークハルトが噂よりも恐ろしくなく、機嫌がよさげな様子なのが自分の容貌を気に入ったからだとイライザは思ったのだ。
「そうか、寝言を言うためにわざわざ足を運んだのは大義であった。そのまま今すぐ国へ帰れ」
ジークハルトは流れるようにそう言い放った。その視線は既にイライザの方を向いていない。というか最初から魔王はイライザなど視界にも入れていなかった。
ジークハルトの視線の先にあるのは謁見の間の開かれたままの扉、その裏でいくつかの影がうごめいていた。
「子ども達、いくのです! 突入じゃあああ!」
おー、といういくつかの可愛らしい掛け声とともに人が飛び出してきた。それらはてててっと、ジークハルト目がけて走って行く。
それらの姿を認めた途端、今まで無表情を貫いていた魔王がふわりと微笑む。その表情の変化にイライザは驚いた。
一番先頭を走ってきた美貌の少女はジークハルトに詰め寄る。
「ジーク! うわき!?」
「うわき~」
「う~」
「わ~」
「き~?」
詰め寄ってきた少女をジークハルトは抱き上げ、膝にのせる。少女の後についてきた四人の子ども達も自分でジークハルトによじ登って行く。
ジークハルトは少女の額にチュッとキスを落とした。
「俺がキティ以外のメスに靡く筈ないだろう」
「メスて」
キティが半眼でジークハルトを見た。
ジークハルトは素知らぬ顔でよじ登って来る子ども達を抱きしめている。
結婚したキティとジークハルトは、四人の子どもに恵まれた。他の子よりも一回り大きいのが長男で、その下の三人は三つ子だ。
「魔王様……」
横に控えていたシオンが少し呆れた様子でジークハルトに声を掛ける。客人の前でジークハルトが家族団らんを初めてしまったからだ。
「おお、そうだったな」
ジークハルトは渋々といった感じで王女とその御付き達に向き直った。その腕には妻と子ども達がしっかりと抱かれている。
「見てわかると思うが、俺はこうして妻と子ども達がいるのでお前はいらん。今すぐ人間界に帰れ」
「なっ!」
イライザの瞳が羞恥と怒りに染まった。ジークハルトのセリフが彼女の気に障ったのだろう。
既に用は済んだとばかりに、ジークハルトは家族といちゃつき始める。
膝に長男とキティ、両肩と頭に三つ子をのせたジークハルトはとても幸せそうに微笑んでいる。三つ子の一人に耳をはむはむされても無抵抗だ。
完全に夫バカで親バカである。
「……な、ならば、わたくしは第二婦人でも構いませんわ!」
イライザが持っていた扇を握りしめてそう言った。だが、その顔にはいずれはキティに取って代わってやろうという野心がありありと浮かんでいる。
意外なことに、イライザの提案に真っ先に反応したのはジークハルトでもキティでもなく子ども達だった。
ジークハルトとキティの血を引いているだけあって、子ども達は大変賢い。まだ舌っ足らずな三つ子達も何かよくない気配を感じたのだろう、長男と三つ子は素早くジークハルトから降りてイライザを取り囲んだ。
四人の息子達はイライザの周りをグルグルと回りだした。すると、イライザを中心に魔法陣が浮かび上がった。
「え?」
魔法陣が発光した瞬間、イライザの姿が消えた。
長男はむふんと息を吐く。
「にんむかんりょう!」
「「「う!」」」
長男の言葉に、三つ子は同時に敬礼をした。まだむちむちとしている体での敬礼は大変可愛らしい。
四人の息子達はてててっと両親のもとに戻っていった。その表情は褒めて褒めてっというように輝いている。
「もう転移魔法が使えるなんてうちの子達は天才だな」
「そうだねぇ」
キティはジークハルトの膝から降りて子ども達を抱きしめた。抱き締めるというよりはパワフルな子ども達に抱き締められているような感じである。
キャイキャイとはしゃぐ妻と息子達にジークハルトは目尻を下げた。
ほのぼのとする魔王一家とは対照的に、イライザの護衛達は明らかに狼狽している。急に護衛対象が消えたのだから当たり前だろう。
「あ、あの……王女殿下は……」
イライザの護衛がおずおずとジークハルトに尋ねた。
「ん?人間界に送っただけだ。そうだろう?」
「ん!」
ジークハルトの問い掛けに長男は勢いよく頷いた。息子の小さな頭をジークハルトは撫でてやる。
「まあ、人間界のどこに送ったかはこの子にも分かっていないからな。早く探しに行った方がいいんじゃないか? まあ、おそらく王都の周辺だろうとは思うが」
「「「!?」」」
護衛達は最低限の礼をして謁見の間を去って行った。イライザを探しにいったのだろう。
謁見の間には魔王一家とシオン、レオンだけが残された。
「ふぅ、やっと邪魔者が帰ったな」
ジークハルトは玉座から立ち上がり、妻と子ども達をむぎゅっと一纏めに抱き締めた。そのまま五人の頭に自分の頬を擦り付ける。
「あ~、可愛い可愛い可愛い」
人間の王女のせいで消費した癒しを補充するジークハルト。
そんな上司をレオンとシオンは生温かい目で見守る。
「……この姿をさっきの王女に見せたら自分から身を引いたんじゃないか?」
「魔王様はいい意味でちょっと威厳がなくなりましたよね……」
ジークハルトは子ども達の頬へ順番にキスをした後、キティの口にちゅっとキスを贈った。
今日も、魔王夫妻は仲睦まじく暮らしている。
末期の引きこもりが魔王のペットになって全力で愛でられます 雪野ゆきの @yukinoyukino
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