キティはコタツで丸くなる
寒い……。
なんだか外も静かな気がする。
私はカーテンを開けて窓の外を見た。
「ふおおおお」
朝のコーヒーを楽しんでいるジークを引っ張って来る。ジークからはコーヒーの良い香りがした。私は飲めないけど……。
ジークはパジャマ姿の私を毛布で包んで抱き上げた。そのまま窓まで歩いていく。
「雪か……」
ジークが呟く。
そこは、昨日までの景色とはうってかわって一面の銀世界だった。
今もパラパラと白い粒が降り続けている。
「キティは雪を見るのは初めてか?」
「ううん、見たことはあるけど……。雪が積もってると何かテンション上がる」
「子供にありがちだな」
「成人女性ですぅ~」
ジークに微笑ましげに頭を撫でられた。
いや、子供がぼくもう大人だもんっ!って言うのとは訳が違うからね?私本当に成人してるし。
あ、寝癖を直してくれてたのね。どうもです。
いつもよりも温かい格好をして廊下に出た。
ブルリ。
やっぱり寒い……。
ふと、ジークの温かそうなコートと腹部が目に入った。
ジークを見上げると目が合う。なんだ?と問うように首を傾げている。
はぁ、ぬくぬく。
私は自分の在るべき場所を見つけた。
人肌の温度に加えて極上の安心感。桃源郷に違いない。
私が心地好いまどろみに浸っていると、レオンの怪訝そうな声が耳に入ってきた。
「……魔王様、その腹部はどうされたんですか?」
ジークの膨らんだ腹を見てレオンは訝しげに尋ねる。
「朝食を食べ過ぎてな」
「んなキティじゃあるまいし」
私でもやらないわ!!
抗議するためにひょっこり顔を出す。
すると、レオンが目を見開いた。真顔で。
「キティ、それはかわい過ぎるぞ」
ジークの懐に潜り込んで顔だけ出していた私は、抵抗も出来ずに撫でられまくった。髪の毛がボサボサだ。
ちゃんと保護者が手櫛で直してくれた。
その光景をレオンはずっと撮影している。
「レオン、後で寄越せ」
「勿論です」
レオンはカメラを構えたまま頷いた。
そして目尻を下げて私に話し掛けてくる。
「キティは魔王様の懐が気に入ったのか?」
「うん、ぬくぬくで極上の安心感。ここは私の城だ」
「そうか~。親猫の腹の下で守られてる子猫みたいでかわいいぞ」
「レオンも体験してみると分かるよ。この安心感」
「いや、キティ以外がやったら安心どころか処刑場となんら変わりないから。ヒヤヒヤするどころか恐怖で泣き出すわ」
全力で却下された。
「キティ、そもそもサイズ的に無理だぞ」
「それもそっか」
ジークの冷静な突っ込みに納得した。
うんうん何度も頷く。………そういえば、ジークの服の中に潜り込む時にビリって音がした気がしたんだけど……怒られちゃうかな。
そうなったら私が縫ってあげよう。うん、そうしよう。
……針どころか安全ピンも握らせてもらえない未来が見えた。
「よしっ!キティ、外に行くぞ!」
「え?」
何がよしっ!なの?
そうこう思ってる間に楽園から引きずり出された。……寒い。
私がブルブル震えているうちにコートとマフラーと手袋を着けられていた。
そしてがっしりと抱き上げられる。
「ふぇ?」
間抜けな声を出した私はあれよあれよという間にレオンに外まで運ばれた。
後ろからジークとシオンが付いてきているのを確認してちょっと安心。
外に出ると、凍て付く様な冷気が私を襲った。自然と体は縮こまる。
「さむむむむ」
レオンは寒さに凍える私をフワフワの雪の上に下ろした。膝の辺りまでが一気に埋もれる。
「つめたい……」
上を向いて手を伸ばしてもレオンが抱き上げてくれる気配はない。
それどころか嬉々として雪に手を突っ込み、玉を作り始める。
レオンは駄目だ。ジークに抱っこして連れ帰ってもらおう。
「じーくぅ~」
雪を掻き分けてのっそのっそとジークの元へと向かう。
後一歩という所で私の頭部に雪玉がぶつけられた。その衝撃と冷たさ、驚きでキョトンとしてしまう。
一瞬経って、目の奥からじわりとしたものが溢れてくる。
「ぺそっ」
「レオン!キティに何をやっている!!」
ジークは私を抱き締めると、レオンに向かって怒鳴った。
レオンはえ?という顔をして呟く様に言った。
「……もしかして、二人共、雪合戦知らないんですか?」
レオンによる雪合戦の説明が始まった。
「ふむ、取り敢えず相手に雪玉をぶつければいいんだな」
「あ、俺今嫌な予感しましたよ。キティのことを泣かせそうになった罪で魔王様に滅多打ちにされる未来が見えた」
「良く分かっているな。遊びならば何の問題もないだろう」
「死んだら問題ですからね?」
レオンは寒い筈なのに背中が汗でじっとりと濡れたのがわかった
「ジーク見てー」
私はシオンと作った雪だるまをジークに見せる。端からレオンの説明など聞く気はなかった。あんな遊び絶対勝てないし。
幸い雪だるまは知っていたのでシオンと作っていたのだ。
「キティ、寒くないかい?」
シオンが尋ねてくる。
「うん、ちょっと温かくなってきた」
「それは良かった」
「あ、ジーク、見て見て頑張ったでしょ?」
近くに来たジークに私の身長よりも少し大きいくらいの雪だるまを見せた。
ジークは頭を撫でてくれたけどちょっと残念そうだった。
……………あ。
「じゃあそろそろ戻るか」
「ううん」
ジークの問い掛けに私は首を振る。
ジークは不思議そうな顔をしたけど、レオンとシオンには分かったみたいだ。二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「じゃあキティ、先に戻ってるよ」
「いいもん用意しといてやるからな」
「うん」
それだけ言うと、二人は城の中へと戻って行った。
ジークはその瞳に困惑の色を滲ませてこちらを見詰めてくる。
私は自分に出来る精一杯の笑みを浮かべて言った。
「ジークと雪だるま作るの」
「!」
ジークは一瞬驚いたが、直ぐにほのかな微笑みに変わった。
「ああ、作ろう。シオンと作ったのよりも、もっと大きいのを」
「ふへへ」
そして二人で作った雪だるまは冬の終わりまでずっと残っていた。
「ふおおおおお!こたつだあああ」
執務室のど真ん中には駄目魔族のお供、コタツが設置してあった。その上にはちゃんとミカンまで用意されている。
私はいそいそと靴を脱いでコタツに入った。
ああ、冷えた体にじんわりと熱が入ってくる。極楽。
「どうだキティ、お兄ちゃんって呼んでもいいんだぞ?」
「ありがとうお兄ちゃん」
「っっ!!」
レオンは急に蹲った。
「レオン、何悶えてるの君……」
「シオン、俺は幸せを噛み締めているんだ」
「そう……正直ちょっと羨ましいけどオーバーリアクションじゃない?」
「シオン!!お前は何も分かっていない!!」
レオンが吠えた。
「キティ!!」
「っあい!」
「シオンにもお兄ちゃんって言ってやれ!」
「ふぁい!」
急に大きな声で呼ばれたらびっくりするじゃないか。
まあ、私はコタツパワーで機嫌がいいのでやってやろう。丁度近くにあったシオンの人差し指を握る。
「えっと、ありがとうシオンお兄ちゃん?」
……これでいいのだろうか。
一拍の静寂。
バタンッ
シオンが床に倒れた。何だか小刻みに震えている気がする。
「……シオン、一応聞くが何をしてるんだ?」
「幸せを噛み締めているに決まっているだろう」
「俺と一緒じゃねぇか!!」
いい年した大人がわいのわいの騒ぎ始めたが私はスルーだ。
「キティ」
スルリと、私を両足の間に挟む形でジークがコタツに入ってきた。硬い胸板が後頭部に当たる。
私は自分からその何よりも安心する硬さり寄り掛かってすり寄った。
するとジークに後ろから両手を取られ、にぎにぎされる。
途中から調子に乗って素手で作業してしまったのだ。だから私の手は今冷え切っている。ジークは温めてくれるつもりなのだろう。
徐々に体温が戻るにつれ、眠気が襲ってくる。
ああ、コタツでのお昼寝なんて贅沢だな~……。
「シオン、レオン、騒ぐな。キティが起きる」
「「はっ」」
ジークハルトが命じると、二人はピタリと口論を止めた。
自分達の主の方を見ると、自然と口元が緩む。
そこには、ジークハルトに寄り掛かって幸せそうに眠るキティと、それをいつもとは比べものにならない位優しげな瞳で見詰める彼らの主。
「これは、コタツよりもほっこりする光景ですねぇ」
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