ピンクの肉球って可愛いよね
あれから四日、私はお菓子の消費に勤しんだ。と言っても、レオンの制限がなかったらハロウィン当日ともう一日くらいでペロリと食べきれた気がするんだけど。
ジークのお腹なでなでがあれば私に怖い食べ過ぎはない!
そして残ったのが、先生から貰った飴だ。
むしろ今日のおやつはこの飴しかない。
お風呂上がりのリラックスタイムにゆっくりと味わって舐める。
うむ、おいしいじゃないか。濃厚なミルクの味が口の中に広がっていく。
舌の上でコロコロと転がす。
………眠くなってきた。
ベッドにコテンと寝っ転がる。
するとジークが寝室に入ってきた。
「キティ、そのまま寝たら喉につまらせる」
も~舐め終わったよぉ~。
目を閉じたままあーんと口を開いて、もう飴が残っていないことを見せる。
そしたら口を閉じられ、頭を撫でられた。
「お休み、キティ」
「ん……にゃ……」
おやすみ……と言い切る前に私の意識は途切れた。
早朝、珍しくパチリと目が覚めた。
………やっぱり寝惚けているのかもしれない。
隣に寝ているジークの顔がすごく大きく見える。
ジークぅぅ起きて~。
「にぃー」
………んん?
「みぃ」
なんか上手く喋れない。
ジークが身じろぐ。
「ん……どうした?キティ……」
大きな手が私の頭から背中の方まで撫でていった。気持ちいい。もっとやって!
無意識に喉がゴロゴロ鳴る。
「ん?」
ここでやっとジークも異変に気付いたようだ。
「……キティ毛深くなったか?」
そういうことじゃない。
「みゅぃ~」
「よしよし、キティこっちおいで」
そのまま抱き込まれて背中をポンポンされる。ぬくぬくだ。
……もしかしてこの異常に気付いてない?
明らかにいつもよりも小さいでしょ~。
「みゅいみゅい~!」
一際大きい声を出すと、トントン、と扉がノックされた。
「失礼します、魔王様。今動物の鳴き声が……」
シオンの台詞が途中で止まった。
その目に映っているのは、上司の腕の中にいる真っ白な毛玉。
頭にはフワフワな三角形の耳、手のひらには小粒なピンクの肉球。そしておしりから生えている細長い尻尾。
通常よりも大分小さいそれは、紛れもない仔猫だった。
「まま、魔王様!?その猫は一体どうしたのですか!?」
「ん?何を言っている。何処からどう見てもキティだろう」
「何処からどう見てもただの仔猫ですよ!?」
「みゃー」
なるほど、私は今猫になっているのか。
まあ、原因は一つしか考えられない。先生の手作りキャンディーだろう。
シオンが腰を屈めて聞いてくる。
「……君は本当にキティなのかい?」
「みゃ~」
そうですよ~という意味を込めて鳴く。
ついでに首を縦に振る。
「……可愛い」
「キティはいつでも可愛い」
「みぃ~」
ジークに首をクイックイッて掻かれた。あ~そこそこ。
いつもよりも大きく感じるジークの手にすり寄る。
「んみゃ~ん」
ゴロゴロゴロ。
ジークは甘える私にフッと笑って、ふわっふわの額にちゅうしてくれた。
ふへへ~。
「みゅぃ~」
私がこうなった原因は間違いなくあの医者だが、まあ伝えなくても大丈夫だろう。
シオンがジークに言う。
「取り合えず、レオンに先生を呼んできてもらいますね」
私の体に何かがあれば、自動的に先生が呼ばれるのだから。
「はぁ、この子供特有の柔らかな手触り、手にすっぽりと収まってしまう小ささ……理想的な姿になりましたねぇ」
どうしよう、先生の鼻息が荒い。
めっちゃ匂い嗅いでくるんだけど……。もう猫なのに鳥肌。
全身を撫で回される。
「はぁ、可愛い可愛い。食べちゃいたいです」
「みぃ!?」
そう言って先生は私の柔らかな耳を
何か生温かい!
必死に耳をピクピクと動かして逃れてようとするが、先生はびくともしない。
そこにジークの鶴の一声。
「シン、返せ」
「……はい」
ジークの元に返却される。先生は非常に不本意そうな顔をしていた。
ああ、安息の地。
みゃんみゃん鳴いてジークにすがり付き、クンクン安心する匂いを吸い込む。
「よしよし、ビックリしたな」
「みゃん~」
ジークに抱かれて頭から尻尾の先まで撫でられる。
ああ~気持ちいい。ジークの肩に頭を預ける。
「キティは先生の動物好きを知らなかったもんなぁ」
「みぃ?」
レオンの言葉に首を傾げる。
「先生は大の動物好きで動物愛護団体のトップだぞ」
「!!」
なんと。
人に怪しい飴を食べさせた奴が動物愛護とな。
嘘臭いとは思ったが、先程の興奮っぷりを体験したら疑いようはない。
ジトリと先生の方を見ると、残念そうに眉を下げていた。
「ああ、明日になったら人型に戻ってしまうのが残念です……」
「フーッ」
「ブフォッ!!」
威嚇をするも変態の前では意味を成さなかった。
先生が鼻から真っ赤な液体を吹き出す。
もうドン引きだ。
「小動物の威嚇かわいい……」
そう言い残して先生は地面に倒れて行った。
血文字で『犯人はこねこ』と書いていたが、私は絶対に悪くないと思う。きっとどこかの野良仔猫の仕業だろう。
私は立派な家猫だ。
「みゅん♪みゅん♪」
私はご機嫌でジークに掴まってゆっさゆっさと揺られている。
今の体勢はジークのシャツの襟と首の隙間に無理やり入り込んでいる形だ。ここがまた温ぬくいのだ。
「ご機嫌だな、キティ」
「みぃ!」
ジークの頬に頭を擦り付ける。
「……シオン、キティ可愛すぎないか?」
「次元を越えた可愛さ」
親バカ達が後ろで悶えている。
そんなに仔猫はかわいいか、そうか。
執務室に着いたらジークはお仕事だ。
構ってもらいたくても我慢しなければならない。
「…………キティ」
「みぃ?」
「書類が読めない」
「みゅ~」
ハッ、気が付いたら書類の上にゴロンてしてた。
尻尾も無意識に、紙の上を滑って行ったり来たりしている。
仕方ない、退こう。お仕事の邪魔はよくない。
「…………キティ」
「みぃ?」
なになに?今度は邪魔してないよ?
寧ろお手伝いをしようと前足で書類を押さえてあげているのだ。
ジークを見上げ首を傾げる。
「……っ、キティはいい子だな。手伝ってくれるのか?」
「みぃ~」
そうなの~。
ジークが鼻の頭を指で撫でてくれる。
ゴロゴロ♪
撫でてくれる手に擦り寄ってしまうのは猫の本能なのだろうか。
「……今日の仕事は終わりだ」
「「え?」」
「みゃん?」
ジークは仕事の終了を告げると、私を手に持ち立ち上がった。
「今日はキティに構う日にする。レオン」
「はっ」
ジークがレオンに差し出させたのは、細長い茎の先端にふさふさが付いた植物―――そう、猫じゃらしだ。
じぃー
目の前で魅惑のフサフサが動く。
フサフサが動く度に、首も動いて後を追ってしまう。
思い切って飛び付くと、フサフサが消えた。どこだ?
キョロキョロと見回すと、ジークが私の真上に持ち上げていた。
くれないの?
目で訴える。
「ぐっ」
フサフサが目の前まで降りてきた。
ちょいちょいっと前足で突き、飛び付く。
今度はちゃんと捕まえられた。ちっちゃな前足でしっかりとホールド。後ろ足でけりけりしながら噛み付く。
「みゅい~」
どうだ、参ったか!
実際に参ったのは、仔猫の可愛さにやられた大人三人だけだった。
私は暫くじゃれ続けた。
「キティ、疲れたのか?」
「み゛ぃ~」
私は仰向けになって、ジークに仔猫特有のポッコリお腹を撫でてもらっている。
猫になっても私の体力はなかった。
今は休憩がてらジークと日向ぼっこだ。
日当たりの良い場所のカーペットの上にもふもふの毛布を敷いて、その上に二人(一人と一匹?)で寝っ転がっている。
カーペットも高級だからそれだけでも十分ふかふかなんだけど、流石にそのままジークを寝かせるわけにはいかないって事で毛布を敷いてもらった。
毛布と日光だけでもぬくぬくなんだけど、さらにジークに擦り寄る。
甘えたい気分なのだ。
「ん?どうした、キティ」
「んみぃ~」
「眠くなったのか?」
「みぃ」
ジークの低くて落ち着いた声が心地良い。
別に眠たいわけではなかったが、安心する大きな手と温もりのせいで私の意識は薄れていった。
ジークが何かを囁く。
「………猫の姿も可愛らしいが、話せないのは寂しいな。早く戻れ、キティ」
その夜更け、レオンがシンの元を訪ねた。
「よう!先生、貧血で倒れたのは残念だったな」
「いえ、今日は仔猫ちゃんを抱っこできただけで満足です。悔いはありませんよ」
「本当か~?」
「ええ」
シンは微笑みながら頷いたが、レオンはそれに意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ここに本日のキティを撮った動画があるんだが」
「言い値で買いましょう」
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