とりっくおあとりーとは肥満へ向かう呪文
ある日の朝、レオンが突撃してきた。
「じゃあキティ、今日はこれを着るんだぞ」
そう言ってレオンが何やら洋服を差し出してきた。
何がじゃあなんだ。
レオンは洋服を私に渡すとさっさと退出していった。何だったんだ。
なになに?とりあえず今日はこれを着ればいいの?
レオンが渡してきた服は着るのがめんどくさそうだった。
今日はジークが朝早くから出掛けていっていないのに……。自分で着替えなければならない。
流石の私もジーク以外に着替えを手伝って貰うのは気が引ける。
渋々と腕を通し始める。
お、案外楽じゃないか。
リボンとかボタンとか色々付いていたがそれらはただの飾りで、着替えは頭から被るだけでほとんど終了した。
「わぁ」
扉から廊下に出ると、レオンが待機していた。
居ると思わなかったからビックリしたじゃないか。
「うん、やっぱりお兄ちゃんの見立ては間違ってなかったな」
レオンは一人で頷くと私の服をちょいちょい直し、私の尾てい骨辺りに何かをくっつけた。
そして頭にカチューシャっぽい何かを装着された。
「?何つけた?」
「小道具だよ」
「?」
首を傾げるとレオンはニッコリと笑った。
「じゃあ、はい」
そして黒くて細い槍みたいなのを渡された。私にぴったりのサイズだ。三本に分かれている先端はちゃんと丸くなっている。
だから何がじゃあなのか。
「よし、お兄ちゃんがキティに魔法の呪文を教えてあげよう。今日会った人には必ず言うんだぞ?」
私はよく分からないまま頷いた。
やたらと横幅の広い廊下をテコテコ歩く。
すると先生に遭遇したので、槍を持っていない方の手を振る。
「あ、せんせ~おはよー」
「おや、ペットちゃん。おはようございます」
先生は今日も張り付けたような笑顔だ。その下では何を考えているか分かったもんじゃない。
「今日はなんだか何時もとは違う服装をしていますねぇ」
「何かねぇ、レオンに着ろって言われた」
「あの男は新しい趣味に目覚めたんですかね」
おっと、レオンが不名誉な認識を受けている。
訂正はしないでおこう。
「あ、レオンといえば。先生、とりっくおあとりーと」
「ああ、ハロウィンの仮装でしたか。ちょうど俺の手作りの飴があるのであげますよ。後日感想を聞かせて下さいね」
手のひらにコロンと可愛らしい包みの飴を置かれる。
「せんせ~ありがと~」
この飴が後に何を引き起こすか知らなかった私は、のんきにお礼を言った。
ばいばい、と先生と別れる。
今日はお菓子が貰える日なのか。
またもや廊下を歩いていると、聞き覚えのあるひそひそ声が耳に入ってきた。
「やばいな」
「ああ、あれはやばい」
「天使」
「いや小悪魔だろ」
隊長さん達である。
どうせ聞こえてるんだからさっさと話し掛ければいいのに。
「おはよ~」
片手を上げてご挨拶。
「キティちゃん、どうしたの?その格好……」
「レオンが着ろって」
「あいつ、遂に新しい扉を開いたのか」
「とりっくおあとりーと」
「あ、ハロウィンか」
レオンは誤解されやすいのかな。
「小悪魔ちゃんのイタズラも捨てがたいけど、キティちゃんはお菓子欲しいよね……」
コクリと頷く。
「よっし!経費で溜め込んでたお菓子!キティちゃんにあげちゃうぞ!!」
「キティは横領の片棒は担ぎたくありません」
「大丈夫、備品代から出てるから」
隊長さんはウインクを一つすると私を担いだ。俵担ぎだ。
お腹が圧迫される。
持ち上げるなら抱っこしてよ~。
私を連行する隊長さんの後ろをいつもの面々か続く。
「キティちゃん美味しい?」
「ほひひ~」
「こっちも食べな」
「あむっ」
チョコのクッキーが口に入ってくる。
ん~っ!サクサクうまうま!!
「キティちゃん、次これ食べてみて~」
「あーん」
こんな具合に次々と菓子を口に放り込まれる。おかげで私は今リスのように頬を膨らませて菓子を頬張っている状態だ。
あ、これもうまうま。
時々パンパンに膨らんだ頬を突かれるけど気にしない。
「かわいいな~」
よちよち頭を撫でられる。もっとやって。
さらにナデナデをねだるとみんなの顔が溶ける。
「はい、お土産だよ」
「おみや」
去り際にオバケとかキャンディーのイラストが描いてある紙袋を渡された。
中にはぎっしりとお菓子が詰まっている。
「一人で持っていける?」
「いけるんるん」
「なにそれかわいい」
手を振って隊長さん達の職場を後にする。
さんざん甘やかされた。今日はいい日だ。
またテコテコ、ジークの執務室へと向かう。そろそろジークが帰って来そうだ。
ジークの執務室の側まで到着すると、シオンとレオンがいた。
「お、キティ。いっぱいお菓子貰って来たな~」
両手を広げたレオンに抱き上げられる。
目線の近くなった私をシオンが大きく見開いた目で見詰めてくる。
「……何だい?この可愛い生き物は……。レオン、これは君の趣味かい?それならば個人的な付き合いは控えさせてもらいたいんだけど」
「え゛?」
「シオン、とりっくおあとりーと」
「あ、ハロウィンか」
シオンもあっさりと納得する。
レオンは釈然としない顔だ。
「おいシオン、お前今、随分失礼な……」
「ほらキティ、チョコをあげようね」
「わーい」
「聞けよ!!」
シオンがポケットから出したチョコを私に食べさせた。
ここの人はみんなお菓子を常備する決まりでもあるのだろうか。
丸いチョコを口の中で転がす。
「見ろよシオン、犯罪級に可愛くないか?」
「同意」
レオンの顔がデロンデロンに溶けている。これが親バカってやつなのか。
シオンがピクッと動く。
「お、キティ、魔王様が帰って来たみたいだよ」
シオンが言い終わった瞬間、ジークが目の前に現れた。
私の身柄は自動的にジークに引き渡される。するとギュウギュウ抱き締められた。
「キティ、可愛い可愛い可愛い可愛い」
頬ずりされ、ジークの私を抱く手にギュウと力が込められる。
締まってる締まってるから。
「私どんな格好してるの?」
「なんだ、見てなかったのか」
レオンが大きめの鏡を持って来てくれた。
そこに写っているのは可愛らしい装飾が付いた白いワンピースに、ふわふわの白い三角形の耳と尻尾が付いた少女。
猫のコスプレだったのか。なるほど、ジークが悶えるわけだ。
だが何故槍を持たせた。
槍をジッと見つめた後レオンに視線を向けた。
「いや~だって、キティの愛らしさに変質者が湧いた時、自衛の手段がないと困ると思って……」
「良い判断だ」
「ありがとうございます」
褒めたジークにレオンがお礼を言った。
気を遣う場所間違ってない?
ぽいっと槍を床に捨てる。
すると、ジークに見詰められているのに気付いた。
片手を掴まれてにぎにぎされる。
「キティ、俺には言ってくれないのか?」
「?……………あ。ジーク、とりっくおあとりーと」
「ん」
おでこにちゅってされた。ふへへ。
ジークは私が貰ってきたお菓子の袋をちらりと見やる。
「今日はたくさん菓子を貰ったみたいだが、まだ食べられるのか?」
「よゆー」
「そうか。俺はキティの可愛い悪戯でもいいが、折角だから菓子をやろう」
パチン、とジークが指を鳴らして出てきたのは、お菓子の家だった。
「ふおおおおおおおおお!!」
誰もが夢見たことのあるお菓子の家!手のひらサイズじゃないんだよ!ちゃんと私が入れるくらいの大きさなのだ。
ジークは屋根の部分に使われていたクッキーを一枚剥がすと、私の口元に運んで来た。
「ほら、お食べ」
「あーん………んん~っ!」
サクサクで上品な味わい。
うまうま~。
私も自分で屋根からクッキーを手に取る。
「ジーク、あーん」
ジークは一瞬驚いた様に目を見開いたが、クッキーを食べてくれた。
「おいし?」
「ああ、おいしいよ」
「えへへ~」
ジークが微かに微笑んだのが分かった。
「………魔王様って甘いもの苦手じゃなかったっけ」
「キティから貰えるもんなら何でもいいんだろ」
二人の空間を作り出していた私達には、若干空気と化していたシオンとレオンの会話は聞こえなかった。
結局、『とりっくおあとりーと』ってどういう意味だったんだろう。
数時間後、私はぽっこりと膨らんだお腹をジークにさすられていた。
「……食べ過ぎたな」
「きもちわるいぃ~~」
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