バカじゃなかった
なんだか暑くて目が覚めてしまった。
水を飲んだら二度寝しよう。まだ朝の六時だ。起きるには早い。
コップと水差しを取りにベッドから下りると、朝のヒンヤリとした冷気が纏わり付いてくる。
さむっ!
私はブルリと震え、ジークの懐に戻って行く。
……ん?季節はもう冬に差し掛かろうとしているのに何で暑いんだ?
ペタリと目の前の首筋に触れる。
……熱い?
私は無駄に広い廊下を全力で駆ける。
「れおおおおおん!!」
「うおっ!?キティどうしたんだ!?こんな早く起きるなんて……」
「ジークがじんじゃうううう!」
「は!?魔王様がしぬ?それってどういう……ああっ!泣くんじゃない、ほらチーンしような」
「うううっ」
レオンが優しく涙を拭ってくれるけど、それどころじゃないんだよ!
「ジークが尋常じゃなくあづくて、ヒック、おぎないの~」
ぽろぽろ涙を溢すとレオンがしゃがんで抱き締めてくれた。あやすようにポンポン背中を叩かれる。
「ああ、泣くな泣くな。魔王様がそんな簡単に死ぬ筈ないだろ?先生呼んで診てもらおうな」
「うん……」
私はレオンの背中に手を回してしがみついた。
「風邪ですね」
「かぜ……?」
怪我をしても直ぐ治り、病気に掛かることのない魔族が唯一掛かる病、それが風邪だ。
知識では知っている。
「何でジーク熱いの?」
私の問いに先生は一瞬目を見開いた。
「ペットちゃん、一応聞きますが、今まで風邪を引いたことは?」
「?ない」
何かおかしいの?
私を片腕で抱っこしているレオンを見上げる。すると、レオンは何とも言えないような顔をしていた。
「そうか、キティはバ……なんでもない」
「ペットちゃんはバカだから風邪に掛からなかったんですねぇ」
レオンが言わなかった台詞を先生が引き継いだ。医者がそんなこと言っていいのか。
ジロリと先生を睨む。だが勝ち誇ったような笑みを返されただけだった。
「何ですか?保護者が熱を出したくらいで泣きべそをかいた成人魔族のキティちゃん?」
「むきゅう~」
「先生、せっかく泣き止んだのにまた泣かせないでくれ。よしよし、キティはビックリしちゃっただけだもんな~」
レオンに揺すられて背中をポンポン叩かれる。
私を赤ん坊だと思ってるのかコイツ。あやされる歳じゃないんだけど。
「ジークどうしたら良くなるの?」
「よく寝て薬飲めば明日には治ってると思いますよ。看病してあげたら喜ぶんじゃないですか?」
「うん、頑張る」
私はしっかりと頷いた。
「「「……」」」
先生、レオン、シオンの三人は遠い目をして私を見詰める。
「ペットちゃん、どうして氷結魔法を展開しているんですか?」
「?先生がおでこ冷やせって言ったから」
「冷やすどころか魔王様まで凍りますよ」
「キティ、何してんだ?」
「いっぱい毛布持って行こうとしたら毛布の雪崩れにあった。レオンたしゅけてぇぇぇぇぇ」
「そんなにたくさん毛布はいらないからな?」
「キティ……どうしてずぶ濡れになっているんだい?」
「じ、じーくにお水もってこうとしたら水差しが降ってきた」
「……重いものは一人で運んではいけないよ」
直ぐに着替えさせられた。パジャマに。
足元をオロオロとうろつく私に先生はニッコリと笑った。
「ペットちゃん」
「?」
そのまま脇に手を差し込まれ、ジークが寝ているベッドまで運ばれる。
これまでの私の行動を見ていたジークは、ベッドから憐れむように私を見ている。
「キティ……おいで」
ジークが自分にかかっている布団の端を捲ると、そこに放り込まれた。直ぐに布団を元に戻されてお腹の辺りをポンポンされる。
「ペットちゃんはバ……風邪を引かないみたいなのでうつらないでしょう。大人しく魔王様を癒していて下さい」
「はい……」
有無を言わせない微笑みだった。
「キティ」
「ん?」
ジークの方に体を向けたら熱いのに抱き込まれた。
息ができん。
苦しいのですぽんっ、とジークの腕から顔を出すと激しい頬擦りに襲われる。
「キティかわいい、かわいいぞ」
「むきゃあ~」
「キティは何も出来なくて良いんだ。俺が一生面倒みてやる。ずっと可愛がられていろ」
「うみゅ~」
ジークの腕の力が更に強くなる。
しまるしまる!
病気じゃなかったっけこの人。
ほっぺとかおでこにちゅっちゅされる。嫌じゃないけどくすぐったい。
身を捩って避けるけど、ジークが追ってくる。
「な~にじゃれてるんですか。お食事をお持ちしましたよ」
シオンが持つお盆の上には湯気を立てるお粥が乗せられていた。じゅるり。
涎を我慢しているとシオンにジトリとした視線を向けられた。
流石に取らないよ。
「あーん」
「ん」
ジークの口元にスプーンを持っていき食べさせてあげる。いつもと立場が逆だ。
ジークがそこはかとなく嬉しそうにしているのでいいだろう。
燕下するタイミングをうかがってせっせとスプーンを運ぶ。
皿の中身が空になると、私もご飯を食べるために一旦退出した。
「じゃあジークを寝かしつけてくればいいの?」
「うん、お願いね。ついでにキティも一緒にお昼寝してきな」
「わかった~」
体よく厄介払いされた気がしないでもないが、私はシオンに言われたことを実行すべくベッドに潜り込んだ。
ジークの背中に手を回し、リズムよくトントンする。……絵面的には私がジークにしがみついている様に見えるだろう。
「キティ、寝かしつけてくれるのか?」
「うん、安眠するの。ついでに私も寝る」
「そうか」
ジークの纏う雰囲気が柔らかくなった。それに安心したのか、目蓋が重い。
まだジーク寝てないのに……。
眠気に耐えて背中トントンを続けようとすると、頭を撫でられる。
「いい、眠れ」
意識が落ちる前にジークの優しい声が聞こえた。
ジークハルトの氷嚢を代えるためにレオンはコッソリと部屋に入った。
中の光景を見て相好を崩す。
大きく豪華なベッドの上には、寄り添うように丸まって寝る二人の姿。
それは猫の親子のようで、穏やかな寝息をたてている。
「これは平和な光景だな~」
一つの写真がレオンのコレクションに追加された。
後日、キティにしっかりと風邪が移ったのは言うまでもないだろう。
ベッドに横たわってジークハルトに甲斐甲斐しく看病されているキティを見て、シンは珍しく気まずげな表情を浮かべた。
「ペットちゃん……なんか、ごめん」
「バカじゃなかっただろおおおおおおおお!!」
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