ジークハルトとシルヴィア
「ねぇジークハルト、どうして私は働かなきゃならないの?」
シルヴィアはジークハルトの執務机の上に上半身をダランと乗せる。ジークハルトの書類もシルヴィァの華奢な体の下敷きだ。
「……シルヴィア、書類が読めない」
「今は私とお話してるでしょ?」
「お話させられてるんだ」
シルヴィァはたまにこうして駄々をこねる。
「なぜ王族に生まれたってだけでやりたくもない仕事をやらなきゃいけないの? 私どうせなら家猫になって食っちゃ寝ごろりんちょの生活を送りたい」
「……いいからその無駄に高性能な脳味噌を動かせ」
「ぶ~」
子どもっぽく頬を膨らませているが、シルヴィアはとてつもなく頭がいい上に王族であるので魔力も高い。魔力は父であるリンドヴルムを超しているのではないだろうか。
「ペタコン、ペタコン、ペタコン」
独特な擬音を口ずさみながら書類に判子を押していくシルヴィア。適当に判子を押しているように見えるが全ての書類に目を通しているのだ。
「終わった」
「ああ」
「褒めて」
「よくやったな」
ジークハルトがおざなりに褒めるとシルヴィアは二パッと笑顔になった。
「叔父上に褒めてもらえばいいだろう」
「父様は褒めてなんて言ったらパーティーとか開いちゃうもの。それに毎日シルヴィアは生きてるだけで偉いんだよって言ってくれるし」
「叔父上の親バカは治らんな」
リンドヴルムは娘のシルヴィアを溺愛してやまない。娘のこととなると度が過ぎがちなのはご愛敬だ。
そして雪の降るある日、ジークハルトとリンドヴルムは人間界の式典に出かけることになった。
「じゃあねシルヴィ~。父様達は行っちゃうけど寂しくないかい?」
「大丈夫」
「留守を頼んだぞ」
「りょーかい」
そうして俺達は人間界に旅立った。
***
「♪~♪~ジークハルトも父様もいないからちょっとくらいお仕事サボってもバレないな~」
そう執務室で鼻歌を歌ってご機嫌だったシルヴィアに一通の報告が入った。
『なに?』
『北の森に邪竜が現れました!!』
『……すぐに行きます』
シルヴィアはソファーから起き上がると、北の森にある自分の塔へと転移した。
自分の別邸である塔に着いた瞬間、邪竜の叫び声とも呼べるような鳴き声がシルヴィアの鼓膜を襲った。肌がビビビッと逆立つような鳴き声にシルヴィアは反射的に両手で自分の耳を覆う。
そのまま飛行魔法を使って外へ出ると、既に何人かの魔族が邪竜と交戦中だった。
シルヴィアは巨大な氷のつららで邪竜を穿ち、動きを止めた。
「シルヴィア様!!」
「あなたたちはジークハルトと父様に急いでこの状況を伝えに行って! ここは私が引き受けます!!」
「「「ハッ!!」」」
そう言って彼らは転移魔法でこの場から消えた。今自分達が残っていても魔力に差のあるシルヴィアの足手まといになることが分かっていたのだろう。
シルヴィアは、既に降り積もった雪に埋もれるように地面に固定された邪竜をピキピキと凍らせていった。そして凍らせていった先からドライアイスのように邪竜を蒸散させていく。
ふぅ、とシルヴィァが胸を撫でおろしかけた時―――。
「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「!?」
最後の抵抗なのか、突然邪竜が口から黒い霧を吐き出した。黒い霧は通常ではありえないスピードで街の方へと広がっていく。
「なっ……!」
黒い霧に触れた途端急激に魔力が吸われていくのを感じた。
力の抜ける感覚に襲われてシルヴィァは地面に墜落した。その際、木の枝にシルヴィアの服が引っかかり背中の部分が大きく破れる。
落下したことで体を地面に強く打ったが、痛みよりも恐怖がシルヴィアの思考を支配していた。
「この霧が国に広まったら……みんな死んじゃう……」
最後の命の灯を燃やし尽くすかのように邪竜は大量の黒い霧を吐き出し続ける。
黒い霧にもろに触れてしまったシルヴィアはもう魔力が尽きかけていた。
「ハァ……ハァ……」
めまいと息切れがシルヴィァを襲い、ついにシルヴィアは座り込んでしまった。
「ハァ、ハァ……とうさまも、ジークハルトもいない……わたしが、わたしがやらなきゃ……」
―――そしてそれが、王族に生まれた私の責任―――。
シルヴィァは自分の周りに指で魔法陣を描いた。代償魔法の魔法陣だ。代償魔法は少ない魔力で発動できるが、対価次第ではかなり強力な魔法を発動することが出来る。
「ああ……やりたくないなぁ……」
シルヴィアは自嘲の笑みを浮かべた。
「でも、父様とジークハルトの大切な国だから、私が守るよ」
シルヴィァの周りの魔法陣が光を放ち始める。
「『代償魔法』発動」
「……対価は、『私』」
今度はシルヴィアの体が光を放ち始める。
「これでみんな助かる……でも、やっぱり、やりたくないなぁ」
「―――シルヴィア!!」
「ジークハルト……」
転移で現れたジークハルトにシルヴィアは目を見張る。
その一瞬後、シルヴィアジークハルトに向けて微笑んだ。
「シルヴィア! 死ぬな!! ……グッ!!!」
その瞬間、目も開けていられない程の光と暴風がジークハルトを襲い、ジークハルトは大きく後ろに吹き飛ばされた。
「カハッ!!」
背中を木の幹に強く叩きつけたジークハルトは意識を失う。
ジークハルトが吹き飛ばされる直前に見たものは、シルヴィアの背中にある王族の印だった。
ジークハルトが目を覚ました時には邪竜も、黒い霧も、そしてシルヴィアもいなくなっていた。
『シルヴィ、シルヴィは生きてるだけで偉いんだよ。父様はシルヴィが生きてるだけでいいんだ』
―――叔父上、本当にその通りだったな。
―――シルヴィア、お前に命を懸けさせてしまってすまない。
***
「―――魔王様、魔王様はどうしてキティにそこまで甘いんですか?」
膝の上で眠り込んだキティを撫でる俺にレオンが尋ねてきた。
「……キティは生きているだけで偉い。キティは生きていればそれだけでいいんだ」
「はぁ……」
レオンにはまだよく分からないのだろう。俺もシルヴィアを一度失って、そこで初めて気付いたのだから。
―――初めてキティを見た時は、小さい頃のシルヴィアに似ている気がしてなんとなく気になっただけだった。
そして、キティの後を追っていくとシルヴィアの別邸の塔に着いた。シルヴィアが死んでからは来ていなかったので随分と久々だった。
中に入ると、俺は驚くべき光景を見た。
そこにはベッドでうつ伏せに寝ている裸のキティ。
そしてその背中の、シルヴィアと同じ場所には王族の印があった。
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