ジークハルトとキティ




 おそらく、シルヴィアが死ななかったのは代償魔法を使う時に『私』という曖昧な言い方をしたからだろう。

 代償魔法が奪ったのはシルヴィアとしての記憶、そしてシルヴィアとして生きてきた時間だった。


 これはあくまで推測でしかないが代償魔法によって『シルヴィア』としての自我が芽生える前まで体の時間が戻されたのだろう。そして『シルヴィア』として生きてきた記憶もなかったことになった。


 シルヴィアはもうこの国のために命まで懸けてくれた。

 次の人生はシルヴィアの好きに生きてもらいたい。



『私、家猫になって食っちゃ寝ごろりんちょの生活を送りたいなぁ』


 夢を見るようにそう言ったシルヴィア。


『やりたくないなぁ……』


 死ぬ前にそう言ったシルヴィア。


 俺がその願いを叶える。


 もう、やりたくないことはしなくていい。


 全力で甘やかしてやる。



 こうして、キティは俺のペットになった。




***





 キティは今や俺にとって欠かせない存在だ。


 俺の膝に座って、カップに入ったミルクを必死にフーフーしているキティを見る。


「キティ、それは冷たいやつだ」

「おっと」


 喉が渇いていたのかキティはミルクをゴクゴク飲み始めた。先程、「喉が渇いているから冷たいのちょーだい」とレオンに自分で言ったのを忘れているのか。


 まあ、この通りキティは可愛い。ものすごく可愛い。存在だけで癒される。

 キティはシルヴィアだった頃と同じく頭はいいのだがそこにポンコツ要素が加わった。それがとんでもなく可愛い。


 さらに、最近は情報管理部隊や開発局のお手伝いもしているらしい。それはいいのだが、また前みたいにやりたくもない仕事をやらなくてはいけないことにならないか心配だ。

 そのために俺はキティが王族だということを隠しているというのに。―――そう、叔父上にも。

 次に叔父上に会った時に打ち明けようと思っていたのだが、叔父上が初対面でキティにやらかしたことを考えるとそれも中々難しかった。叔父上は末期の親バカなので、キティ(シルヴィア)を危うく殺しかけたなんて知ったらそれこそ自殺してしまうのではないかと思ったからだ。

 

 だが、そろそろ叔父上に打ち明けねばならないと思う。なぜなら、そうしないとキティが成長できないからだ。

 魔族はある一定の時までは親の魔力をもらわないと成長できない。それを知っているキティはもう成長を諦めているみたいだが、それでは可哀想だろう。

 シルヴィアがいなくなってからもう三百年程経った、そして、キティがシルヴィアと同じくらいまで育つにはあと百年以上はかかるだろう。シルヴィアと深く接していた者は少なかったし、その頃にはキティとシルヴィアが同一人物だと気付く者はほとんどいないだろう。

 キティと叔父上の和解した今が絶好の機会だろう。


 さて、そうと決まればさっさと実行に移すのがベストだ。



 叔父上の部屋をノックし中に入る。


「どうしたんだいジークハルト」

「叔父上に言わなければならないことがある」

「ははっ、なんだい? 告白でもするみたいじゃないか」

「……ある意味告白ではあるな」

「?」


 叔父上は今からなんの話がされるか見当もつかないらしい。それもそうか。


「キティのことだが―――」


 そうして俺はキティのことを叔父上に打ち明けた。

 キティがシルヴィアであること。 

 だがシルヴィアであった時の全てを忘れており、今後も記憶が戻ることはないであろうこと。

 そして、今まで叔父上に言わなかった訳。





「はぁーーーーーー……」


 俺が全てを話し終えると叔父上は頭を抱えて深くため息を吐いた。


「打ち明けるのが遅くなってすまない」

「……いや、ジークハルトの言った通りキティちゃん―――いや、キティと和解する前の僕だったら危うく自責の念に押し潰されていただろう」


 そう言うと叔父上は再び深いため息を吐いた。今度は手で顔全体を覆って。


「そうか、あの子は生きてたんだね……」


 叔父上のその声は微かに湿っていた。


 正確に言うと『シルヴィア』は死に、もうこの世のどこにもいない。いるのは『キティ』という魔族だけなのだが、それは叔父上も分かっているだろう。

 二人は別人だ。だからキティにお前はシルヴィアなんだと伝える気はない。

 


「……これからキティをどうしたい?」

「……できれば養子にしたいかな。もちろんシルヴィアではなくキティという魔族として。まあシルヴィアを想ってしまう気持ちもないわけではないけれど……」

「それでいいと思うぞ。養子の件はキティの承諾がなければならないが」


 もう叔父上は政治の中枢にはいないし、表向きには元々王族でもない魔王のペットお気に入りの後ろ盾になるために叔父上の養子に迎え入れたことにすれば王族の義務も生まれない。

 キティの成長については誰か親役を用意して辻褄を合わせよう。幸いにも、キティが引きこもっていたことすら知る者は少ない。


 そう考えを巡らせていると、叔父上が俺の顔をジッと見ていた。


「ねぇ、なんでジークハルトはあの子のためにそこまでしてくれるんだい?」

「?」


 なぜ今そんな当たり前のことを聞くのだろう。


「ジークハルトとシルヴィアはただの従兄弟同士だし、三百年前のことも君のせいではないのだから償いという気持ちではないんだろう?」

「それは……」

「それは?」


 ……なぜだ?

 そういえば、今までそんなことは考えたこともなかった。




『ジークハルト』



『ジーク』




 シルヴィアとキティの顔が順番に浮かんだ。


 シルヴィアが死んだと思った時は自分も死にそうな程後悔した。


 キティに出逢った時から今まで、あの子のためならなんでもしてあげたいと思った。







 ―――そうか、


 簡単なことだ。




 俺はシルヴィアも、キティも、愛していたんだ。




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